第1章 1-4 初めての仲間たち 前半
翌朝、ギルドを訪れると、昨日精算を担当してくれた受付嬢がこちらに気づき、柔らかく微笑んだ。
「佐伯さん、おはようございます。昨日は初めてのダンジョン挑戦、お疲れさまでした」
「ありがとうございます」
「無事に帰還されただけでも十分な成果です。それに、宝箱の発見と罠解除まで成功されています。……初挑戦であれは、なかなかありません」
その言葉には、ただの社交辞令ではない響きがあった。
ダンジョンの宝箱には、ほぼ例外なく罠が仕掛けられている。
不用意に触れれば毒針、爆発、麻痺煙、転移罠。
中には、駆け出し冒険者なら一瞬で命を落とすものもある。
それを見つけ、解除し、持ち帰った。
覚醒して間もない五十歳の新人が成し遂げたにしては、少し目立ちすぎる成果だった。
受付嬢は、手元の端末を確認してから、私に一枚の資料を差し出した。
「実は、佐伯さんに紹介したいパーティがあります」
「私に、ですか?」
「はい。東船橋ダンジョンに挑戦している、高校一年生の四人組です。まだ駆け出しですが、将来有望と見られています」
資料には、四人分の名前とジョブ、登録日、これまでの活動記録が簡潔に記されていた。
戦士、僧侶、魔法使い、弓使い。
編成としては悪くない。
むしろ、若い冒険者だけで組んでいるにしては、かなり整っている方だ。
だが、そこに一つだけ大きな穴があった。
「……シーフがいないんですね」
私がそう言うと、受付嬢は小さく頷いた。
「はい。一階、二階までは何とか進めていますが、三階以降は危険度が変わります。ジョブ持ちのゴブリンが増えますし、罠も一段と悪質になります」
受付嬢の声は穏やかだったが、その奥には明確な危機感があった。
若さと勢いだけで進めるほど、ダンジョンは甘くない。
それは、昨日一人で潜った私にも分かっていた。
「彼らにはシーフが必要です。臨時でも構いません。佐伯さんに同行していただけないでしょうか」
私は少し考えた。
本来なら、今日も一人で潜るつもりだった。
誰にも期待されず、誰の足も引っ張らず、自分のペースで進む。
その方が気楽だと思っていた。
だが、仲間と組むことで見えるものもあるはずだ。
そして何より、受付嬢がわざわざ私を選んで声をかけてきた。
昨日の結果だけでなく、私のジョブと行動記録を見た上での判断なのだろう。
「分かりました。ご一緒させてもらいます」
私が答えると、受付嬢はほっとしたように表情を緩め、深く頭を下げた。
「ありがとうございます。佐伯さんなら、きっと良い経験になると思います。彼らにとっても、佐伯さんにとっても」
その言い方が、少しだけ引っかかった。
ただ人手が足りないから紹介する、というだけではない。
そんな含みがあった。
だが、それを問い返す前に、受付嬢は集合場所を端末に表示した。
「すでに四人には話を通してあります。顔合わせは、ギルド裏手の待機スペースです」
「分かりました」
私は軽く頭を下げ、資料を受け取った。
ギルドの奥へ向かう途中、掌の中の紙が妙に重く感じられた。
五十歳の新人シーフ。
高校一年生の四人組。
普通に考えれば、釣り合うはずのない組み合わせだ。
それでも、なぜか悪くない予感がした。
指定された待機スペースに向かうと、四人の若い冒険者がすでに待っていた。
防具は新品に近く、動きにもまだ硬さが残っている。
それでも、腰の剣、杖、弓、盾は飾りではない。
彼らなりに訓練を受け、覚悟を持ってここに立っているのが分かった。
ただ、年齢だけは隠しようがない。
まだ制服の名残を感じさせる雰囲気。
緊張を誤魔化すように笑う表情。
彼らは、間違いなく高校一年生だった。
私が近づくと、四人の視線が一斉にこちらへ向いた。
「こんにちは。今日、臨時でご一緒させてもらう佐伯です」
私が頭を下げると、四人は一瞬だけ戸惑った顔を見せた。
