閑話 ユフィ
国境であるアインホルン大山脈付近での魔獣討伐依頼を達成した私と師匠のエミリアさんは、長い時間をかけてパーティーの拠点がある迷宮都市アルバランに帰還した。
「はあ。アインホルンでの討伐依頼ならテセウスの魔法で移動すればいいのに。ここまで長い時間を移動に費やすことになるとは......」
まだ日が昇る前の時間で周囲は暗いため、足元に気を付けながら馬車から降りた私は、何度目か分からない内容の愚痴をこぼす。
「ユフィ、何事も経験ですよ。長い距離の移動を毎回テセウスの魔法に任せていては、いざ自分の足で移動しなければならなくなった時、経験も体力も足りず困ってしまいます」
師匠に対しては何度も同じ愚痴をこぼしてしまっているのだが、彼女は嫌な顔ひとつせず毎回私を優しく諭してくれる。
鍛錬となると鬼のように厳しいが、普段はとても穏やかな性格の優しい方で、弟子入りしてからの七年間、一度も彼女が本気で怒っているところを見たことが無い。
「師匠、まずは依頼の報告書を提出しにギルドへ行くとして、その後はどうされますか?やっぱり、すぐパーティーハウスに顔を出すべきでしょうか?」
私に続きゆっくりと馬車から降りた師匠は、少し考える素振りを見せてから発言した。
「移動中ずっと保存食ばかりだったし、美味しいものでも食べに行きましょう。ユフィも旅の間頑張っていたし、ご褒美として今日は奢ってあげるわ」
普段はケチ臭い師匠が、私にご飯を奢ることなど滅多に無いことである。
「本当ですか⁉だったら早くギルドに行きましょう!」
私は師匠の手を取り、いつもはゆっくり歩く師匠を急かしながらギルドまで向かった。
◇
冒険者ギルドに到着して依頼達成の報告書を提出した私たちは、朝市の開催されているエリアに移動し、普段から二人でよく訪れる店でゆっくりと朝食を楽しんだ。
この店は味が抜群に良いという点以外にも、朝市で働く人間やそこを訪れる客に向けて商売をするため、早朝から開いているという特徴がある。
そのため、早朝二人で鍛錬した後や今回のように朝、依頼から帰還したタイミングで利用することが多い。
「あー美味しかった!師匠、奢っていただきありがとうございます!この後はパーディーハウスに戻るということで良いですよね?」
すぐにパーティーハウスに戻らず、わざわざこのお店で朝食を食べることを師匠が提案したのは、おそらくすぐに帰宅してしまうと、料理番のヴァンさんに二度目の朝食を作らせることになってしまうからだろう。
そう勝手に解釈していた私は、彼女は朝食を摂ったら一刻も早くパーティーハウスに帰還して、仲間に顔を出し無事を知らせる気でいると思っていた。
だが、私のこの考えは完全に間違っていたことを次の師匠の発言で思い知らされてしまった。
「その......、私は久しぶりにアソコに行きたいかな、と思っています」
「......迷宮都市に帰還して仲間に顔を見せる前にやることが、闘技場に行ってギャンブルを楽しむことですか......」
しばらく依頼で迷宮都市を離れていたため思い出す機会が無かったが、この人がギャンブル中毒であるということを完全に失念していた。
◇
長旅で完全に疲れ切っていた私は、闘技場へ行く師匠と別れ、自分だけパーティーハウスに戻ることも考えた。
しかし、師匠は止める人が居なければ、闘技場が閉場するまでそこに留まり、ギャンブルに興じてしまう人間であることを思い出した。
そのため、適度に遊ばせた後、強制的に連れ帰る人間が必要であると判断し、師匠について行くことにした。
「久しぶりの闘技場、血が滾るわね......。今日はどの部門に行こうかしら......。まずはやっぱり一般参加部門ね!ユフィ、早く行きますよ!」
普段のお淑やかな振る舞いからは考えられない程、ハツラツとした表情と口調に変わった師匠は、私の腕を掴み一般参加部門が開催されている闘技場まで移動を始めた。
