42 パーティー勧誘
「一般的に体の部位ごとに魔力を循環させる得意不得意があるのだけれど、キミの場合は手が得意で脚が苦手みたいだね」
一通り体の部位それぞれに魔力循環させて《身体強化》を試した後、アイリスさんはそう結論づけた。
「午前中の鍛錬はここまでにして、お昼にしようか。午後の鍛錬は苦手だと分かった脚を強化する練習と、より広範囲に《身体強化》をかける練習をやろうか」
体を動かしたとレーニングを行った訳ではないものの、魔力の制御にずっと集中していたため、体力を大きく消耗した上にかなりお腹が減っている。
「お昼、どこで食べましょうか。一度ギルドに戻って併設の酒場で食べますか?」
利用したことは無いが、ギルド内には食事を提供できる酒場が併設されていて、外か観察した限りでは昼時も中々賑わっていた。
「いや、実は弁当を持ってきたんだ。グラン君の分も作ってきたから、ここで一緒に食べよう」
アイリスさんはピクニックシートを鞄から取り出して訓練場の地面に敷き、続いて大きな木箱を取り出した。
木箱の蓋を開けると、中には野菜と肉が挟まったパンが何個も入っており、よく観察すると、それぞれ違う具材が使われているということが分かる。
「うちのパーティーは料理好きなメンバーが多くてね。キッチンにパンを焼くための窯もあるんだ。このサンドも、パンから自分で作った自慢の一品だから、ぜひ感想を聞かせて欲しい」
そう言いながら、彼女は水筒である革袋から水をコップに注ぎ、俺に渡してきた。
「キュイ!」
訓練場の隅でひなたぼっこをしていたシロは、サンドから漂ってきた美味しそうな匂いに惹かれたのか、ピクニックシートの上まで走ってきた。
「シロの分も別途に用意してきたんだ。好物の肉だぞ!」
アイリスさんは鞄から別の小さな木箱を取り出し、それをシロの前に置いた。
「キュイ!キュイ!キュイ!」
シロは興奮した様子で鳴き声を出しながら、木箱の周りを踊るように一周して、肉に飛びついた。
そんなシロの微笑ましい姿をアイリスさんと見つめながら、俺は木箱の一番上に積まれていたサンドを手に取って一口食べた。
「......うまい!」
外はサクサクに焼かれたパンは、中はふんわりと柔らかく、かつ弾力がある。
野菜としてレタスのような葉菜と、トマトのようなみずみずしい実のスライスが挟まれていて、その食感から新鮮なものが使われていることが分かった。
また、野菜の上にはハムが挟んであり、そこに少し上品な味がするしょっぱいソースが入っていることで、サンド全体で複雑な味を楽しむことができるようになっていた。
「まず、このパン自体がとても美味しいですね......。今まで食べたパンの中で一番おいしいかもしれないです。本当にアイリスさんが自分で焼いたんですか?」
「そうやって評価してもらえると嬉しいよ。実はメンバーにパンに対して異常なこだわりを持っている人がいるんだ。その人のために色々改良を重ねていた結果、このパンが生まれたという経緯がある」
「な、なるほど......。アイリスさんも中々大変ですね...」
同じパーティーリーダーでも、アイリスさんはテセウスと違ってメンバーの世話する役回りをさせられているのだろうか?
