31 冒険者のお姉さん
「そろそろ体力的に酒場を毎日開くことが難しくなってきたんだ。来月からは宿屋と宿泊客用に朝食と夕食を提供する形に営業形態を戻るつもりだよ」
「そうですか......」
酒場はかなり繁盛していたのだが、その分仕込みの量が多く、パブロの負担になっていたのかもしれない。
メアリーさんもパブロさんも、七十近い歳になっているので、そろそろ自身の体調に合わせて営業規模を縮小しようということだろう。
「急な話になってしまって申し訳ないけど、グランの次の就職先探しについてはできる限り協力するつもりだから安心しておくれ」
「ありがとうございます。助かります」
来月から職を失うことになってしまったが、状況は二年前よりかなり良い。まず、就職先を探す猶予が約三週間もある。
《竜の吐息亭》で二年働いていたことで迷宮都市アルバランの中での顔見知りも増え、なによりメアリーさんが後見人となってくれるためかなり職が探しやすくなるはずである。
「で、どんな職に就きたいとかの希望はあるのかい?」
メアリーさんの問いに、俺は即答することができず考えた。
「......そう急かすこともないだろう。考える時間をやるべきだ」
ここまで一言も発さず黙っていたパブロさんが悩む俺を見かねてかメアリーさんを窘めた。
「そうさね......。グランは賢いから、将来的に役人を目指すという手もあるし、魔法に興味があるのなら、魔法学校に通いながら働ける職場を探すのもありさね。悩むようなら私たちも相談に乗るから少し自分で考えてみんさい」
この国では官僚を目指すのであれば難しい採用試験に合格する必要があるため、かなりの勉強量が必要である。ただ、その分官僚の社会的ステータスがとても高く、給金も高い。
また、国策として無料で通うことができる魔法学校が地域ごとに設置されているため、そこで魔法を学習して生かした仕事をするというのが、最近人気の進路となっている。
「ありがとうございます。少し考えます」
魔法学校については自分が既に魔法を使えてしまうため、通う必要を感じないし、そもそも自身が雷魔法の適性を持っていることを知っているため、それを活かそうと思っても戦闘をする職業に就くことになるだろう。
王国脱出の際に何人もの命に手をかけてしまったとはいえ、今でも他人の命を奪うことに抵抗があるため、俺は魔法を活かした職業に就くことをあまり考えないことにした。
◇
翌日、昼の繁忙期が過ぎ、夕方から始まる夜営業に向けて店内を清掃していると、店内に女性がやって来た。
「やあ、グランくん」
「アイリスさん、いらっしゃいませ!」
175センチを超える長身と長い銀髪が目を引くアイリスさんは、この閑散とした時間帯にほぼ毎日やって来る常連客である。
女性ながら十七歳という年齢で最近Aランクの冒険者に昇格したことで、一躍時の人となった彼女は、その抜群のプロポーションと美貌が人気に拍車をかけて迷宮都市において大人気の存在となっていた。
シロが気に入ったのか、彼女は依頼を終えた後、癒しを求め来店するようになったのである。
「いつものセットを頼む」
そう言いながら彼女は代金を俺に渡し、シロが乗っている円卓の椅子に腰をかけ、白い毛並みを撫で始めた。
「わかりました!」
肉串二本とエール、そしてパンのセットをいつも頼むので、パブロに注文を伝え、俺はエールをアイリスさんの元へ運んだ。
「おまたせしました......ってうわ!」
アイリスさんはジョッキが円卓に置かれたことを確認すると、俺の腕を引っ張り強制的に膝の上に座らせた。
シロを愛でることに満足したのか、今度は俺にターゲットを移したらしく、膝に乗せた俺を強く抱きしめた。
俺がまだ幼いためか、警戒心も無く彼女は時折こうした激しめのスキンシップをしてくる。
アイリスさんの優雅な香りに包まれながら、背中に当たる柔らかい感触を堪能していると、彼女が口を開いた。
「元気が無いようだが、何か悩み事でもあるのかい?」
俺の仕草や表情の中から異変を感じ取ったのか、アイリスさんが質問してきた。
酒場が閉店してしまうことも含め、常連客である彼女には事情を話しても良いだろう。
「実は《竜の吐息亭》は酒場の営業を今月末でやめてしまうので、新しく働く場所を探す必要があって、どうしようか悩んでいたんです」
「本当かい⁉だったら私のように冒険者になってみないか⁉」
「うぐっ!!!」
珍しく取り乱した様子で冒険者になることを勧めてきたアイリスさんは、抱きしめていた腕に思いっきり力を入れたため、俺は瞬間的に息ができなくなった。
「っ!すまない!つい力が入ってしまった!」
彼女は謝罪しつつ俺のお腹に回していた腕を話したので、一度彼女から離れて息を整えた。
「いえ、大丈夫です。冒険者ですか......。正直人と戦うことになる職業にはあまり就きたくないんですよね......」
王国ではギルド制が発達しておらず、冒険者という職業そのものが無かったため、実際にどういった仕事をするのか具体的には分からないが、戦闘をする職業であるということは知っている。
「それは冒険者という職業に対する偏見だよ。大半の冒険者は人間との戦闘が生じるような依頼は受けていないぞ。特にこの迷宮都市ではな」
「そうなのですか?てっきり場合によっては人を殺す必要が出てくる仕事ばかりだと思っていたのですが......」
「そういった仕事もあるが、魔物の討伐や迷宮で入手できる素材の調達の依頼も多いからな。この迷宮都市では特に魔物を相手にするような依頼の方が圧倒的に多いんだ」
「なるほど......。対人戦闘を避けて冒険者になることもできるんですね......」
「ああ。実はAランクに昇格した私でも対人の実践経験はあれど、人の命をこの手で奪った経験は無いのだ。そうした依頼は避けてきたからね」
誇らしげに人の命を奪った経験が無いことを語るアイリスさんの姿が、俺には眩しく映った。
「冒険者に登録するだけならお金はかからないし、ギルドに行けばもっと詳細な説明を受けられるから一度行ってみてはどうだい?一人が不安なら私も同行するが......」
「アイリスさんと一緒にギルドに行ったら、ギルド中から注目されて説明が頭に入らないと思うので遠慮しておきます......」
「ふふっ。それもそうだな」
冒険者としての会話はそこで終わったため、アイリスさんは再び俺を膝の上に乗せて、今度は頭をひたすら撫でられたのだった。