無理もない。
目の前に現れたのは、同世代の新人冒険者ではなく、親より年上に見える男なのだから。
最初に反応したのは、剣を腰に下げた少年だった。
「高坂慎一です。ジョブは戦士です。今日はよろしくお願いします!」
背筋を伸ばし、勢いよく頭を下げる。
真面目で、少し無理をしている。
そんな印象を受けた。
続いて、白いローブを着た少女が控えめに口を開いた。
「藤堂美咲です。僧侶です。回復はまだ強くないですけど、できることは頑張ります」
声は小さいが、視線は逃げていない。
慎重で、周囲をよく見ている子だ。
杖を持った少年が、少し照れたように肩をすくめた。
「三浦健太。魔法使いです。今のところ、火の玉ぐらいしか撃てませんけど……一応、後衛火力です」
自分で言って、少し気まずそうに笑う。
だが、その目には好奇心があった。
最後に、弓を背負った少女が明るく手を上げた。
「橘すみれです。弓使いです。外すこともありますけど、当たるときはちゃんと当たります!」
「そこは当てるって言い切れよ」
三浦がすぐに突っ込み、高坂が苦笑する。
藤堂も小さく笑った。
そのやり取りだけで、四人の関係性が少し見えた。
高坂が前に立ち、藤堂が支え、三浦が軽口を挟み、橘が場を明るくする。
若いが、悪いパーティではない。
「皆さん、よろしくお願いします」
私がそう言うと、高坂が胸元からギルドカードを取り出した。
「一応、確認お願いします。高校の許可と、親の同意もちゃんと取っています」
少し誇らしげな声だった。
冒険者登録は、未成年でも不可能ではない。
だが、学校と保護者の同意、ギルドによる適性確認、活動階層の制限。
いくつもの条件を満たす必要がある。
彼らはその手続きをきちんと踏んで、ここに立っている。
四人が順にカードを見せてくる。
銀色の枠に協会の紋章が刻まれたカード。
顔写真、氏名、年齢、ジョブ、登録区分。
どれも正規のものだった。
私も腰のポーチから自分のカードを取り出し、彼らに差し出した。
黒地に銀文字が刻まれたカードには、私の名前と顔写真。
そして、ジョブ欄には〈シーフ〉の文字が記されている。
「佐伯浩一です。覚醒はつい先日。冒険者としては新米ですが、斥候と罠探知は任せてください」
カードを受け取った三浦が、何気なく内容を覗き込む。
そして、目を丸くした。
「……えっ、五十歳って書いてある!」
「三浦」
高坂が慌てて止めようとしたが、もう遅い。
橘も横から覗き込み、思わず声を漏らした。
「ほんとだ……うちのお父さんより上かも」
「す、すみません!」
藤堂が慌てて頭を下げる。
私は苦笑した。
驚かれることには、もう慣れたつもりだった。
だが、面と向かって言われると、やはり少し胸にくる。
それでも、不思議と嫌な感じはしなかった。
彼らの驚きには悪意がない。
ただ、本当に珍しいものを見たという反応だった。
「構いません。自分でも、ずいぶん遅い覚醒だと思っています」
私がそう返すと、四人の緊張が少しほどけた。
高坂が改めてカードを見つめる。
「でも、ジョブは本当にシーフなんですね」
「はい」
「昨日、宝箱の罠を解除したって聞きました。俺たち、三階から先に進むのが少し怖かったんです。だから……本当に心強いです」
その言葉は、飾ったものではなかった。
若さゆえの勢いだけではない。
怖さを認めた上で、それでも進もうとしている。
その姿に、私は少しだけ感心した。
「私もまだ学ぶことばかりです。皆さんの足を引っ張らないよう、できる限りのことはします」
「いえ、こちらこそお願いします!」
高坂が勢いよく頭を下げると、三人も続いた。
私も軽く会釈し、カードをしまう。
年齢も、経験も、立場も違う。
だがこの瞬間、私は初めて、一人ではないダンジョンに向かうことになった。
それが心強いのか、不安なのか。
まだ、自分でも分からなかった。




