5 夜襲
「...ン...てくだ...さい。グラン...やく起きてください。グラン坊ちゃま。早く起きてくださいませ」
セザリオの再三にわたる囁き声の呼びかけに目を覚ました俺は、状況が呑み込めずあたりを見渡した。
どうやら気づかないうちに眠ってしまったらしい。天幕の隙間から光が漏れてこないことから、まだ朝になっていないということがわかる。
セザリオの姿が天幕のなかに見えないので、どうやら外から俺を起こしたらしい。
状況が理解できないながらも大きな声を出していい状況では無さそうなので、俺も可能な限り小声でセザリオに起床を伝えた。
「起きたぞセザリオ。何か問題が起きたのか」
「魔物の襲撃です。私たちのいる天幕の方にはまだ気づいていないですが、馬車の方を物色しています」
天幕の入り口を開いて外をのぞき込むと、天幕から見える馬車の近くには一見すると魔物はいない。
だが、よく観察すると馬車のした下から人間の足のようなものが複数本見える。
馬車の反対側に複数体の魔物がいるようで、おそらくゴブリンだと思われる。
「グランお坊ちゃま、アルフォンス様を起こしてから天幕を出て私のそばへ」
俺は急いでアルの元に戻り、声を出さず体を揺らして彼を起こした。
「う~~~ん。あと5分寝かせて......」
呑気にそう答えるアルに少しイラつきつつも、冷静に今の状況を伝える。
「アル、起きろ。魔物が出た。早く起きないと殺されちゃうぞ」
端的にいまの状況を伝えたのが良かったのか、アルは目をバッチリ開けて跳ね起きた。
「魔物!?...セザリオさんがいるから大丈夫だよね...?」
「落ち着いて。多分まだ魔物はこちらに気づいていない。天幕を出てセザリオのところへ行こう」
俺はもう一度天幕の入り口から外を覗き、問題が無いことを確認するとアルと共に外へ出た。
天幕を出て周囲を確認するとセザリオの姿が無い。周囲を一瞥するとセザリオから声がかかった。
「坊ちゃま。こちらです」
馬車に面した天幕の入り口の反対側に身を隠していたようだ。
急いでセザリオの元へ駆け寄ると、現在の状況を軽く説明してくれた。
「現在のところ確認できるゴブリンは10匹ほどです。
この程度の数であれば私単独で制圧することも可能ですが、もっと数が多い場合やより強い魔物が居た場合にお二人を守り抜くことは難しいかもしれません。
特にゴブリンは大きな群れを形成することが多く、他のゴブリンや上位種が周囲にいる可能性もあります」
つまり、目の前のゴブリンとの戦闘中に、周囲にいる可能性が高い他のゴブリンたちがこちらに来てしまうと、非常に危険な状況になってしまうということか。
「今取れる選択肢は2つあります。1つ目はこのままゴブリンたちから隠れてやり過ごす選択です。
リスクを抑えた選択ですが、ゴブリンがここから離れるまでどの程度待つ必要があるかわかりませんし、周囲のゴブリンたちかここに集まってきて状況が悪化する可能性があります」
身を隠し続けるということは一見するとリスクの低い選択だが、そうではなく状況が悪化するリスクを加味すると最適な選択ではないのかもしれない。
「2つ目の選択肢はできるだけ素早く馬車の前に陣取っているゴブリンを倒し、馬車でこの場をはなれてしまうことです。
敏捷性が高いゴブリンですが、足が速いわけではいりません。
一度馬車に乗って出発してしまえば、仮に周囲にゴブリンたち居てこちらに気づいたとしても我々に追いつくことはできないでしょう」
ゴブリンたちとの戦闘が何事も無く終われば良いが、戦闘が始まれば当然大きな音が出てしまうだろうし戦闘中のゴブリンたちが周囲の仲間を呼ばないとは限らない。
「俺は一時的なリスクを多少取ってでも馬車でここから離れるべきだと思う。
セザリオの言う通り、ここに留まり続けてもいつ安全になるか分からないからね」
