閑話 アイリス②
グラン君と鍛錬を行った日から一週間以上経ったある日の朝、私は仕事を探すため、リゼットと共に冒険者ギルドへ向かって歩いていた。
「そういえばユフィが闘技場で大暴れしたって話、アイリスは聞いた?かなり話題になっているみたいよ」
私もその話を昨日他の冒険者から聞いたが、正直彼女の性格からしてやりかねないという感想しか持たなかった。
「相変わらず彼女は破天荒だな。終わった後、エミリアさんにこってり絞られただろう」
私がテセウスに師事していたのに対抗してか、彼女はテセウスから教わることを拒み、自ら望んでエミリアさんに師事した。
記憶に残る限り、エミリアさんは基本的には優しいが、ユフィが何か問題行動を起こした際は、毎回厳しい指導を与えていた。
「暴れた内容がまた面白くて、《黄金ノ獅子》の新メンバーの少年をボコボコにしたらしいわよ。仲間割れだって専らの噂になっていたわ」
リゼットの発言の中で、『少年』というワードが気になった。決して私が幼い男の子が好きだからという理由ではなく、《黄金ノ獅子》の新メンバーが即戦力ではないという点を意外に思ったのである。
「少年?テセウスはトリストラム出身の子供を拾ってきたということか?」
十年前のセンタゴル連邦の侵攻から帝国に逃れてきたにも関わらず、まだ少年と呼ばれる年齢ということは、おそらくその人物は私やユフィと同年代だろう。
だが、リゼットが次に口にしたのは、私のこの予想を覆すものだあった。
「噂だと新メンバーはかなり幼い少年らしいわよ。だから、トリストラム出身者が産んだ子供じゃないかしら?」
実際の所はどうか分からないが、リゼットの推測が可能性としては一番高そうである。
「まあ、所詮他のパーティーのことだし、どうでもいい話ね。さっさと良い依頼を見つけましょう」
談笑しているうちに冒険者ギルドの前に到着した私たちは、良い依頼が残っていることを祈りつつギルド内に入った。
◇
依頼を受けるため、他の冒険者でごった返しているギルドに入った私たちは、真っ先に掲示板へ向かい、依頼書を物色する。
「うーん。あんまり良さそうな依頼は無さそうね。今日は迷宮に潜る?」
いい稼ぎが望める依頼が無い時は、基本的に迷宮に潜って魔物を狩り、収集した素材で稼ぐのが迷宮都市の冒険者のセオリーである。
「そうだな......。素材調達についても良い依頼が無いのが渋いが、何もしないよりは迷宮で稼いだ方が良さそうだ」
緊急性の高い素材の収集依頼が出ていることがあり、それを受けた場合は、ただ迷宮に潜るよりも効率良く稼ぐことができる。
掲示板から離れ、ギルドの出口に向かって歩きながら、二人で明日以降の予定について話し合う。
「ここ数日毎日依頼を受けていたし、今日は迷宮に潜って、明日はオフにしない?」
リゼットが珍しく休む提案をしてくるが、確かにここ一カ月、ほとんど休みを取っていないことに気付いた。
「それも良いかもしれないな。ただ、どう過ごすか迷うな......」
休日といえば、今までは午前中に買い物と装備の手入れをして、午後は人が少なくなった時間を狙い《竜の吐息亭》に行き、まったり過ごすのがルーティンだった。
そう振り返っていて気付いたのだが、《竜の吐息亭》に行くことが無くなり、パーティーとしての休日を私が設定しなくなったため、私がグラン君と鍛錬した日以外、ここ一カ月パーティー全体がほぼ休み無しで働いていた。
「じゃあ、またグラン君を誘って鍛えてあげたら?今度は迷宮にでも連れて行って案内するとか良いんじゃないかしら?」
リゼットの名案に、私は思わず歩みを止めた。
「......その提案良いな。よし。受付でグラン君への伝言を頼んで来るから、少しここで待っていてくれ」
今からグラン君への伝言を残して、明日までに彼が気づいてくれるか分からないが、一応残すだけ残しておいた方が良いだろう。
「分かったわ」
