41 アイリスとの訓練
朝食を終えるとテセウス、ローラさん、グレアムさんの三名はテセウスの《飛行》で冒険者ギルドまで飛んで行った。
パーディーハウスは迷宮都市の中心部から外れた場所に位置していて、徒歩だと一時間以上かかってしまうため、俺も一緒に飛んで行くかどうか質問されたが、遠慮した。
テセウス達と冒険者ギルドに行くと、前回の様に注目の的になるのは明らかであり、目立ちたくない自分にとってはあまり気が進まない提案だったためである。
パーディーハウスを出発して約一時間、アイリスさんと約束した時間である朝八時の三十分以上前に冒険者ギルドに到着した。
建物の中に入ると、ギルド内の冒険者の視線が一か所に集まっていることに気づいた。
まだテセウス達がギルドに居るのだろうかと一瞬考えたが、彼らがここに到着したのは一時間前のはずなので、今ごろ依頼を受けたか大迷宮へ向かったはずである。
注目を集めている主が誰か確認しようと移動して目を向けると、そこにはアイリスさんが大きな鞄を持って立っていた。
彼女は一人ではなく、ギルドの壁に寄りかかって隣の女性冒険者と談笑していた。
俺の視線に気が付いたのか、唐突にこちらを向いたアイリスさんと目が合うと、彼女はこちらへ向けて手を振りながら、大きな声で呼びかけてきた。
「おーい!グラン君。こっちだ!」
彼女が呼びかけた相手を確かめようと、周囲の視線が一斉に俺に集まる。
注目されるのが嫌でテセウスの飛行魔法での移動を断ったのだが、これではあまり意味が無かったと後悔する。
「アイリスさん、おはようございます」
挨拶しながら近づくと、彼女は隣に立っていた女性を紹介した。
「グラン君、おはよう。約束の時間よりも大分早く到着したね。こちらは私がリーダーを務めているパーティー《新緑の風》のメンバー、リゼットだ」
リゼットさんは金髪のショートボブに緑色の瞳を持った女性で、アイリスさんよりも一回り年上に見える。
「リゼットよ。アイリスが噂のグラン君と冒険者ギルドで待ち合わせをするって言うから、気になってついて来たけれど、まさかこんなに幼い少年だとは思わなかったわ」
「噂って何よ!たまに《竜の吐息亭》やグラン君の話をしていただけじゃない!」
アイリスさんが珍しく取り乱しながら、頬を赤く染めてリゼットさんに言い返した。
「たまに、ねぇ......。まあいいか。あ、心配しなくても私はこのまま一人寂しく依頼を受けるから。邪魔者は消えるから、お二人はごゆっくり!」
そんな発言を残してリゼットさんは掲示板のもとへ行ってしまった。
「コホン......。じゃあ私たちは訓練場に移動しましょうか」
「......そうですね」
リゼットさんのせいで、少し気まずい空気感のまま訓練場まで歩くことになってしまった。
◇
ギルドの建物から出て、五分ほど北に歩くと訓練場に到着したので、警備の人にアイリスさんが声をかけて入り口を開錠してもらった。
「実はAランク冒険者になると訓練場の一日貸し切りも申請できるようになるのだ。数少ないAランク冒険者の特典で、使うことは無いと思っていたが、グラン君との鍛錬に生かすことができて嬉しいよ」
「俺のためにわざわざ貸し切って下さりありがとうございます。実は今日、アイリスさんに《身体強化》を教えてもらいたいのですが、大丈夫ですか?」
アイリスさんが具体的なトレーニングの話を始める前に、俺は先に自分の希望を伝えることにした。
「お安い御用さ。現状だとどの程度《身体強化》を使えるようになっているんだい?」
「実を言うと、まだ《身体強化》の使い方すら分かっていないので、基礎から教えていただけると助かります」
「ふむ。ちなみに他の無系統魔法はどの程度使えるんだい?」
「《魔力障壁》と《魔弾》はある程度使えますが、魔力圧縮の習熟度はそこまで高くないです。特に《魔弾》は、圧縮が足りず実戦で使えるほど射程が長くないですね」
「なるほど。一度《魔力障壁》を見せてもらうことはできるかい?」
「分かりました」
アイリスさんの要望に従い、俺は全身に《魔力障壁》を展開した。
「......トレーニングを始めたのは最近だろう?短期間でここまで魔力を圧縮した《魔力障壁》を展開できるようになるなんて、君は魔力制御のセンスが高いみたいだね」
アイリスさんは俺が三週間前から魔力操作の練習を始めたと思っているので、ここまで称賛しているのだろう。
しかし、実際には三年前から魔法を使っていたことで、魔力操作の基礎を習得していたため、ここまで短期間で《魔力障壁》を熟達させることができたのである。
「《身体強化》は体外に魔力を展開する《魔力障壁》とは反対に、体の内部に魔力を巡らせる技術だ。そう聞くと、体外の魔力を操作する《魔力障壁》の方が難しいと思うかもしれないが、実は違うんだ。
体外に放出した魔力をただ圧縮するだけの《魔力障壁》と違い、《身体強化》は魔力を常に循環して、その流量を制御する必要があるため、より繊細な魔力制御が常に必要となる」
「ただ単に強い力を出すだけなら難易度は高くないけれど、きちんと力を制御する場合は難しいということですか?」
「そうだ。《魔力障壁》はその特性上、魔力を圧縮するだけでそこまで繊細なコントロールを必要としないが、《身体強化》はそうもいかない。
自分の体を動かす時、無意識のうちに動作させる筋肉の強弱を繊細に制御しているのだろう?それと同じように、目的通りの力を出力させることができるように、魔力の流れを常に調整する必要があるんだ」
アイリスさんの説明から、思っていた以上に《身体強化》を使いこなす難易度が高いことが分かる。
「なるほど。つまり、《身体強化》を実戦で使用するためにはかなりの鍛錬が必要ということでしょうか?具体的はどの位かかりますか?」
「かなり弱い強化であれば、ウィル君なら今日のうちに使えるようになるさ。ただ、より強い強化を求めて循環させる魔力の量を増やせば増やすほど、魔力の制御が難しくなっていくんだ」
やはり他の無系統魔法と同じで、《身体強化》も長期間に渡る鍛錬によって習熟度を上げていく必要のある技術のようである。
「説明もここまでにして、早速実践してみよう。まずは手の部分的な強化を試してみるから、右手に魔力を集中してみて欲しい」
「はい」
「その集めた魔力を、まずは時計回りにゆっくり循環させるんだ。うまく強化ができていれば、手の筋肉が熱を持った感覚になるはずだ」
アイリスさんの言う通り、魔力を右手の中で循環させていると、少しずつ熱を持ったような感覚になる。
「上手くできているのであれば、両手にそれぞれこのハンドグリップを持って、同時に思いっきり握ってみて欲しい」
アイリスさんは大きな鞄から、手のひらサイズの器具を取り出して俺に渡した。
それは、ハンドグリップと呼ばれる、握ることで握力を鍛えることができる器具であった。
「分かりました。......ふんっ!」
両手のハンドグリップへ同時に力をかけると、左手のハンドグリップは微動だにしたかったのに対し、右手のハンドグリップは勢いよく閉じた。
「おお......。これが《身体強化》ですか......」
この技術を習得するできれば、未発達な俺の体でもある程度戦うことができるだろう。
「いきなり上手く発動できるなんて、やっぱりグラン君は魔力操作のセンスが良いね。このまま他の部位も試してみよう」
その後、昼食までの時間にかけて、俺とアイリスさんは体の部位それぞれに《身体強化》を試した。