師匠に連れられて闘技場に来たことは何度もあるが、その大半は一般参加部門だった記憶がある。
なんでも『素人どうしの対戦の方が勝敗の予想が難しくて面白い』からだそうだ。
賭け事に興味が無い私にとっては、ある程度予想がしやすい方が楽しいのではないかと思うが、ギャンブル好きの思考は理解できない。
「師匠!あそこに座っているの、もしかしてテセウスじゃないですか⁉」
「あら、本当ね。隊長が闘技場に居るなんて珍しい」
闘技場の観客席に到着した私は、空席を探して歩いている中でテセウスの姿を発見した。
こちらの視線に気づいたのか、テセウスは私たちの方に気づいて自分の方へ移動するよう手招きした。
「迷宮都市に帰還するなり闘技場に直行とは、流石のおれも予想外だわ......」
今回の件は、私よりも師匠との付き合いが長いテセウスであっても、呆れるような案件だったらしい。
「失礼ね。私たちはここへ来る前に、ちゃんとギルドに報告書を提出してきましたよ。どこかの誰かさんと違い、ローラさんに報告書を丸投げして酒を飲んでいるような人間とは違います」
「......悪かったって。この話題はもう辞めよう」
相変わらず笑顔を浮かべながら強烈な毒を吐いて来る師匠に、テセウスは辟易した様子であった。
「それで?テセウスはなんでまた闘技場なんかに来ているの?普段はギャンブルなんかやらないじゃない」
私が質問すると、テセウスは驚きの答えを返して来た。
「実はお前たちが依頼を受けている間に、新しいパーティーメンバーが加入した。ウィルって名前で、まだガキで見習い扱いなんだが、戦闘におけるポテンシャルは俺が保証する」
「へぇ、新人⁉楽しみね!一体どんな人なの?」
彼の話が本当なのであれば、ついに私にも年下の後輩ができるということである。
「色々事情があって、自分の国での居場所を失ったヤツでな......。才能があって俺が鍛えれば今後、ウチの主力になれそうだったから早めに加入させて俺が直々に育てることにした」
テセウスの発言に私は引っかかりを覚えた。
「え?口ぶりからしてトリストラムの出身じゃないの?」
「そうだ」
その事実を知った途端、顔も見たことがないそのウィルという人物に、私はひどく嫌悪感を覚えた。
「《黄金ノ獅子》にトリストラム出身者以外を入れるなんて、私は反対だわ!いつ裏切ってくるか分からないじゃない!」
「王国復権を本気で考えているのであれば、一生トリストラムの人間で《黄金ノ獅子》を固めるのは無理だ。それに、トリストラム出身だからといって、裏切らない訳ではない」
「それは......そうかもしれないけど......。師匠はどうお考えですか⁉」
テセウスから飛んできた正論に、私は答えに窮してしまったため、師匠に意見を求めた。
「私は元々、王国出身者以外の人間を加入させるという隊長の方針に賛成しています。その子供が《黄金ノ獅子》加入にふさわしい人間かどうかは話が別ですが......。
ただ、私は隊長の人を見る目が確かであることを知っているので、その子供が加入することに反対することは無いでしょう」
自分の願望とは裏腹に、テセウスの肩を持つような発言をした師匠に私は失望を感じた。
「じゃあ、ソイツと実際に手合わせしてみて、《黄金ノ獅子》加入にふさわしい人間かどうか確かめてきます」
そのウィルという人物を加入させる理由が、彼の持つポテンシャルだとするならば、私が彼を完膚なきまでに叩きのめすことで、テセウスと師匠は考え直してくれるかもしれない。
もしくは、ここで戦闘に対する何かしらの恐怖感を彼に植え付けることができれば、自分から冒険者になることをやめる決断をさせることも可能だろう。
そんな下卑た考えを浮かべつつ、私は闘技場の控室に堂々と入り込み、金を払ってウィルの二個先である十三番目の参加者としての権利を獲得したのである。
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