閑話 帝国最強の男
「帰ったぞー」
俺は勢いよくパーティーハウスの扉を開き、メンバーに帰還を伝えた。
「あれ?誰もいねぇのか?」
扉が施錠されていなかったため、てっきり誰かパーティーハウスに残っていると思っていた。
室内の暖かさを感じつつ、外套を脱ぎながら玄関から奥へ進み、共同スペースとなっているリビングに設置されたソファーに腰を落ち着けた。
「ったく、誰もいねぇならカギぐらい閉めとけよな」
そう独りごちると、二階から扉を開く音がして、階段を降りてくる足音が聞こえる。
「まったく、こっちは集中して作業しているのだから、少しは気を使って静かにしてくれないかしら?」
階段を降りながら文句を言ってきたのは、俺がリーダーを務めるSランク冒険者パーティー《黄金ノ獅子》のサブリーダーを任せているローラである。
「ローラ、ただいま」
「お帰りなさい、テセウス」
彼女はキッチンへ向かい長期の旅から帰還した俺を労ってか、キンキンに冷えたエールを木製のジョッキに注いで持ってきた。
「おお、昼間からエールとは。良いのか?」
「さすがの私も、長旅で疲れているあなたに今から依頼を受けに行けと言うほど、鬼じゃあ無いわよ」
そう言って彼女は自分で飲むために用意した紅茶に口を付けたのを見て、俺は貰ったエールを煽った。
「で、王国はどんな様子だったの?」
「あまり帝国との戦争に備えているという印象は受けなかったな。王族と貴族が国内の権力を握るために奔走していて、帝国のことに構っている暇はない、というところか」
ローラは予想外であったのか、呆れた表情で俺の提示した情報の真偽の疑ってきた。
「それ、本当?信じられないわ。これだけ帝国側があからさまに王国との戦争に備えた動きをしているのに...」
「当然、王国の中にも帝国の動きを把握してマズいと思っている人間もいるようだがな。いかんせん実権を握っている王と上位貴族が権力闘争に夢中だから救いようがない」
「......近いうちに開戦しそうね。《黄金ノ獅子》としての身の振り方を考えないと。テセウスはどう考えているのかしら?」
しばらく考えた末、ジョッキを大きく傾けて残ったエールを一気に飲み込んでから、ローラの問いに答えた。
「帝国と王国のような大国同士の大規模な戦争は、先の展開が読めないから首を突っ込むつもりは無かったんだがな......。今回は予想以上に帝国優位の戦いになりそうだから、《黄金のノ獅子》としては帝国側で参戦するのも良いかもしれん」
「じゃあ、対人戦闘訓練を増やさないといけないわね......。はぁ、依頼をこなす時間を減らすことになるから、パーティー資金が底をつかないか心配だわ......」
「まあ帝国もすぐに開戦、という雰囲気はまだ無いからそこまで性急に準備を進めなくても大丈夫だろう。予想以上に開戦が早くなって《黄金ノ獅子》の参戦準備ができていなかった場合は、参戦を見送るくらいの気持ちでゆっくり準備しようぜ」
「それもそうね......。で、予定よりも帰還が四日も遅くなったのは何故なのかしら?まさか王国で羽目を外して遊びまわっていた訳ではないわよね?」
「......。」
ローラに図星を突かれてしまい思わず黙り込んでしまう。王都のカジノが楽しくて一週間も遊んでしまったことは彼女にバレていないはずだが、かなり怪しまれているため何かうまい言い訳が必要だ。
「ほら、いざ帝国が王国と事を構えるとなったら、アインホルン大山脈から王都までの間がまるっと戦場になるだろう?
