30 就職、そして失職
二人で歩いている途中、老人は一言も発して来なかった。あまり饒舌なタイプではないらしい。
繁華街から外れた場所へ十五分ほど歩いた頃、ブレスを吐いている竜の看板が立掛けてある建物の前に到着した。
老人は俺が建物の外観を観察していることをお構いなしに、その建物に入っていった。
急いで俺も扉をくぐり、建物の中に入ると老婆がカウンターで金勘定をしているのが目に入った。
「帰ったぞ」
老人がそう声をかけると、老婆がギョロリとこちらに視線を向けながら返事をした。
「お帰りなさい。後ろの坊やは誰だい?」
「......助けてもらったから、飯を奢る」
恐らく事情をどう説明するかを考える間を置いた後、面倒になったのか老人はぶっきらぼうに答えた。
「アンタ、そんな説明じゃあ何も分からんよ!......まあいい。助けてもらったなら奥の食堂でメシでも振舞ってやんな!」
その言葉に老人は頷き、おそらく食堂のある奥の部屋へと歩みを進めた。
そのまま流れに身を任せて老人について行くと、十卓の円卓が設置された広い部屋に着いた。
「座って待ってろ」
俺に対して発言したのか分からないほど小さな声で呟いた老人は、そのまま奥の厨房スペースに行ってしまった。
十分ほど待っていると、厨房の方から肉が焼けるいい匂いがこちらまで立ち込めて来た。
ここしばらくまともな食事にありつけていなかった俺の空腹感は、その匂いによって最高潮に達した。
「キュー......」
乗っていた肩から円卓の上に移動したシロも俺と同じように空腹に苦しんだ様子で鳴いた。
二人して首を長くしながら料理を待っていると、トレイと皿を持った老人がやって来て、トレイの方を俺の前に、皿の方をシロの前に置いた。
寡黙な性格とは裏腹に、どうやら気を回してシロの分の食べ物も用意してくれたようである。
「......食え」
「ありがとうございます。いただきます」
「キュイ!」
用意された食事に目をやると、おそらく主食としての硬いパンが二つと、二~三種類の野菜が入ったスープ、そして串に刺さった肉が二本と、七歳児の食事としてはかなりのボリュームがあった。
シロに用意された皿には、おそらく串焼きで使用された肉が食べやすいように小さく切られて焼いたものが乗っていた。
食事を持ってきた老人は俺たちが食べ始めたことを確認すると、厨房に戻って行った。おそらく夜の営業に向けた準備をするのだろう。
久しぶりの暖かい食事に、空腹という極上のスパイスも相まって、俺とシロは一瞬で用意してもらった食事を平らげてしまった。
食べ終わったので厨房に居る老人に声を掛けようかと思ったその時、先ほど入口のカウンターに居た老婆が食堂にやって来て話かけてきた。
「美味かっただろう?ここの酒場で出す焼き串はうちの宿自慢の一品さ」
「はい、とても美味しかったです。お爺さんの料理の腕は確かですね!」
「お爺さんって......まさかあの爺さん、名前も名乗って無かったのかい⁉はぁ、......私はメアリーであの爺さんはパブロって呼んでくれ」
「自分は――グランです。こちらはシロ。ここはお二人で食堂を経営されているのですか?」
自己紹介をしようとしたところ、偽名を使うべきか一瞬悩み、適当な名前が思いつかず愛称を言ってしまった。
「夫婦二人で《竜の吐息亭》という宿屋と、それに併設して酒場をやっているんだ。私は宿屋、パブロは酒場を主に切り盛りしている形でね。まあ酒場の方はしばらく前にウェイターが辞めちまってから宿泊客以外に食事を提供していないがね」
寡黙なパブロさんにワンオペで酒場を回すのが無理であるというのは何となく察せられた。
「で、パブロは助けてもらったって言っていたけれど、何があったんだい?」
俺がチンピラ三人を退けたと言っても素直に信じても貰えそうに無いし、魔法が使える人がバレるとマズイため、適当に脚色して伝えることにした。
「ほら、パブロさんって言葉足らずなところがあるでしょう?町でぶつかった人に難癖を付けられて困っていたところを仲裁したんですよ」
「仲裁ねぇ......。そもそもアンタ、ここいらで見ない顔だけど、どこの家のモンだい?」
このメアリーさんの問いは先ほどの質問とは違い、適当に取り繕ってもボロが出てしまうと判断した俺は、素直に家が無くて行き場所が無いと説明することにした。
「実は両親が病気で亡くなってしまって、村から追い出されてしまったのです。仕事を探しても雇ってくれるところが見つからず、放浪していたところでした」
自分でも驚くほどスムーズに嘘の物語が口から出て来た。
「だったらここの酒場でウェイターとして働いてみたらどうだい?住み込みで食事つき、給金は毎月銀貨二枚ってところかね」
ウェイターが辞めたという話をしていたため内心少し期待していたのだが、まさか本当に仕事を紹介してくれるとは思っていなかった俺は、その話に前のめりになって了承した。
「本当ですか!正直明日泊まるところも、食べる物も無くて困っていたのでぜひ働かせて下さい!」
この日、俺は無職を脱して酒場のウェイターに就職することに成功したのである。
◇
そんな経緯があり、パブロさんとメアリーさんが経営する宿屋兼酒場に就職してから二年、俺は昼と夜の酒場が開いている時間はウェイターとして働きながら、それを覗く時間は宿屋の手伝いをする日々を送っていた。
この二年であまり体が大きくならなかったシロは、マスコットとして客からの人気を集めていて、正直俺よりも宿屋と酒場に貢献している気がする。
生活基盤を確保することに成功した俺は、王国から逃げてきた時からは想像もできなかったほど、平穏な日々を送ることができていた。
だが、得てしてそうした平穏な日々というのは長続きしないものである。
「――――グラン、悪いけど今月いっぱいで酒場を閉じることにしたんだ。」
メアリーさんとパブロさんに呼び出された俺は、そう一方的に宣告され、来月から再び無職になってしまうことが決まったのである。




