43 闘技場
アイリスさんから《身体強化》の手ほどきを受けてから、俺はパーディーハウスの掃除や洗濯、料理の手伝いをこなしながら、テセウスに連れられて迷宮に潜る日々を送っていた。
日が昇る前に起きたら、まずは日課の素振りとランニングをこなし、《魔力障壁》と《身体強化》の練習をすることから一日が始まる。
その後、起きてきたヴァンさんの料理と洗濯を手伝い、朝食を食べた後は迷宮に移動するまでの時間でハウス内の掃除を行う。
洗濯について、普段は水属性の魔法が使える別のメンバーが担当しているらしいのだが、今は依頼を受けて不在のため、その間は同じく水属性の魔法が使えるヴァンさんが担当しているらしい。
洗う工程に関しては魔法でヴァンさんに担当してもらうため、俺は洗濯物を外に干す部分を担当した。
「そろそろウィルを闘技場に連れて行って、対人戦闘の経験を積んでもらおうと思う」
《身体強化》を覚えてから一週間かけて小迷宮の第五階層に到達した翌日の朝、朝食を食べながらテセウスは唐突に俺を闘技場に連れていく提案をした。
「まだウィル君には早い気がするけれど、本当に大丈夫なの?」
ローラさんが不安そうな顔でテセウスに尋ねる。
「《身体強化》も《魔力障壁》も使えるし、プロの剣闘士ならまだしも、一般参加の人間に負けることは無いだろう。まあ、ウィルの身が危なくなったら俺が力づくで止めるさ」
闘技場のシステムを良く知らない俺は、テセウスの言っていることの意味が良く分からなかった。
「闘技場に一般人が参加できるのですか?てっきり剣闘士しか参加しないものだと思っていました」
「もちろん、興行として一番人気なのはプロの剣闘士の試合だけれど、一般参加の勝ち抜き戦も中々人気なのよ。連勝して注目を集めると、プロの剣闘士にスカウトされる例もあるから、期待の新人を発掘するための舞台となっているから人気という側面があるわね」
テセウスの代わりにローラさんが疑問に答えてくれた。
「対人戦闘ならテセウスが相手をしてくれているので、それで十分な気がしますが......」
正直、よく知らない人間相手と戦うという行為に気が進まないため、さりげなく闘技場への参加に消極的であることをアピールした。
「確かに俺を始め、《黄金ノ獅子》メンバーとの摸擬戦で得られるものは多い。だが、俺たちはウィルとの実力が離れすぎているから、それだけだと実力が近い相手との戦闘経験が詰めないからな。ここらで闘技場に行って、自分と近しい実力の人間との経験を積んだ方が良いだろう」
テセウスの言うことにも一理ある。今後、冒険者として人間を相手にするような依頼を受けるつもりは無いが、自衛のためにも多様な戦闘経験を積んだ方が良いのは確かである。
「......分かりました。テセウスの提案通り、今日は闘技場に行きましょう」
「決まりだな。食べ終わったら早めに《飛行》で闘技場まで移動するぞ。確か一般参加の勝ち抜き戦は参加者にも人気だから、エントリーの締め切りが早かった筈だ」
テセウスに急かされ、《飛行》で酔ってしまい吐き出すことにならないよう祈りつつ、俺は残りの朝食を腹の中にかきこんだ。
◇
迷宮都市の中心街に近い場所に存在している闘技場に到着した俺たちは、すぐに出場の申し込みをするべく、受付のある場所まで移動した。
参加受付の窓口には、すでに十人ほどの列ができており、受付が始まるのを待っている様子である。
並んでいる人たちを観察すると、全員が男性で大きな体を持っており、自信に満ちた表情をしていた。
「どうやらまだ受付が始まってないらしいな。勝ち残りで試合をやるから、十人だとウィルの前に九試合か。比較的待ち時間が短く済んで良かった」
テセウスと共に列の最後尾に並んで十分ほど待っていると、受付担当の男性がやってきた。
申請自体は名前と簡単な経歴を訊かれるだけなので、あっという間に自分たちのところまで列が進んだ。
「名前と、簡単な経歴を教えて下さい」
俺の経歴はそのほとんどが公にできないものであるため、どう答えるか迷う。
「ウィルです。元々は酒場で働いていましたが、最近そこをやめて冒険者に転職しました」
結局、経歴とも呼べないような内容を伝えることになってしまった。
「......失礼。そちらの方ではなく、あなたが勝ち抜き戦に出るつもりなのですか?」
経歴を笑われてしまうことを覚悟していたが、受付の男性はそこよりもテセウスではなく俺が出場することに驚いたようである。
俺が男性の質問に答えようとすると、それを遮るようにテセウスが大きな声で答えた。
「なんか文句あるのか?言っておくが、コイツはそこいらに並んでいる有象無象ならまとめて蹴散らせるくらい強いぜ」
周囲に居た参加者の視線が一斉にこちらに集まり、少し経つとテセウスが自分たちを挑発していると理解したのか、視線に殺気が混ざるようになった。
「......そこまで自信があるのであれば、運営として参加を止めることはしません。この番号札を持って控室で待機していて下さい。出番になりましたら、運営の人間から番号で呼ばれますので、その札を渡して下さい」
渡された番号札を確認すると十一番と書かれていたため、やはり十試合目に参加するということだろう。
「じゃあ、俺は観客席に行っているから、せいぜい頑張れよ。あ、シロはこっちに連れていくからな」
「キュイ!」
俺が周囲を挑発したテセウスの発言に怒ることを察したのか、彼はシロを連れて足早に観客席の方まで移動してしまった。
文句を言う相手が居なくなってしまったため、周囲の視線から逃げるように、俺は控室まで急いで移動した。
◇
控室となっている大部屋に入ると、中には俺の前に並んでいた十人が無造作に並べられた席に座って待機していた。
適当に近場の席に腰を下ろして待っていると、すぐに次の人が大部屋にやって来た。
「おい小僧、あんなに大口を叩いておいて、ダダで済むと思うなよ」
近づいて来るなりそう吐き捨ててきた筋骨隆々の大男は、どうやら俺たちのすぐ後ろに並んでいて、テセウスの発言をすぐそばで聞いていたようである。
「気分を害してしまったのであれば謝罪します。すみませんでした」
あまり大事にしたくなかった俺は素直に謝ることを選択し、頭を下げた。
「フン、雑魚が。すぐに謝るくらいなら挑発してくんな!」
そう言いがら、男は下げていた俺の頭を上から強く叩き、少し離れた場所に置かれていた椅子に腰を下ろした。
「......こっちが下手に出たからって調子に乗りやがって......」
周囲に聞こえないほど小さな声で呟いた俺は、男を完膚なきまでに叩きのめすことを決意したのだった。




