29 老人との出会い
王国から帝国に亡命してから二年の歳月が経過した。まだかすかに肌寒さが残る四月の下旬、俺は十歳の誕生日を迎えた。
そんなめでたい日であっても、悲しいことに生きていくための労働という苦行から逃れることはできない。
「おーい!エール三つと串焼き十本頼む!」
客が出て行ったテーブルを片付けていると、遠くから注文の声が聞こえてくる。
「はい!少々お待ちを!」
急いで注文が入ったテーブルに近づき、代金を受け取る。
「銅貨16枚ですね。確認しました」
注文を記録するための紙がそもそも高価な代物であるため、ここでは注文が入る度に先払いをするルールとなっている。
銅貨をポケットに入れた俺は、片付けていたテーブルの元に一度戻り、広がった木製の皿とジョッキをまとめて両手いっぱいに抱え、急いで厨房に向かった。
手に持った食器を洗い場の水に漬け、銅貨を会計用の箱にしまいながら、注文内容を厨房担当の白い無精髭を生やした老人に伝える。
「パブロ、串焼き十本入ったよ」
「分かった」
パブロはこちらに目を向けることも無く、串焼きの面倒を見ながら返事をした。
相変わらず必要以上のことは語らない男である。
俺は注文が入ったエールを樽からジョッキに注ぎ、ながら、この寡黙な男パブロと出会い、『竜の吐息亭』で働くことになった経緯を思い出した。
◇
二年前、シロとともにアインホルン大山脈を越えて帝国に入国した俺は、そのまま西へ進み東部最大の都市と名高い迷宮都市アルバランへ到着した。
わざわざ西に移動したのは、王国との国境からできるだけ離れたいという理由もあったが、一番の原因は当時七歳の俺がこなせる仕事が無かったことである。
新しく都市や村に到着するたび、何か俺にできる仕事が無いか必死に探したが、どこもそんなものは無いと一蹴されてしまい、仕方なくさらに西の村へ流れてきたのである。
迷宮都市アルバランに到着ときには、所持金も手持ちの食料も底をついていた。
すぐに仕事が見つからなければ、いよいよ犯罪に走るか、人里離れた場所に移動して一人で自給自足の生活を送るしかない、という状況であった。
「お前みたいな得体の知れないガキを雇う酔狂なヤツはこの街にはいねぇよ。とっとと出て行け!営業の邪魔だ!」
八百屋の店主になにか仕事は無いかと声をかけたところ、汚物を観るような目を向けられながら言われた。
仕事探しを始めたころは、このような扱いを受けるたびに内心傷ついていたが、何度も繰り返したことで何も感じなくなってしまった。
そもそも、自分のような小汚い子供が仕事を懇願してきたとしても、気味悪がって追い払うのは相手の立場を考えると当然である。
「はぁ、これからどうしよう......」
この一帯の店すべてに追い払われてしまった俺は、別の通りに移動するため人気の少ない細い路地を歩きながらそう呟いた。
「キュイ」
落ち込んでいる俺を気遣ってか、肩に乗っていたシロが鳴き声を上げながら頬を舐めてきた。
「ちょ......シロ!くすぐったいよ!」
肩に乗っていたシロを両手でつかみ、撫でながら前方に目を向けると、なにやら背の低い老人と大柄な三人の若者が何やら不穏な雰囲気を醸し出していた。
関わり合いたくないと思いつつ、道を通り抜けるために近くに寄っていくと、三人の喋り声が聞こえてくる。
「爺さん、怪我したくねえなら有り金全部よこしな」
どうやら若者三人で老人をカツアゲしているようだった。
「......働かずに老人から金を集るような腐った性根の連中に恵んでやる金など、一銭たりとも持ち合わせておらん」
「んだとコラァッ‼」
若い男の一人が、老人が放った言葉に激昂して胸ぐらを掴んだ。
それを横目に、俺は気配を消してゆっくり四人のそばを通り過ぎることを試みる。
「おい、そこのガキ。待てよ」
どうやらチンピラ三人は俺の存在に気付いていたようである。
「お前も持ってるもん全部置いていきな。その肩に乗っけてる獣もだ」
「白いキツネの幼体は珍しいから高値で売れるかもしれねえなぁ」
そう言いながらチンピラの一人が近づいて来て、右手で俺の胸ぐらを掴みながら左手でシロを掴もうとした。
俺は反射的にその男の腕を掴み、男の体内に数百ボルトの電流が駆け抜けるように、掴んだ部分と男の右足を電極として指定して《放電》を発動した。
「何だこの手は?......あばばばばばばば」
約三秒間の放電で男は動かなくなってしまい、倒れた。
俺はその姿を呆然と見つめていた男たちに駆け足で近づき、両手それぞれに《放電》を発動させて二人に触れた。
「「あばばばばばばば」」
近づく俺に反応が遅れた二人は手に触れた瞬間先ほどの男と同様に電流によってダメージを負って倒れた。
「ふう。シロ、怪我は無いか?」
「キュイ!」
肩に乗ったシロの無事を確認した俺は、絡まれていた老人に視線を向ける。
先程までチンピラ三人に絡まれていても顔色一つ変えていなかった老人が、唖然として固まっていた。
おそらくどう見ても十歳に満たない見た目をしている俺が、大柄な若者三人を一瞬で制圧したことに驚いたのだろう。
「爺さんも、怪我はないか?」
「あ......ああ。お陰さまでな。お前さん、随分と強いんだな」
「一人で旅をしているから、多少は腕に覚えがあるだけだよ。怪我してないなら良かった」
そう言って俺はその場から立ち去ろうとするも、老人から呼び止められる。
「待ちな。大した礼はできねぇが、飯くらいは奢ってやる。着いてこい」
所持金も食料もほとんど無い状態の俺は、この申し出を断れるはずも無かった。