「では私が先にゴブリンたちの前に出て、馬車の前から引き離します。
戦闘が始まり私がゴブリンたちの注意を引いているうちに、グラン坊ちゃまとアルフォンス様は馬車の中へ。
私がゴブリンたちを倒したらすぐに出発します」
この瞬間の安全を考えれば戦闘が終わるまでここに留まるのが良いのだろうが、戦闘によって周囲の魔物を呼び寄せてしまうことを考えると、早めに馬車に乗っておいた方が良いという判断だろう。
「わかった。そのプランでいこう。アルもいいよね」
「うん......」
不安を孕んだ返事が返ってきたが、アルをフォローに回る余裕は今の俺にも無い。
セザリオは腰にぶら下げていた剣の柄を握り、勢い良く鞘から抜いた。
「では行って参ります。お二人もどうかお気をつけ下さい」
そう言い残し彼は森の木々を伝い、馬車から50メートルほど離れた街道の方へ静かに移動してから、ゴブリンたちの前に姿を現した。
ゴブリンたちはセザリオに気づくと、絶叫しながら馬車の前から離れて街道に沿ってセザリオの方に向かっていった。
「アル。行くぞ!」
俺たちは足音を殺しつつ順調に馬車への歩みを進めていき、馬車のドアに手をかけた。
できるだけ音を出さないように、ゆっくりドアを開こうとしたその時、地震と錯覚するような大きな音と地面の振動がこちらへ徐々に近づいて来ているということに気付いた。
振り返ると、巨人だと錯覚するサイズのゴブリンが50メートル先からゆっくり近づいて来ていた。
ゴブリンの上位種、ホブゴブリンというヤツだろうか。2メートルを超える体躯と人間の胴回りほどの太さの棍棒を持っており、完全に俺たちに視線をロックオンしている。
ホブゴブリンはセザリオが戦っている場所の反対方向から来ており、まだゴブリンたちと戦闘中である彼の助けも期待できない。
ホブゴブリンは俺たちのことをただの食料としか考えてないのか、ゆったりとした歩みで余裕を持った笑みを浮かべながらこちらに近づいてきた。
「やるしかないのか......」
そう呟き、俺は急いで馬車のドアを開け中から杖を取り出してから先端の触媒を覆っていたカバーを取り外した。
馬車の外に出て杖を構えると、小さな人間が杖を構えて必死に抵抗する姿が面白いのか、ホブゴブリンが大きなうめき声をあげた。おそらく笑っているのだろう。
舐められているのは屈辱的ではあるものの、油断して時間をくれるのは大変ありがたい。
俺は杖を構え、自身の魔力で魔法陣を描く前に目を閉じて魔法のイメージを始めた。
これまでの《雷撃》に関する抽象的なイメージではなく、《魔力》というエネルギーを《杖の先端から対象物へ向けて大量の電荷を移動させる》という物理的な現象を引き起こすために消費することをイメージする。
さらに、放電した《雷撃》が確実にホブゴブリンへ当たるように、電流の通り道の抵抗が低くなるように魔法で空間に干渉することをイメージした。
自身の中でイメージが固まった瞬間、俺はこの魔法が成功するのを祈りながら魔法陣の描画をはじめ、同時に詠唱をスタートした。
『我、天より雷を賜る者なり。轟く者よ 我に困難を打破するための兵仗を与えたまえ。《雷撃》ッッッ!!!!』
祈りが通じたのか、魔法陣の完成と同時に詠唱が終わると魔法陣が発光を始め轟音と共に大きな反動が自身にもやってきた。
3メートルほど《雷撃》の反動で吹っ飛んだ俺はその衝撃でしばらく立ち上がることができそうになかったが、視線だけホブゴブリンへ向けて魔法の結果を確認した。
ホブゴブリンの周りには蒸気が立ち込めており、黒く炭化した何かの残骸が飛び散ったあとだけが残されていた。
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