閑話 雷鳴のアレクサンドラ
二月に入ったばかりのまだ雪が降りしきる季節、家族がみな王都に滞在する中、私はサンフォード領に領主代行として一人留まっていた。
領主代行とは言っても、特段恒常的な仕事がある訳ではなく、領内で何か問題が起きた際に当主であるブランディスの代わりに対処するのが主な仕事である。
結局、普段から担当している領兵の訓練が主な仕事で、領主代行は形式的なものであった。
――――その日、私は朝から演習場にて領兵の訓練を指揮して後、自室で紅茶を飲みながら一息ついていた。
唐突に自室のドアを四回ノックする音が聞こえる。
「入っていいわよ」
ノックのリズムと音からして、間違いなく筆頭使用人のセザリオであることが分かった私は、すぐさま入室を許可した。
「奥様。お休みのところ失礼いたします。ブランディス様と共に王都へ向かったトムソンから手紙が届いております」
「トムソンさんから?なにかしら」
差出人が使用人のトムソンであるという点に違和感を覚えつつ、セザリオから手紙を受け取る。
手紙を観察すると、さらに違和感が増した。封蝋にサンフォード家当主を示す蝋印が押してあったのである。
使用人の名義がトムソンが差出人であるにも関わらず、本人用に渡してある蝋印ではなく、当主であるブランディスの蠟印を押しているということは、彼の代理としてトムソンが手紙を書いて送ったということだろうか。
疑問に思いつつも私は手紙の封を開け、読んだ。
「――――何よこれ⁉」
あまりに支離滅裂な内容に、私は思わず叫びながら勢いよく立ち上がった。
トムソンからの手紙は要約すると、ブランディス、私、そして二人の息子――アンドレアスとグランディス――の四名が、王命により内乱罪の容疑で逮捕状が出されている、というものであった。
私以外の三人はすでに逮捕されていて、すぐに処刑されてしまうのが濃厚で、王都に滞在していたライセルとエレオノーラは拘束されて、私をおびき出す餌として利用されるだろうとの記載がある。
――もしトムソンがブランディスの蝋印を使っていなかったら、私はこの手紙に書かれた内容を信じていなかっただろう。
「奥様、いかがなさいましたか?もしやトムソンが何か失礼なことを書いているのですか?」
「......あなたも読んでみれば分かるわ」
セザリオは私から手紙を受け取ると、読み進めていくうちに顔の表情が険しくなっていった。
「こんな事態になっているとは......。信じられません......」
「ええ。正直私も信じ難いけれど、トムソンがブランディスの蝋印を使用できているということは、彼がブランディスの部屋に自由に行き来できている可能性が高いわ。
つまり、この手紙に記載されている通り、ブランディスが拘束されてしまっている可能性も高いということね」
蝋印はブランディスの金庫の中に厳重に保管されているはずであり、隙をみて持ち出すことができるような甘い管理はされていない筈である。
「私も王都に向かうわ。陛下に冤罪であると直訴します」
「奥様、落ち着いてください。まずは何故このような状況になってしまっているのかを考える必要があります」
居ても立っても居られなくなり、王都へ向かおうとする私をセザリオが静止する。
「そうね。こんな状況こそ落ち着いて考えるべきね......」
「この手紙には王命により内乱罪の容疑で逮捕、とあります。もし、今回の一件に陛下が絡んでいるのであれば、仮に奥様が王都に行って冤罪を主張しようとしても、何かを主張する前に捕縛され処刑されてしまう可能性があります」
セザリオが指摘した部分は私も引っかかっていた。陛下が私の存在を疎ましく思っていることは薄々感じていたので十分あり得る話である。
特に最近、帝国が王国と事を構える準備を進めていることから、軍の一部では私の復帰を望む声が多いと聞く。
陛下としてはこれ以上私に国内での名声を得て欲しくないため、このような行動に出たのだろうか?
「陛下の狙いが奥様の排除であると仮定すると、奥様が捕まってしまった時点で生かされていた残りのサンフォード家の人間が、即座に処刑されてしまう可能性が高いです。それだけは避けねばなりません」
「...クソッ!」
思わず昔の口調に戻りながら、私は目の前の机を拳で強打した。
感情的にはすぐにでも王都に向かいたいが、論理的に考えると私が王都に向かうことが現状得策でない、というセザリオの意見が正しいということが分かる。
「奥様、今はとにかく捕まらないように逃げ、時間を稼ぐことで状況が好転することを祈るしかありません」
セザリオの進言に、私は頭を切り替え、自身が捕らえられるという最悪のシナリオを回避するためのプランを考えることにした。
「......サンフォード領に......いえ、王国内に留まるのも危険ね」
「はい。国外に、できれば王国が手を出しにくい国へ一時的に身を置くのが得策だと思います」
一番現実的な選択肢がエルマンガルド帝国だろう。
現在地であるサンフォード領から直線距離であれば一番近くに位置しており、王国との国交が断絶状態であるため、入国さえできれば王国に捕まる心配がない。
帝国に入るためには厳しい環境だと有名な冬のアインホルン大山脈を越える必要があるが、私にとっては大きな問題にならないだろう。
一番の問題は、私が長期間帝国に滞在することと、王国に留まることは危険度でいえばそう大差ないということである。
二十年前に起きた戦争での活躍により、おそらく帝国内の人間からかなりの恨みを買っているため、もし私が国外に亡命したという情報が帝国まで伝わってしまうと、帝国内に留まる危険性は下手したら王国よりも高くなる。
「帝国経由でセンタゴル連邦に逃げるのが一番現実的でしょうか......」
センタゴル連邦共和国は帝国の南西に位置している国で、歴史的に帝国と敵対関係にある。
王国とは相互不可侵条約を結んでいる関係であるものの、同盟国というわけではない上に、地理的に離れているため、私を探すためにわざわざ追手が来るとは考えづらい。
「私も奥様と同意見です。現状では連邦に身を隠すのが得策かと」
「そうと決まればできるだけ早く出発します。セザリオさん、サンフォード家で雇っている使用人たち全員に暇を出して下さい。退職金には色を付けてあげて。
それが終わったら、私の旅の準備を手伝ってくれると助かります」
「......まさか御一人で連邦まで向かうおつもりですか⁉危険です!」
「二十年前は冬のアインホルンで帝国と戦ったのよ?ただ山越えをするくらいなら今でも余裕よ!」
余裕である、というのは強がりであるが、一人で山を越えて帝国に行く程度であれば今の私でも可能である、というのが自身の経験を元にした考えである。
「僭越ながら、このセザリオをお供として連れていただくことはできないでしょうか?私事ではありますが、先代に命を助けられた恩を、このサンフォード家の危機に返したいという気持ちがあるのです」
「セザリオの気持ちは嬉しいけれど、給金は出ないわよ?」
「もとより金銭を目的にサンフォード家に仕えていた訳ではありません」
「......いいでしょう。私は旅の準備をしていますので、使用人たちに通達を出したら私の準備の手伝いを願いします」
「承知いたしました」
返事をして部屋から出ていくセザリオの姿を確認し、私は窓の外、王都の方向へ目を向けた。
「みんな......どうか無事で......」




