27 護衛の冒険者
その黒髪の男は今まで出会った誰よりも巨大な体躯を持っており、背中に大剣を携えていた。
髪色と同じく黒く光った瞳と目線が合ってしまった俺は、その男が放つ威圧感に当てられてしまい、体が委縮して身動きが取れなくなってしまった。
圧倒される俺に気付いたのか、その男は薄い笑みを浮かべながら、ゆっくりと近づいて来た。
体が思うように動かせないと悟ったため、俺は瞬時に《雷撃》の魔法陣を三つ同時展開し、男へ向けて放った。
《雷砲》での攻撃で生き残っていたことから、この男も王都西門で出会った女と同じように、魔法を防ぐ手段を持っているだろう。
だが、常人であれば雷撃の眩しさに怯むと同時に、迫って来る雷に対して体が反応して足を止め、防御姿勢を取るはずである。
その隙をついて逃げるはずだったのだが、男は俺が想定していた行動とは全く別の動きをした。
一瞬のうちにその場から消え、迫る三つの《雷撃》をすべて避けたのである。
姿を消した場所へ《雷撃》が着弾すると同時に、男は目の前に忽然と現れ、俺の胸ぐらをつかんで上に持ち上げた。
「お前、誰を狙って攻撃した?」
必死に抵抗するも、逃れられないと悟った俺は、男の質問に素直に答えることにした。
「そんなの、フィゲロア男爵に決まっているだろ!」
男はしばらくの間思案した後、掴んでいた手を離した。
「.....痛ってぇ!」
手を離されるとは思っていなかった俺は、受け身を取れずお尻から地面に叩きつけられた。
「フィゲロア男爵ねぇ......。まぁ、まだガキだし、俺を殺しに来た訳じゃないのなら見逃してやるよ」
痛がる俺をよそに、男は俺から距離を取った。
「次に戦場で会ったときは見逃してやらんからな。せいぜい覚悟しておくことだな」
男は背中に背負った大剣の柄を握ると、深くしゃがみ込んだ。
「《飛行》」
そう呟くと同時に、男は大きく跳躍して勢いよく空の彼方まで飛んで行ってしまった。
「嘘だろ......」
風属性の上級魔法に飛行魔法が存在することは知っていたが、制御が困難で使える者がほとんどいないと聞いたことがある。
とてつもない身体能力と風魔法を使う男が見逃してくれたことに安堵しつつも、俺は男の魔法に仰天していた。
特に驚いたのは、《飛行》の魔法陣の存在が確認できなかったことである。
もちろん詠唱をフルに唱えておらず、触媒が大剣に埋め込まれていたことも、今まで対峙したことの無いスタイルであったため、意外性はあった。
だが、自分は無詠唱で魔法を使用することができるし、触媒も杖以外のものに設置することができることを白熱電球の開発過程で学んでいるため、大きな驚きではない。
他方、魔法陣に関してはそれを省略する方法があるなど聞いたことが無い。
魔法陣は魔法の発動のためには必須であるという認識であったため、それ抜きで魔法を使用する方法が今の俺にはさっぱり分からない。
「まだ知らないことだらけだな......」
王都で対峙した女や先ほどの男が使っていた、魔法に対する防御手段といい、今回の魔法陣無しで《飛行》を使用したことなど、まだまだ魔法は奥深いということを思い知らされたのだった。
地面に腰を下ろしたままであった俺は立ち上がり、これからの方針を考えた。
もう日が落ちているため、本来であれば近辺を散策して寝る場所を確保したいところだが、フィゲロア男爵の一団の残骸から少しでも離れたいという気持ちもある。
体力を考慮すると休みたいところだが、サンフォード領も近いため行けるところまでこのまま夜通し歩くことにした。
◇
日が完全に登りきる前にサンフォード領の東端の町、セネシ村に到着した。
いくらこの世界の子供が大人びていると言っても、七歳の子供が一人旅で宿をとることは不自然であると思った俺は、寒さに耐えて村には入らず森の中で野宿することを決断した。
昼まで睡眠を取ってからセネシ村に入り、露店が並んでいるエリアに移動すると、いい匂いがそこかしこから漂ってきた。
しばらく味付けをしていない川魚か干し肉と硬いパンしか口にしていなかったため、その匂いを嗅いだだけで溢れんばかりの唾液が口内に分泌された。
何を食べようかと考えていると、肉串を焼いている屋台が目に入った。
「これ、何の肉ですか?」
露店に近づいた俺は、興味本位でスキンヘッドの店主に何の肉か聞いた。
「なんだぁ?ガキが店の営業の邪魔すんな。早く家に帰って父ちゃん母ちゃんを手伝いな」
どうやら俺が子供ということもあり、店主は俺を客として認識していないようである。
だったら、それはそれでやりようはある。
「母さんにお使いを頼まれたんだ。ほら、これ」
女がくれた鞄には、気が利いたことに二種類の通貨が入っていた。片方が王国内で流通しているもので、もう片方は帝国で使用できるものである。
俺は王国通貨の中から銅貨を四枚取り出し、手のひらに乗せて店主に見せた。
「お使いか!偉いじゃないか!これはエルドリッジ大森林に生息しているイノシシの肉だな。一本銅貨二枚だ」
「なるほど。じゃあ父さんと、母さんと、僕の分の3本ください!銅貨6枚であってますよね?」
「正解だ!褒美に一本サービスしてやる。父さんと母さんには内緒だぞ」
俺が母親のお使いであることを知った店主は急激に態度を軟化させたため、俺は徹底的に子供らしい振る舞いをしたところ、一本サービスしてくれた。
俺は店主に感謝の言葉を述べたあと、購入した肉串を広場に設置された椅子に座って食べながら、同じように食事をする人々の会話に耳を傾けた。
「どうやら新領主はフィゲロア男爵になるらしいぞ。あと数日もすればエルドリッジ大森林を抜けてここに到着するらしい」
「フィゲロア男爵かぁ。どんな方か知らないから不安だ。正直、オブライエン領に合併してもらった方が安心だったよな。いい領主だってよく聞くし、交流も多かったからな」
それを聞いた俺は急いで食料を購入して移動を始めた方がいいと悟った。
フィゲロア男爵がセネシ村に到着する日時が伝わっているのであれば、彼が既に死亡していることが判明して犯人の捜索が始まるまでの時間が、想像していたよりも早いかもしれない。
理想としては、捜索が始まった時にはすでにアインホルン大山脈に足を踏み入れていたいため、少しでも早く移動をするべきである。
先ほど肉串を買った店主のもとを再び訪れた俺は、干し肉などの保存食と水を買い込める店を紹介してもらい、一通りの買い物を済ませてすぐにセネシ村を後にした。




