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38 小迷宮《使徒の迷宮》①

 目的地に着いたのか急降下を始めたテセウスは、徐々に減速をはじめて最終的な着地の衝撃をほぼゼロに抑えた。


 到着した場所には、大きな岩の前に小さな建物が一軒だけポツンと建っており、その周りには石畳が敷き詰められて広場のようになっていた。


「はぁはぁ......。だから、《飛行》を使うならもっと早く言ってください!こっちにも心の準備が必要なんです!」


「うるせえ。早く慣れろ。以上!」


 こちらの嘆きなど欠片も気にする様子もなく、テセウスは目の前の小さな建物に入って行った。


「な、なんて横暴で気遣いのできない人なんだ......」


 それに続いて俺も中に入ると、簡素なカウンターに受付の女性が一人だけ座っており、奥には大きな扉とその両脇を固める警備員が二名立っていた。


「認識票の提示をお願いします」


 受付の女性にそう促されたテセウスと俺は、それぞれ持っている冒険者の認識票を彼女に見せた。


「っ......確認いたしました。テセウス様とウィルさんですね。迷宮についての説明は......必要ないですね。どうぞこのままお進みください。」


 彼女はテセウスの示したミスリル製の認識票に驚くも、すぐに平静を取り戻して二人の名前と日時を名簿に記録してから、俺たちを奥の扉へ進むよう促した。


「彼女、驚いてましたけど、ここはSランクの冒険者が来るような迷宮では無いのですか?」


 歩きながら、俺はテセウスにここの迷宮についての質問をすることにした。


「ああ。知っているかもしれないが、アルバランには二つ迷宮がある。一つが《女神の迷宮》。冒険者の間では大迷宮と呼ばれていて、まだ未踏破でかつ広大な迷宮として知られている。アルバランが迷宮都市だという認知が広がったのも大迷宮の存在があったからと言われているな」


 迷宮が二つもあるとは初耳であるが、大迷宮というワードは冒険者たちが酒場で話をしているのを聞いたことがある気がする。


「で、もう一つの迷宮がココ、《使徒の迷宮》だ。冒険者の間では小迷宮とも呼ばれていて、すでに踏破済みの迷宮だな。すでに踏破されていることもあって大迷宮と違い攻略難易度は低いとされている。とはいえ、単独で踏破するにはAランク程度の実力が必要だがな」


 テセウスが迷宮の説明をしていると、門の前に到着した。受付が通したからなのか、特に警備員達はこちらに話しかけるといった様子もなく俺たちを通すようである。


「小迷宮は大迷宮と比較して迷宮都市の中心街から外れた場所にあるから、踏破済みということも相まってあまり人気が無いという特徴がある」


 テセウスが門を開くと、内部は明るく澄み渡った青空と見渡す限り続く草原が存在しており、洞窟の様な薄暗い迷宮をイメージしていた俺は混乱した。


「ぼさっとするな。早く行くぞ」


 テセウスに急かされ、俺は迷宮という得体の知れない領域の中へ一歩を踏み出したのだった。



「ここが迷宮ですか......?信じられません」


「俺もどんな仕組みになっているか分からん。だが、迷宮とはそんな現象が頻発する場所だから、入った後は常に平静を保つことを意識しろ」


 草原を歩きながら、テセウスは小迷宮に連れてきた理由の説明を始めた。


「今日ウィルをここに連れて来たのは、当面の目標である小迷宮の踏破について説明しつつ、実戦経験を積んでもらうためだ」


「小迷宮の踏破ですか......。達成に数年単位で時間がかかる目標は、あまり『当面の目標』という言葉を使わない気がしますが......」


「いや、お前には半年でこの小迷宮を攻略してもらおうと思っている」


「は......半年⁉さっき単独踏破はAランク程度の実力が必要って言っていませんでしたか⁉」


 いくら俺が無詠唱で魔法を使うことができるといっても、現状で《魔力障壁》と《身体強化》が使えない俺が、半年でそこまでの実力まで成長できるとは思えない。


「落ち着けよ。何も一人で踏破させるつもりは無いさ。実は《黄金ノ獅子》にはまだ二人、ウィルに紹介していないメンバーがいる。

 そのうちの一人がウィルと同じように鍛えている若いメンバーだから、ソイツと一緒に小迷宮を踏破してもらおうと思っている」


 先程パーディーハウスに居たメンバーが自分を含めて五人だったため、どうやら現状の《黄金ノ獅子》は七人のメンバーが所属しているということか。


「......ゴブリンだ。雷魔法を使わず、剣だけで相手をしてみろ」


 テセウスとの会話に気を取られていた俺は、二百メートルほど前方に俺と同じくらいの体格のゴブリンが三匹居ることに気付かなかった。


「魔法無しで⁉無理ですよ!」


 この三週間、素振りを練習したからといって魔法無しでゴブリン三匹を同時に相手にできるほど、俺の近接戦闘の能力は高くない筈である。


「無系統魔法なら使って良いぞ。ほら、いいから早くやれ」


 素振りに使っていた木剣と同程度のサイズの剣を渡してきたテセウスは、文句を言う俺の尻を蹴ってゴブリンの元へ行くことを促した。


 彼に反抗するよりもゴブリン達と戦うことの方がマシであると判断した俺は、渋々鞘から剣を抜き、ゴブリン達に方向を向いた。


 自分たちの様子を伺う人間の存在に気付いたゴブリンたちは、獲物を発見したことに喜び、歓喜の声を叫びながら、三匹揃ってこちらに駆けだした。


「......っ。流石に魔法無しで相手にするのはキツイって......」


「キュイ⁉」


 危機感を孕んだ俺の呟きに反応してか、外套の中に隠れていたシロが顔を出した。


 おそらくピンチの俺を風魔法で助けてくれるつもりなのだろう。

 

「シロ。これは俺の訓練の一環だから手を出さないでくれ」


「キュイ!」


 恰好をつけた俺の発言を汲み取ってシロは顔を引っ込めたが、依然として魔法無しでゴブリン達を倒す手立てを思いつかない。


「全身から魔力を放出して、それを圧縮させろ!」


 ゴブリン達との距離が残り百メートルほどに迫ったころ、テセウスがそう叫んだ。


 彼の指示に従い俺は全身から魔力を放出して、それを手の上で圧縮した時と同じ要領で圧縮を試みる。


 手の上だけで圧縮させるのと、全身で行うのとでは段違いの難易度であり、苦戦しているとゴブリン達が到着してしまった。


 先頭を走っていた一匹が、持っている棍棒を俺に向けて振りかぶった。


「クソッ......」


 魔力を圧縮させることに必死になっていた俺は剣での防御が遅れてしまい、反射的に目を閉じながら左腕でゴブリンの棍棒を防いだ。


「......あれ?」


 予想に反して左腕に来ない痛みと衝撃に、俺は違和感を覚えて目を開いた。


 ゴブリンが振り下ろした棍棒は俺の左腕に到達する寸前、圧縮した魔力によって形成された光の壁に阻まれていた。


「それが《魔力障壁》だ。今のお前の状態であれば、同じように《魔力障壁》を使ってこないゴブリンのような低ランクの魔物であれば、攻撃を受けても傷一つ付けられることは無い」


 どうやら俺は《魔力障壁》を習得に成功したようだった。


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