50 お荷物扱いの迷宮攻略
全力で迷宮内を走ることで魔物達にすぐ発見されるものの、一瞬で撒いてしまうため、ここまで一度も戦闘をする場面は訪れなかった。
特に、第一階層から第九階層の間は同じ草原に覆われた見通しの良い空間であったため、スピードで勝っていれば、戦うことを避けるのは容易であった。
戦闘による消耗が無いにもかかわらず、《身体強化》をかけながら全力疾走を続けて第九階層に到達した頃には、俺の体は限界を迎えていた。
「ハァ......。ハァ......。ハァ......。」
脚部への《身体強化》に苦戦しつつ、大きく息を切らしながらも、俺は猛スピードで進むユフィに必死に食らいつく。
彼女は定期的に後ろを振り向き、俺の様子を確認しているが、全く息が切れておらず疲労している様子もない。
「おっそいわね!あと一階層分なんだから、ちょっとは根性みせなさい!」
そう言って俺に発破をかけた彼女は、《身体強化》のギアを一段上げたのか、一気に加速した。
「ハァ......。ハァ......。クソがぁっ!」
なにもゴールである第十階層に到達する直前でスピードアップすることは無いだろうと思った俺は、悪態をつきながら必死に自分の《身体強化》の出力を上げるべく、魔力操作に集中した。
◇
第九階層の階段を下った先は、明るい草原であったところから一転して、薄暗く狭い部屋だった。
目的の第十階層に到達したからか、ユフィはようやく足を止めたため、俺は立ち止まって地面に崩れ落ちた。
「正確な時間は分からないけれど、一時間は確実にかかったわね......。アンタには、この二週間でこの第十階層までのタイムを半分にしてもらうわよ。迷宮探索以外の時間は、全て走り込みと《身体強化》のトレーニングに使いなさい」
息を切らして座り込んでいる俺を見下しながら、彼女はそう命令してきた。
「ハァ......。ハァ......。二週間って......。いくらなんでも無茶では?」
彼女の目標である一カ月以内の迷宮踏破を実現するためには、二週間という短期間でそこまで成長しなければならないのは分かるが、それを俺に押し付けないで欲しい。
「《身体強化》で脚力をしっかり強化できるようになれば、これくらい余裕はず。本音を言えば、三日で何とかして欲しいくらいよ」
要求としては無茶だと思うが、ユフィの言う通り《身体強化》を使いこなせば達成できる目標ではあるのだろう。
いくら十歳と十五歳という歳の差があるとはいえ、彼女と俺の間にここまで圧倒的な身体能力の差が生まれるということは、《身体強化》の能力による差による所が大きいはずである。
「あーあ。私だけだったら、さっさと迷宮攻略に集中できるのに、こんなお荷物を絶対に連れて踏破しないといけないなんて、テセウスも無茶言うわね」
悪態をつく彼女を横目に、俺は自分の息を整えることに集中する。
「もういいかしら?こっちの扉を開くと、第十階層の迷宮が広がっていているわ。普通はこっちに進んで、十一階層に続く階段に向かうけれど、私は第二十階層まで到達した経験があるから今回はそっちには行かないわ」
ユフィが指さした方向には、大きな石の扉があった。
「で、こっちが目的の転移魔法陣」
続いてユフィが説明を始めたのが、床に設置された転移魔法陣である。中心に設置された魔石の周りに、直径約十メートルの魔法陣が彫られていた。
魔法陣を観察することで、その構造はなんとなく理解できたが、使用されている各種の記号が見覚えの無いものばかりだったため、俺は解析することを断念した。
「この魔石に触れて、魔力を魔法陣に流し込みながら目的の階層をイメージすると、自動的に行きたい階層まで転移するわ」
どうやら転移魔法というのは無系統魔法ではなく、属性魔法と同じような方法で発動させるらしい。
「詠唱は必要無いのでしょうか?」
ユフィの話には、通常の属性魔法に必要な詠唱の説明が抜けていた。
「どういった仕組みになっているか分からないけれど、この転移魔法陣を使用するために詠唱は必要無いみたいね」
転移魔法だけ、この魔法陣を使用すれば利用者全員が無詠唱で使用できるというのは、とても不思議である。
この魔法陣か魔石に何かそれを可能にするような仕掛けがあるのだろうか?
「とりあえず、私が行ったことがある第二十階層まで移動するわよ。手を貸しなさい」
そう言って強引に俺の手を握ったユフィは、魔石に触れて魔法陣に魔力を通し始めた。
巨大な魔法陣の全てに魔力が行き届いた瞬間、強烈な光に包まれ、転移魔法が起動した。目を開くと、そこは周囲の壁が青く光る洞窟の中であった。
「ここが第二十階層。私もこの先は未経験だから、警戒しながら進むわよ。さっきも言ったけど、アンタは戦闘に参加する必要は無いから、《魔力障壁》だけは怠らないようにしなさい」
「は、はい......」
お荷物というか、完全に置物扱いをされるも実力がないために反発することもできない俺は、彼女の指示に対して渋々了承するしかなかった。
◇
第一階層から第十階層までは、ほぼゴブリンしか出現しないエリアだったが、第二十階層からはゴブリンの他に、上位種であるホブゴブリンや、コボルトの群れが出現するようになった。
単純に魔物達が強くなって群れで襲い掛かって来るようになった以外にも、入り組んだ洞窟からなる階層であるため、草原のようにどの方向にも逃げることができなくなって魔物との連続での戦闘を強いられた。
ただし、一番強い魔物といってもCランク相当のホブゴブリンであるため、ユフィにとっては余裕を持って対処できる相手だったようである。
俺は特に何かをする必要もなく、ただユフィの後ろを着いていくだけで、あっという間に第二十九階層に到達してしまった。
第二十九階層を探索して、第三十階層に続く階段を探すうちに、俺たちは大きな扉の前に到着した。
「ここがフロアボスの部屋よ。第九階層を除いて、基本的に一の位に九の数字が入っている階層全てに設置されていて、ここを通らないと次の階層に進めない仕組みになっているわ」
俺に向けて端的に説明したユフィは、躊躇することなく扉を開けて、フロアボスの部屋に入った。
中には百匹を超える大量のゴブリンと、それを率いる三種類のゴブリン上位種――ホブゴブリン、ゴブリンリーダー、ゴブリンメイジが居た。
あまりに大きな集団のゴブリンに圧倒され、これは俺も戦闘に参加しないとまずいかと思っていると、ユフィが五分も経たないうちに全て倒してしまった。
「何ぼさっとしてんのよ。早く行くわよ」
「は、はい」
部屋の奥に進むと、階段があったので、それを降りながらユフィが呟いた。
「今日はこんなところね。十階層まで転移して戻るからそこで解散にするわよ」
魔法陣の前に到着すると、今度は予告することも無く俺の手を握った彼女は、再び転移魔法陣を起動した。
「次は二日後ね。第四十階層までの攻略を目標にするから」
転移が終わって第十階層の小部屋に到着するとすぐに、ユフィはそう言い残して第九階層に戻る階段を駆けて行った。
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