戦場になる場所を事前に視察しておいた方がいいなと思って、護衛依頼を受けながら戻ってきたんだ」
本当のところは小僧に襲撃されたことで、途中から護衛の必要が無くなったおかげで四日の遅れで済んだ。それが無ければ一週間近く遅れていたのは内緒である。
早口で言い訳を述べた俺を怪しんでか、ローラは詳細の説明を求めてきた。
「ふーん。それで?誰の護衛を引き受けたの?」
「あー確かオブライエン伯爵だったかな。帝国側からアインホルン大山脈を越えたすぐ先に領地を持っていたから、帰還のついでに丁度いいと思ったんだ」
「山脈の近くまで護衛したにしては、予定より四日しか遅れてないのは逆に不自然な気がするけれど?」
流石に長年パーティーのサブリーダーを務めているだけあって、メンバーの嘘に対する嗅覚の強さは本物である。
「じ......実は道中雷魔法使いからの奇襲を受けて、依頼主もろとも全員死んでしまってな。殺気を察知して咄嗟に《魔力障壁》を貼っていなかったら俺も危なかった」
「そこまで大規模な魔法をアナタに察知されて潰される前に発動したということは、相手の魔法使いもなかなかの使い手ね」
通常、大規模魔法を使用する際は、魔法陣の描画と詠唱のための長い時間が必要である。相手が並みの使い手の場合、殺気に敏感な俺ならば相手に気づき、すぐ処理できるだろう、というのがローラの見立てである。
「それが聞いて驚け!相手はなんと小さぇガキだったんだよ!ありゃ十歳にも届いてねぇんじゃ無いか?無詠唱で複数の雷魔法を同時に発動させてバンバン打ってきたぜ!」
「それは凄いわね......。いくらアナタでも、無詠唱でマルチキャストが可能な相手は苦戦したのでしょう?」
「いや、どうも相手は無系統魔法の存在を知らなかったみたいでな。《魔力障壁》も《隠蔽》も使っていなかったし、対人魔法戦の知識と経験が無かったから楽勝だったよ。どうも王国は無系統魔法の情報を厳しく規制しているらしい」
「確かに無系統魔法は対人魔法戦闘用の技術と言っても過言ではないから、王国の魔法に関する方針を鑑みると、軍だけで情報を独占している可能性もあるわね。だとしたら、王国との戦争は間違いなく帝国の圧勝になるけれど」
無系統魔法の《魔力障壁》を使用することで魔法に対する防御力が格段に上昇するため、最近帝国では一般兵にもこれを教えている。
兵士全員が《魔力障壁》を貼って遠距離からの魔法を防御できる帝国と、大半の兵士が魔法に対して無防備な王国が戦えば、結果は火を見るよりも明らかである。
「王国もまさか帝国が無系統魔法まで一般に情報公開していると思わなかったんじゃないか?ローラの言った通り、基本的に魔法使いとの対人戦闘で使用する技術ばかりで、戦闘以外の用途が少ないからな」
それに、《魔力障壁》が広まってしまうと魔法攻撃の通りが悪くなって、既存の魔法使いの立場が相対的に下がってしまう。
まさか自分たちの立場を落とすような技術を帝国の魔法使いが公開すると思っていなかったのだろう。
実際は隠していてもいずれは広がる技術であると帝国の魔法使いが判断して、積極的に公開を始めたのである。
「それにしても、その子供も不幸ね。それだけの才能に恵まれながら帝国最強の冒険者であるアナタに遭遇してしまうなんて。もちろん、しっかり対処したのでしょう?」
「......。」
「まさか......見逃したの⁉呆れた。子供とはいえ相手は王国の人間なのでしょう?将来的に強くなった状態で敵対してしまう可能性もあるのよ⁉」
ものすごい剣幕でローラが俺を詰めてくるので、俺は言い訳を始めた。
「いやいや、聞いてくれよ!そいつ、色々あって王国から逃げている状況だったから、多分今頃は俺と同じく帝国に居るハズだぜ。だからそこまで心配する必要は無いはずだ!」
時間をかけて事情を説明すると彼女は分かってくれたのだが、ここまで詰められるのであれば、あのとき小僧を見逃す必要は無かったかもしれない、と俺は後悔した。




