26 思わぬ好機
王都エルドンから西へ発ってから一週間が経過した。帝国へ亡命するにあたり、俺はまずサンフォード領を目指すことを決め、迷わないように街道沿いの森の中を歩いて移動していた。
王都から西へ向かうとエルドリッジ大森林を抜けてサンフォード領があり、そこからさらに西へ進むとアインホルン大山脈を挟んで帝国が位置している。
西門に居た女から水と食料を貰ったとはいえ、それだけではサンフォード領に到着するまで持たないため、俺は魔法で川魚を狩ることで食料を節約していた。
エルドリッジ大森林は川が凍結せず流れており、簡単に狩ることができる野獣が生息しているため自力で食料を調達することができるが、アインホルン大山脈で同じように水と食料を確保できるか分からない。
そのため、雪が積もった冬山を越える準備をするためにも一度サンフォード領へ向かうことにしたのである。
当面の目的地をサンフォード領に定めたものの、俺はその後の行動を決めかねていた。
というのも、フィゲロア領はサンフォード領のすぐ北に位置しているため、父さんとアンドレ兄さまの仇を討つために到着後すぐ北上する、という選択を取ることもできるからである。
話し相手もおらずただ一人で黙々と森の中を歩くことになるため、俺は今後の方針を自問自答しながら進んでいた。
◇
日も沈んでそろそろ寝る場所の確保を始めようとした頃、少し先に野営をしている一団を発見した。
自分のことを探している一団の可能性に思い当たった俺は、その一団に接触するべきかをしばし逡巡した後、まずは気づかれないように近づいて様子見をすることにした。
草木の擦れる音に注意しながら、足音を忍ばせて一団に近づくと、野営用に広くなっている街道のスペースで焚火を囲んでいるグループを確認したため、俺は会話を盗み聞きすることにした。
「......しても、領主様もうまいことやったよな。王様に取り入って、近隣の伯爵家を潰すだけでなく、その領地を手に入れちまうなんてよぉ」[晃山1.1]
「ああ、サンフォード家といえば大して歴史も無い、格が低い子爵家だったくせに、アレクサンドラ様と結婚したことで伯爵になった成り上がり貴族だろ?調子に乗っていたバチが当たったんだよ」
己の中から湧き上がってくる怒りを必死に抑えこみながら、おそらくフィゲロア男爵に仕えている男たちの会話から少しでも情報を得るために、俺はそのグループの会話を聞き続けた。
「しかし、今回はやけに大所帯での移動だよな。臨時で雇った護衛の数も十人以上要るんだろ?」
「お前知らないのかよ?何でもサンフォード家のガキが脱獄して騎士団を襲撃したんだと。騎士から二十人以上の犠牲者を出した挙句、俺たちが王都を出発した時点ではまだ捕まっていないと来た。さすがの領主様も復讐を警戒して護衛を多めに雇ったらしいぜ」
「そりゃおっかねえな。でも『雷鳴のアレクサンドラ』様の子供とはいえ、まだガキだろ?」
「バカ野郎、魔法を舐めんな。特に雷魔法なんて直撃食らったら人間なんて簡単に消し飛ぶぞ!」
これ以上聞いても自分にとって有用な情報が得られる可能性は低いと感じた俺は、ひとまずそのグループから距離を取り、一団を観察することにした。
野営地から少し離れた場所に置かれた複数の馬車に目をやると、通常貴族が乗るような豪勢なものではなく、平民でも使用するような簡素なものが三台、停まっていた。
おそらく俺からの復讐を恐れ、貴族であると分かるような紋章が入った馬車を使用せず、一見すると商人の一団か何かに誤認してもらうように工夫した結果だろう。
再び一団が野営している場所に目を向けると、天幕が三つあり、入り口で護衛が焚火をしている天幕にフィゲロア男爵が滞在していると予想ができた。
思いがけず目の前に転がって来た復讐の機会に、俺は緊張して拳を強く握りしめた。
男爵が寝ているであろう天幕まで約三十メートル。今すぐ魔法を放ち復讐を果たす衝動に駆られるも、俺は王都の西門で出会った女を思い出した。
あの時は完全に奇襲に成功したと思って放った《雷撃》が見えない壁に弾かれてしまった。
彼女たちは軍の魔法団に所属しているので、俺が知らない魔法の防御手段を持っており、奇襲にも対応できるようにしていたのだろう。
男爵が同じような奇襲対策を持っていないとも限らないので、失敗した際に逃げる準備をしておくべきである。
奇襲が失敗した時に逃げる方法を考えていると、悪魔的な考えが思い浮かんだ。
――――この一団全体に《雷砲》を全力で打ちまくれば、仮に男爵が自身を守る手段を持っていたとしても、護衛を倒すことができるため、俺を追ってくる人が居なくなり、安全なのではないだろうか。
一度思いついてしまったこの案を否定する論理的な材料が見つからず、俺は実行するか迷った。
ふと、先ほどの盗み聞きしたグループの発言を思い出した。フィゲロア男爵に対する怒りが先行して気にかけていなかったが、俺はすでに王都で二十人以上の騎士を殺しているのだ。
今更この一団を皆殺しにしたところで、己が血濡れた殺人者である事実は変わらないのである。
そう考えると、俺は自分が何に対して葛藤しているのか分からなくなった。
自身がこれ以上殺人という罪を重ねて、さらに『穢れた人間』になることを恐れているのか、それとも復讐と関係の無い人間を自分の都合で殺すことをためらっているのか。
おそらく後者だろう。
把握した限り、護衛を含め十五人ほどの人間がこの一団には居るが、例えば今回フィゲロア男爵を取り逃がしたとしよう。
男爵という貴族の地位に居る以上は、誰かしら常に警護が就いているため、次に復讐する機会が得られた時には、もっと多くの人間を殺す必要になるかもしれない。
だとすると、今この場に滞在している人間を鏖殺する事と、将来的にフィゲロア男爵へ復讐を果たすために多くの人間を殺すことになるのは、そこまで違いは無いのではないか?
とんでもなく身勝手な思考であることを自覚しながらも、俺は自身を納得させ、一団全体へ向けて魔法を放つ決断をした。
一団から距離をさらに置いて五十メートルほどの距離まで移動した俺は、《雷砲》の魔法陣を同時に展開できる限界まで描画した。
三十にも届く勢いで展開された魔法陣は二十八個で限界を迎えてしまい、長時間維持することが困難であると判断した俺は躊躇なく魔法を発動した。
耳が壊れてしまうかと錯覚してしまうほどの爆音とともに、世界が真っ白になったと錯覚するほどの光が目の前を走った。
咄嗟に俺は瞼を閉じて両手で耳を覆ったが、それでも魔法を発動したあと、耳と目が正常に機能しなかったため、しばらく身動きが取れなかった。
目が慣れてきたため一団が居た場所を確認すると、天幕を含めそこに存在していたモノ全てが《雷砲》によって跡形も無く消し炭へと変わっており、その部分だけ積雪していた雪が完全に溶けていた。
おそらくフィゲロア男爵も生きていないだろうと判断した俺は、再び罪の無い人を大量に殺してしまった事実から目を背けるように踵を返してこの場から離れようとした。
「――――オイオイ、誰にやられたかと思ったら、まだ小さなガキじゃねえか。こりゃ一本取られた」
自身の魔法で全て消し炭にしたと思っていた方向から男の声が聞こえてきたため、本来であればすぐ走って逃げるべきところを、俺は反射的に振り返ってしまった。