「そうでもないさ。共に支え合うメンバーが居てとても楽しいよ。――――ところで、グラン君はどこかのパーティーに入ったりしないのかい?」
「うぐっっ!......ゴホッ、ゴホッ......ゴホッ」
口に含んでいたサンドを飲み込もうとしたタイミングで飛んできた質問に驚き、俺はむせてしまった。
「大丈夫かい⁉ほら、ゆっくりでいいから飲んでくれ」
アイリスさんは俺の隣に近づいて、背中を擦りながら自分で使っていたコップをそのまま俺に手渡してきた。
「はぁ......はぁ......ありがとうございます。少し落ち着きました」
受け取ったコップの水を飲んで落ち着いたので、飲み終わったコップをアイリスさんに返すと、彼女は満面の笑みを浮かべていた。
「......?どうしたんですか?」
「いや......なんでもない。気にしないでくれ」
俺がむせている様子がそこまで面白かったのだろうか?彼女が笑っていた理由が気になりつつも、俺は彼女の質問に答えた。
「今のところ、どこかに所属するつもりは無いですね。でも、もう少し強くなったらどこかのパーティーに入るか、自分で新しく作ろうかと思っています」
現在《黄金ノ獅子》に所属していることを、アイリスさんへ素直に打ち明けることも頭によぎったが、彼女と《黄金ノ獅子》の関係が結局よくわからないため、保留して誤魔化すことにした。
「そうか......今はどこにも所属するつもりは無いのか......。グラン君さえ良ければ、《新緑の風》に入ってもらいたいと思っていたんだが、とても残念だ」
パーティーに関する話題を振ったのは、俺を勧誘する流れに話を持っていきたかったからなのだろうか?
「気が変わったら、いつでも声をかけて欲しい。グラン君のように将来有望な冒険者なら大歓迎だ」
「俺みたいな新米冒険者も入れたいということは、アイリスさんのパーティーは今、人材不足に悩まされているのですか?」
「確かに《新緑の風》は設立二年の新興パーティーで、メンバーも四人しかいないが、特段人手不足という訳ではない。
そろそろ人を増やしても良い時期だという話はしているがね。ただ、ギルドに募集をかけてしまうと、希望者が殺到してしまいかねないからどうしようか考えているところだ」
確かにアイリスさんのような、ギルド内の人気者がパーティーメンバーの募集を大々的に行ってしまうと、希望者が殺到して収拾がつかなくなりそうである。
「可能な限り信用の置ける人間を加入させたいのだが、なかなか適した人材が見つからないのが実情なんだ。グラン君は、そういった意味で最適な人材だから、是非と私のパーティーに加入して欲しい」
気づいたらアイリスさんに俺が《新緑の風》に必要な理由を熱弁されていた。
「......前向きに検討しますね」
《黄金ノ獅子》に加入した状態で、アイリスさんのパーティーに加入することを了承する訳にもいかない。
そのため、俺はできる限りの笑顔を浮かべながら、言葉を濁してはぐらかすことにした。
「まあ、すぐに決めなくても大丈夫だ。......食事もあらかた済んだことだし、そろそろ午後の鍛錬を始めるとしようか」
好物の肉をたらふく食べたことで昇天しているシロを横目に、俺たちは広げた荷物を片付け、午後の鍛錬に入った。
◇
「今日は一日、指導していだたきありがとうございました!Aランクのアイリスさんに色々と教えてもらい、とても為になりました!」
一日のトレーニングを終えて、俺は礼をしながらアイリスさんに感謝の言葉を述べた。
「そんなにかしこまって礼を言われてしまうと、逆に困るよ。私は先輩冒険者として、いや友人として困っているグラン君を役割を放っておけなかっただけさ。
パーティー加入の件、冗談ではなく真剣に勧誘したつもりだから、その気になったら連絡をくれると嬉しいな」
「あはは......分かりました。連絡する場合はどうすればいいですか?」
「ギルドの受付に伝えてくれれば大丈夫だ。私の方から何か用件ができて、グラン君に連絡する場合も、ギルドの受付か掲示板に伝言を残すようにするよ。では、また機会があればギルドで会おう」
そう言って彼女は訓練場を後にしたのだが、俺は何か重要なことを忘れていた気がする。
「あ、ギルドには『ウィル』の名前で登録しているんだった......」
しばらくその場で考えて、ようやく彼女が俺をずっと『グラン』と呼んでいたことに気付いた。
――この時、俺は『ウィル』の代わりに『グラン』という名前に対して伝言を残されるだけで、大した問題にはならないだろうと思っていた。だが、まさかこの判断が後に大きな騒ぎを引き起こすきっかけとなってしまうとは思ってもいなかった。




