45 一方的な敗北
ユフィと紹介された女性は、まだ少し幼さを残した、整った顔立ちをしており碧い目と長く伸ばした銀髪が特徴的である。
彼女は満員の闘技場の歓声にも臆することなく、ゆっくりと闘技場の中央まで移動し、俺に対して喋り始めた。
「あなたがウィルで間違いないのよね?」
彼女の質問の意味が良く分からない。場内のアナウンスでウィルと言われていたのが聞こえていなかったのだろうか?
「......?はい、俺がウィルですけど......」
自分がウィルであると認めると、彼女は不敵な笑みを浮かべた。
「じゃあウィル、質問があるから答えて欲しいの。あなたはトリストラムのこと、どう思っているの?」
トリストラムって一体何だろう?おそらく固有名詞なのだろうが、何を指すものか見当もつかない。人名だろうか?それとも地名?分からなかった俺は、素直に聞き返すことにした。
「トリストラム......ですか?すみません、そもそも聞き覚えがありません。それは人の名前でしょうか?」
そう返答すると、一瞬にして彼女の顔から笑みが消えた。
「......ふふっ......ははははははっ!テセウスはトリストラムの名前すら知らないガキを《黄金ノ獅子》に加入させたの⁉本当に信じられないわ。有り得なさ過ぎて思わず笑っちゃった!」
突然笑い出したユフィに、俺は困惑する。というか、この人、いま俺が《黄金ノ獅子》に加入したことを知っているような発言をしなかったか⁉
「あ、あの......。結局、どういった意図の質問だったのですか?トリストラムというものは、テセウスと何か関係があるのでしょうか?そもそも、何故俺が《黄金ノ獅子》に加入していることを知っているのでしょうか?」
テセウスと一緒に闘技場への申し込みに並んでいる所を観られていれば、俺が彼の知人であることは予想できるだろう。
しかしながら、その姿から俺が《黄金ノ獅子》に加入したと予想する人間はほとんどいないはずだ。なぜならば、通常の発想であれば、Sランク冒険者パーティーに十歳の子供が加入するということを思いつかないからである。
「......もう黙っていなさい。あなたがやるべきことはだた一つ。私がストレス発散するためのサンドバックになって、死なないように耐えること」
「は?」
いきなり物騒な物言いを始めた彼女に、俺は思わず聞き返した。
『ベッティング、ただいま締め切りました!では、試合開始です!』
試合開始の合図と共に、ユフィの姿が消えた。
気づくと、目の前まで移動していた彼女は、俺の右脇腹を狙って左フックを繰り出した。
「ぐはっっっ!」
一見すると《魔力障壁》を纏っていなかったその一撃は、容易に俺の《魔力障壁》を突破して脇腹に突き刺さった。
結果的にレバーブローをモロに食らってしまった形になってしまったため、呼吸が困難になるほどの激痛と共に、強烈なめまいと吐き気が襲ってきた。
「回避が間に合わないと判断して、咄嗟に打撃を受ける部分の《魔力障壁》の密度を高めたわね。中々やるじゃない、もっと本気を出して殴っても問題無さそうね」
あっさりと俺の《魔力障壁》を破ったことや、《隠蔽》を使って魔力を目視できないように隠すことができることから、彼女が明らかに格上の使い手であるということが分かる。
まだ全く本気で戦っていないような口ぶりの彼女に、絶望を覚えていると、彼女は再び俺に接近して今度は左右の連打を繰り出した。
「嘘だろ...って、うぐっっっ!」
先程脇腹に食らった一撃と違い、今度の連打は腕でボディをガードすることに成功するも、《魔力障壁》を貫通して攻撃されていることに変わりないため、腕に激痛が走る。
「ほらぁ、ほらぁ、ほらぁ、ほらぁっ!《黄金ノ獅子》のメンバーともあろう人間が、この程度の打撃でへばるなんて情けないわね!」
俺をいたぶることを楽しむような声色と表情で、打撃の雨を降らせる彼女だが、反撃の隙がなく防戦一方になってしまう。
「クソッ......ここだっ!」
亀のごとく体を縮こまらせて防御の態勢を取っていた俺は、ユフィが作った一瞬の隙を見逃さず、剣による反撃に出た。
「バァァァーカァッ!こんなにあからさまな隙を私が晒す訳ないでしょう!」
あえて隙を晒すことで、反撃を誘導されていたと気づいたときにはもう遅く、俺は彼女のカウンターとなる一撃を鳩尾に食らってしまった。
「ぐはっ」
反撃する際に腹部の《魔力障壁》を薄くしていたため、彼女の拳の威力を減衰させることができず、俺の体は宙に浮き、後ろへ吹き飛んで倒れた。
「早く立ち上がりなさい!こっちはまだストレスを発散しきってないんだから!」
もはや闘技場での勝負というよりかは、俺をサンドバックにする見世物と化してしまったこの状況に、彼女はある種の愉悦を感じているようであった。
「ハァ......ハァ......クソが......」
悪態をつきながらも、俺は力を振り搾り立ち上がる。
「本当に立つんだ。そのまま寝ていればもう傷つかずに済むのに......。弱い上に、頭まで悪いのね......。私としては、サンドバックが長持ちしてくれて嬉しいけどねっ!」
わざとらしく憐れむような顔で俺を挑発してきたユフィは、再び連打を繰り出し始め、俺はそれをひたすら耐えるという地獄のような時間が始まった。
◇
どの位の時間が経過しただろうか?
最初は俺をいたぶるユフィを、面白がって歓声を上げていた闘技場の観客たちも、飽きてきたのかそれとも、長時間子供をいじめる構図に心を痛めたのか、白けた雰囲気に変わっていた。
「はぁはぁはぁ......。どういうことよ⁉」
余裕の表情で攻撃を繰り返して来た彼女も、徐々に疲弊してきているのか肩で息をするようになっていた。
「アンタどんだけ魔力量多いのよ⁉本当に人間⁉」
どうやら彼女は俺がタフで倒れないことよりも、ひたすら《魔力障壁》を破壊し続けても一向に魔力切れを起こさないことに驚きを持っているようであった。
薄々気づいていたが、彼女は口先では粗暴な発言を繰り広げるも、本気で俺を害する気が無いようである。
それは魔力切れに関する彼女の発言以外にも、剣を使わず拳での打撃のみで戦っていることや、頭部ではなくボディーへの攻撃に終始していることからも読み取れる。
「あーもう、完全に萎えたわ。さっさと終わらせることにする」
ついに決着をつける気になったのか、彼女は瀕死の状態になっている俺に近づき、平手打ちをこれまで攻撃してこなかった顔面目掛けて放った。
ここまで一度も見せていなかった頭部への攻撃に、反応が遅れてしまったため直撃を食らってしまった俺は、脳を揺らされてそのまま意識を失った。




