54 絶体絶命
「背中を合わせて!」
ユフィが出した指示の意図を察した俺は、お互いの背中を守ることができるように、彼女の背後まで移動して剣を構えた。
「キュイ!」
周囲の異変を感じ取ったのか、懐の中で休んでいたシロが勢いよく呼び出てきて俺の肩に止まった。
全員が長剣と革鎧によって武装をしているリザードマン達は、二十メートルほど離れて俺たちを囲んだ状態から、じわじわと距離を詰めてきた。
「アンタ、魔法でアイツらを牽制することはできる?」
いつリザードマン達が俺たちに飛びかかって来るか分からない緊張感の中、彼女は質問してきた。
「可能ですが、大したダメージは与えられませんよ?」
テセウスやユフィの使っている剣とは違い、俺の持っている短剣には触媒が取り付けられていない。
触媒など無くても魔法を発動させることができるが、手の内を明かすことになるため、俺はテセウスに頼んでカモフラージュのための触媒を別途用意してもらっていた。
「ダメージを与える必要は無いわ。ただ、これだけの数を一度に相手をするのは無理だから、アイツらが一気に飛びかかって来ないように魔法で牽制して欲しいのよ」
彼女には俺が短縮詠唱で雷魔法を使えることを事前に共有してはいたが、一度も発動させている所を見たことが無いはずである。
プライドの高いユフィが、見たこともない俺の魔法に頼っていることからも、現状がいかに危機的な状況であるかが分かる。
「分かりました」
懐の中に手を突っ込んで触媒を握りしめた俺は、使用する魔法として《雷撃》よりも貫通力が高く、サイクロプスの《魔力障壁》を貫通した実績のある《雷槍》を選択した。
左手に握りしめた触媒となる鋼鉄の塊を体の前に持っていき、瞬時に三十個の魔法陣を描画して短く詠唱を行う。
「《雷槍》」
一つ一つの魔法陣がそれぞれの別のリザードマンに対応するように照準を定めた《雷槍》が、俺の詠唱が終わると同時に一斉に発動した。
眩い光と共に爆音をまき散らしながら、それぞれのリザードマンに被弾した《雷槍》は、どうやら彼らの《魔力障壁》を超えてダメージを与えることに成功したらしく、リザードマン達は片膝をついて怯んだ様子であった。
「さ、三十個の魔法を短縮詠唱で一斉に発動するなんて、信じられない......」
ユフィの様子を伺うと、俺が放った魔法があまりに異常だったからか、呆けた様子であった。
「ユフィ!ぼーっとしてないで、早く倒して下さい!」
《雷槍》がリザードマン達に有効であると判断した俺は、今回の戦闘では遠距離から魔法で支援に徹することに決め、ユフィに発破をかけて近接戦闘で彼らを倒すことを促した。
「え、ええ。ごめんなさい!可能なら魔法で支援を続けて!」
俺からの激によって我に返った彼女は、そのまま弱っているリザードマン達の各個撃破に移った。
◇
戦闘を続けていると、《雷槍》が発する轟音によって他の個体が引き付けられてしまい、俺たちは最終的に百を優に超えるリザードマンと戦うことになった。
長時間の激闘の末、周囲を縄張りにしていた個体を全て倒してしまったためか、リザードマンが追加で現れなくなった。
「ようやく終わったわ......」
《雷槍》で弱らせ、すぐにユフィが止めを刺す、という流れ作業に途中からなっていたためか、俺自身はあまり疲労を感じていなかったが、どうやら彼女は違うようである。
「ウィルの魔法に助けられたわ。テセウスがスカウトしたのも納得ね」
そう言いながら、ユフィは地面に突き立てた剣に体重を預けて寄りかかった。
「一斉に魔法を展開するのは得意なのが、今回の状況にハマりましたね」
無系統魔法を磨くため、魔力の制御に関する鍛錬をやって来た恩恵もあってか、自分でも驚くほどスムーズに魔法陣の同時展開をすることができた。
「三十個の魔法陣を瞬時に構築して短縮詠唱で一斉に発動させるのは、得意というレベルでは無いと思うんだけど......。それに《魔力障壁》を貫通してダメージを与えるなんて、普通じゃないわ」
「あははっ。リザードマン達が使う《魔力障壁》のレベルが低くて幸運でした」
自分の能力が昔よりも上がったのか、相手の《魔力障壁》のレベルが本当に低いのかは定かではないが、牽制のために放った《雷槍》がダメージを与えることができたのは俺も予想外だった。
魔法はイメージが重要であるということを考えると、《魔力障壁》に関する理解を深め、そこを貫通するような攻撃をイメージできるようになったことで、リザードマン達に攻撃が届いたのかもしれない。
「レベルが低い、ね......。まあいいわ。とにかく一度この場を離れて転移魔法陣まで移動しましょう。音や血の匂いでまた別のリザードマンが来てしまうかもしれないわ」
◇
転移魔法陣まで無事に移動し、第十階層まで戻って来た俺たちは、珍しくそこから第一階層まで一緒に戻っていた。
「......ありがとう。ウィルのおかげで助かったわ」
ここまでずっと無言を貫いていたユフィが、唐突に感謝の言葉を述べた。
「い、いえ。同じ《黄金ノ獅子》の仲間ですし、お互い助け合うのは当たり前なので、気にしないで下さい」
普段はツンケンした態度を取っている彼女からの突然の感謝に、俺はどう反応すれば良いのか分からず、たじろいでしまう。
「ごめんなさい。あなたを戦闘に参加させないという私の判断が間違っていたわ。ウィルの実力もしっかり確認せず、一方的に見下してお荷物扱いするなんて、最低ね......」
ユフィはこれまでの俺に対する態度に自責の念を抱いているようであった。
「気にしないで下さい!俺の無系統魔法のレベルが低かったのは事実ですし、効率よく迷宮を攻略したいユフィの想いも伝わってきましたから!」
必死にフォローを入れるも、彼女の顔は依然として曇ったままであった。
「図々しいことお願いであることを承知で頼みたいのだけれど、ウィルさえ良ければ、明日からは本当の意味で一緒に迷宮を攻略してくれる?」
ユフィの顔をよく見ると、彼女の目が少し潤んでいた。
「ええ、もちろんです」
そう答えた瞬間、彼女は俺に抱き着いてきた。
「こんな私に協力してくれてありがとう」
ユフィの言葉からは、彼女の自己肯定感の低さが感じ取れた。
「せ、浅層とはいえ一応迷宮の中なので、ハグはちょっとまずい気が......」
そう言いつつも、涙を流している姿を俺に見られるのは嫌だろうと察したため、彼女が落ち着くまでしばらく自分が周囲の警戒をすることにした。




