52 スパルタ指導
気合を入れた俺の様子に感化されたのか、アイリスさんも指導に熱が入った様子である。
「私としては、まず《魔力障壁》をもっと高いレベルまで仕上げるのが先決だと考えているのだが、ウィル君としてはどう思う?」
確かに、より強い魔物が出現する階層に行った時のために、《魔力障壁》のレベルを上げるのは理にかなっている。
彼女の意見に同意しようと俺は、迷宮にてユフィから違う課題を課せられたことを思い出し、悩んだ末にそれを伝えることにした。
「その、ユフィからは第十階層までの移動を円滑にするために、体力と《身体強化》を鍛えるように言われているのですが......」
「なるほど。最初の転移魔法陣までの移動スピードを上げて、攻略の効率を上げようという魂胆だな。彼女らしい戦略だね」
俺が詳細を説明するまでもなく、ユフィの意図を察したアイリスさんは、この後少し考える素振りを見せて、再び口を開いた。
「......案外、その二つを鍛えるのは、今の君にとって必要なトレーニングかもしれないな。彼女が君のためを思ってそのように言ったのかは定かではないが」
口では俺を嫌っているように見えるユフィだが、内心ではこちらに気を遣っていることが多いことは行動の節々から伝わって来る。
そのため、アイリスの言う通り《身体強化》という俺の苦手を克服させるため、今回のような作戦を立てたのかもしれない。
「よし、じゃあ実戦を想定して、三つとも同時に鍛えてしまおうか。ウィル君、とてもきついトレーニングになると思うが、やり切る覚悟はあるかい?」
そうアイリスさんが確認してきたのは、おそらくトレーニング中に心が折れないように、言質を取るためだろう。
「はい、もちろんです!」
彼女の意図を理解しながらも、俺は元気よく返事をした。
その姿に満足した表情を見せたアイリスさんは、トレーニングについての指示を始めた。
「じゃあ、まず全力で《魔力障壁》を発動してくれ」
「はい!」
《魔力障壁》については、テセウスに教えてもらった日から毎日欠かさずに練習しているため、俺は一瞬にして全身へ展開することに成功した。
「その状態でさらに全身へ《身体強化》をかけるんだ。それも今のウィル君の全力でだ」
アイリスさんの指示に従って、《魔力障壁》を展開した状態で《身体強化》を全身にかけるべく、体内の魔力循環を始める。
「......くっ!」
体外に放出した魔力の制御を維持しながら、同時に体内の魔力循環をコントロールすることは想像以上に難しく、少しでも気を抜くと《魔力障壁》と《身体強化》の両方が解除されそうになる。
「いいぞ、その調子だ。一定以上の実力を持つ相手と戦う時は、今の状態のように常に全力で《魔力障壁》と《身体強化》を使用しながらの戦闘になる」
テセウスの説明した現代の魔法戦闘の基本を考えれば、《魔力障壁》を展開しながら《身体強化》を使用できることは、かなり重要なのだろう。
「一般的にCランクとBランクの冒険者を分けるのは、この二つを同時に使用した戦闘をこなすことができるか、という点であると言われている」
彼女の話に耳を傾けていると、一瞬集中力を途切れてしまい、左足の魔力圧縮が解けて《魔力障壁》が薄くなってしまった。
「《魔力障壁》が乱れているぞ!――だからまず、この状態を長く維持することに慣れることが重要だ。慣れてくれば、ほとんど苦も無くその二つが同時に使用できるようになる」
口では教えを説きながらも、俺の様子をしっかりと観察していたアイリスさんから激が飛んで来る。
五分ほどその状態が続いた後、彼女は俺に次の指示を出した。
「安定してきたな。では、その状態を保ったまま私が良いというまで、全力で訓練場の内周を走るんだ」
正確には分からないが、訓練場の内周は一周あたり四百メートル以上の距離がある。
「ぜ、全力ですか?この状態を保ちながら?」
この質問をするために言葉を発しているこの瞬間にも、集中が途切れて二つの無系統魔法が解けそうなのに、全力疾走など不可能である。
そんな文句を口に出そうとするも、魔力の制御が乱れてしまい、喋る余裕が無くなってしまう。
そんな様子を見かねたのか、アイリスさんは俺に発破をかけて走るように促した。
「時間がもったいないぞ!早く始めろ!」
「は、はい!」
普段はとても優しい彼女の殺気の込められた激に、驚くとともに体が自然に訓練場の内周を走り始めた。
◇
「ハァ......。ハァ......。ハァ......」
始めは《身体強化》の恩恵もあったため余裕だったのだが、二十周を越えたあたりから、体力面がキツくなってきた。
走るための体力が厳しくなり、息も上がってきたことで、魔力を制御するための集中力を保つ余裕が無くなり、《魔力障壁》と《身体強化》に乱れが出始める。
《身体強化》の効力が薄くなると、自分の素の肉体の能力に近づくため、より体力の消耗が激しくなり魔力の制御ができなくなる、という悪循環が始まっていた。
「あと十週だ!《身体強化》ばかりに意識が向きすぎていて、《魔力障壁》がおろそかになっているぞ!そんなことでは、実戦に出たとき疲労して《魔力障壁》が緩んだ隙を突かれて死ぬぞ!」
俺の限界を悟ったのか、アイリスさんはここに来てようやく具体的な残りの距離を提示した。
彼女の言葉で気づいたが、自身の体を覆っていた《魔力障壁》がかなり薄くなっている。
俺はあと三分の一だと自分に言い聞かせながら、もう一度魔力の制御に集中して、地面を押し出すように強く蹴った。
◇
「よくやり切ったな!まさか初日から三十周を完走できるとは思っていなかった」
アイリスさんが目標として設定した三十周を走り終えた俺は、ゴールと共にその場に倒れた。
「ハァ......。ハァ......。ありがとうございます......」
「明日と明後日も、迷宮から帰ってきた後に同じことをやって欲しい。走る距離を一日ごとに一周ずつ延ばすことができれば理想だな」
「これを毎日、それも距離を一周ずつ延ばして、ですか......」
毎日このトレーニングをすることを想像して、俺は少し憂鬱になる。
しかし、ユフィと迷宮に行っても大して戦闘経験を積めないことを考慮すると、この位高い負荷をかけるトレーニングをやった方が良いかもしれないと俺は思い直した。
「実戦を想定した《魔力障壁》と《身体強化》の併用を練習しつつ、基礎体力を上げることができる一石二鳥のトレーニングだ。とてもきついが、二つを保った状態で楽に五十周もできるようになれば、今のユフィと同レベルの《身体強化》と体力を得ることができるだろう」
「ご、ごじゅっしゅうって......」
二十周ですらへばってしまっている現状からは想像もつかない数字に、俺は絶望感を覚えるのだった。




