閑話 アイリス①
「はぁぁぁぁっ......」
グラン君と二人で鍛錬を行った翌日の朝、パーティーハウスでリゼットと朝食を食べている中、私は深く溜息をついた。
《新緑の風》には四人のメンバーが所属しているが、私とリゼット以外の二人は自身の冒険者ランクを上げるため、それぞれ個人で長期の依頼を受けてパーティーを一時的に離れていた。
「あら?今日は珍しくご機嫌斜めじゃない。昨日のグラン君とのトレーニングで何かあったのかしら?」
私の落ち込んだ様子を気にしてか、リゼットが心配してきた。
「いや、何か悪いことがあった訳ではないのだ。ただ、彼を《新緑の風》に誘ってみたところ、反応が思っていたよりも芳しくなくてな......」
「それは意外ね⁉まだ子供とはいえ、アイリスに誘われて食いついてこない男がいるのね」
「その言い方はどうかと思うが、正直私も彼が了承してくれると思っていたから、少しショックだ」
私の中で、少し自信過剰だったというか、驕っていた部分があったのかもしれない。
「でも、誘いを完全に断られてしまった訳ではないのでしょう?」
「ああ。今すぐ加入することは断られてしまったが、今後の加入については可能性を残して保留した形だな」
グラン君の様子から、《新緑の風》に加入する意志が全く無かったとは思えなかったのも確かである。
「明確に拒絶された訳ではないのなら、本人に加入の意志はあっても、何か事情があって入れなかったのかもしれないじゃない。そこまで落ち込まなくていいでしょう」
「......そうだな。少しネガティブになりすぎていた」
リゼットの慰めの言葉を聞きながら、私は自分がグラン君の勧誘に失敗したことよりも、人生で初めて異性を誘って断られてしまったことに落ち込んでいるのかもしれないと思った。
「私としては、アイリスが本当にグラン君を勧誘した方が意外だったけどね。正直、私たちに相談してきた時は、そこまで本気で入れるような雰囲気ではなかったでしょう?」
三週間ほど前、《竜の吐息亭》でグラン君に冒険者となることを勧めた後、私は《新緑の風》のメンバーに将来的なグラン君の加入について相談していた。
「実は私も、昨日の時点で勧誘する気はあまりなかったのだ。彼もまだ登録したばかりのEランクだし、無系統魔法の練習も始めたばかりのようだったからな。ただ、彼の魔力制御のセンスの高さを目の当たりにして、思わず勧誘してしまった」
本音を言えば、鍛錬に誘った時点で最初からパーティーに勧誘する気満々だったのだが、リゼットには建前としてそう伝えておく。
他のメンバーにグラン君の加入について相談した時は、十歳で冒険者になりたての少年をいきなり加入させるのは反対されると思っていたため、そこまで熱の籠った言い方をしないようにしていただけである。
「そんなに凄かったの?」
「私の見立てでは、Cランクの中でもかなり上位に入るレベルの《魔力障壁》を使っていた。たった三週間でそのレベルまで成長したことを知ってしまうと、他のパーティーに入ってしまう前に勧誘した方が良いと思ったのだ」
グラン君が披露した《魔力障壁》の仕上がりに感嘆したこと、そして早く勧誘しないと別のパーティーに取られてしまうと思ったのは事実である。
「その話が本当なら、当時のアイリスよりも早いスピードで成長しているわね......。確かに、それを見ちゃうと勧誘したくなるわね」
「昨日は《身体強化》を教えたのだが、これもあっという間に習得して、一日の終わりには全身の《身体強化》をできるようになっていたよ。私は人生で初めて、他人の才能に嫉妬したかもしれない」
相手がグラン君だったから良かったものの、例えばユフィが彼と同じように自分を超える才能を示していたら、自分は嫉妬に狂っていたかもしれない。
「全身の《身体強化》って人によっては習得に年単位の時間がかかるのに、ものすごい才覚ね......。あなたが嫉妬するのも納得だわ」
《身体強化》を部分的に発動するのは、魔力の操作をある程度練習した人間であれば、そこまで難しいことではない。
ただし、これを全身で同時に実行するとなると難易度は飛躍的に上昇する。というのも、一部分であればそこに通っている魔力の制御に集中すればよいのだが、全身ともなるとその制御の範囲が集中力だけで補うだけでは難しくなるからである。
「そういえば、あくまでも噂なのだけど、《黄金ノ獅子》が新メンバーを加入させたらしいわよ。ギルドの受付の人たちが話しているのを聞いただけだから、本当かどうか分からないけどね」
グラン君についての話が終わったと感じたからか、リゼットが話題を《黄金ノ獅子》に移した。
「そうですか。私はその話題、あまり興味ありませんね」
全く興味が無いと言えば嘘になるが、少なくとも彼らが王国との戦争に参加する方針を転換させない限りは、今後も積極的に関わるつもりは無い。
「相変わらず古巣に対しては厳しいのね。気持ちは分からなくもないけれど」
素っ気ない返事をしたことが、リゼットからしたら厳しい態度を取っているように見えるらしい。
あまり関わらないようにしているだけで、厳しい態度を取っているつもりは無いのだが、彼女からしたらそう見えるらしい。
「......トリストラム出身とはいえ、幼少期から帝国で育ち戦争を知らない私と、騎士団として祖国のために命を戦った経験のある彼らとは、元々価値観が違うのは仕方のないことだ」
そもそも、彼らが祖国であるトリストラム王国に対して持っている想いと、同じ国出身とはいえ、帝国で育った私とでは王国復権に対する思い入れも違う。
「育ててくれたテセウス達には感謝していますが、価値観が相容れない以上、あのまま同じパーティーとして活動を続けるのは難しかったでしょう」
母親を亡くして身寄りが無かった私を引き取って育ててくれたのが、テセウスであった。
だが、《黄金ノ獅子》の最終目的であるトリストラム王国の復興を考えれば、王国への思い入れが薄い私が抜けるのは自然な流れだったと思う。
「それもそうね」
「だからこそ、私について来てくれたリゼットには感謝している。一人だったら、今のように冒険者として活動できていた自身は無いよ」
リゼットは他の《黄金ノ獅子》メンバーと同じく、トリストラム王国の騎士団出身で、元々テセウスの部下だったと聞く。
そのため、彼女の王国復権に対する志は高いはずなのに、私を心配してパーティーを抜け、着いて来てくれたことには感謝しかない。
「褒めても何も出ないわよ。――さあ、そろそろギルドに行きましょうか」
ストレートな感謝の言葉を贈られたことに照れたのか、少し頬を赤くしたリゼットは、席を立ってギルドに向かうことを提案した。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
評価やブックマークをしていただけると今後の執筆の励みになります!