リゼットの返事を聞いて、Bランク以上の高ランク冒険者が利用できる窓口まで行くと、そこにはセレナさんという、茶髪の女性が座っていた。
「セレナさん、おはようございます。他の冒険者への伝言をお願いしても良いでしょうか?」
「アイリスさん、おはようございます。もちろん良いですよ。お相手はどなたでしょうか?」
「グランという名前の少年です。一カ月くらい前に冒険者登録して、最近活動を始めていました」
《竜の吐息亭》で鍛錬の約束をした日に、彼が冒険者登録をしたと言っていたことを思い出しながら、セレナさんに情報を伝える。
「うーん......。そんな名前の人、最近登録したかしら?登録名簿は私も毎日チェックしているけれど、グランという名前を見た覚えはないわね。別の名前で登録しているかもしれないから、何か外見的な特徴を教えてもらえる?」
冒険者としての名前を本名以外で登録する人間はそこまで珍しくない。グラン君も、幼くして酒場で働いていることから、何か訳アリで違う名前で登録している可能性もある。
「歳は十歳くらいで、外見の特徴としては金髪と碧い目が印象的だと思います」
「十歳くらいで一カ月前に登録した金髪碧眼の少年......正直一人しか思い浮かばないわね。その子、もしかして小さくて白い狐を肩に乗せていなかった?」
「はい!シロという名前の白狐を連れているはずです!何という名前で冒険者登録しているか分かりますか?」
シロと一緒ならば、その少年がグラン君で間違いないと言えるだろう。
「『ウィル』という名前で登録しているわね。......どこまで話していいか分からないけれど、ここだけの話、噂だとこの『ウィル』っていう子、《黄金ノ獅子》の新メンバーらしいわよ」
「へっ?」
想定もしていなかった情報に、私は思わず変な声を出してしまった。
「そ......それは確かなんですか?」
「最近よくテセウスと行動している所が目撃されているし、何より冒険者登録を担当したのが、あのマリアさんみたいなのよね......」
普通の新人冒険者の登録を、ギルドマスターのマリアさんがするはずがない。面識があるテセウスが彼女に手続きをお願いしたと考えれば、筋は通る。
それに、グラン君が《黄金ノ獅子》に加入したと仮定すると、色々と自分の中で疑問に思っていた点の辻褄が合う。
まず、私の勧誘を断った点だが、既に《黄金ノ獅子》に入っているのであれば、誘いを受けることができないのは当然である。
また、彼の成長スピードが異様に早いことにも得心がいく。テセウスの指導を受けた私自身が、彼が師として優れていたことを知っているからである。
「......やっぱり、伝言はやめておきます。お手数をおかけしました」
今から直接《黄金ノ獅子》のパーティーハウスに向かうことを決意した私は、伝言を残すことをやめることにした。
「え、ええ......」
私が唐突に心変わりしたことに困惑したのか、セレナさんは少し引いた様子で返答する。
そんな彼女の様子を、私は気にせず踵を返してギルドの出口に向かった。
「《黄金ノ獅子》のパーティーハウスに行くぞ!」
私を待っているリゼットに少し離れた所からそう伝えると、迷宮に行くという方針を突然変えたことに驚いたのか、彼女は目を白黒させながらついてきた。
「え?《黄金ノ獅子》?パーティーハウス?ちょっとアイリス、待ちなさいよ⁉」
グラン君が本当にその『ウィル』という人物であるならば、テセウスがしっかりと加入の際に説明をしたのかを問い詰めなければならない。
なにより、先ほどリゼットが言っていたように、グラン君が闘技場でユフィにボコボコにされたことが事実なのであれば、私は彼女を許せないし、この手で直接制裁を加える必要がある。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
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