25 王国軍魔法団の女
西門を陣取っていた三人の魔法使いの中心には、腕を組んだ若い女が堂々と立っており、その両脇には中年の男性が控えていた。
女は、170センチを超える高い身長と、自分の背の高さに届くかと錯覚するほどの長い脚を持つ抜群のプロポーションを備えており、肩まで届く赤い長髪を夜風になびかせていた。
顔を良く観察すると、自信と気の強さを感じさせる表情をしており、ライラが大人になったら、きっとこんな美人さんに成長するだろうな、と思った。
両脇の男二人に目を向けると、一人は190センチほどの長身で、広い肩幅と分厚い胸板、太い二の腕を持っており、魔法使いというより騎士と言われた方が納得する外見をしている。
もう一人の男は対照的に身長が低く小柄で、眼鏡をかけており、表情からは自信の無さがうかがえた。
俺は三人への対処を迷った末、騎士たちと同様、《雷撃》で奇襲することを決断した。
大きな音を出してしまうので、騎士たちに居場所がバレてしまうが、かといって西門以外から王都を出る方法は現状思いつかない。
体力の限界が近い現状で、これ以上時間をかけてもいい案が出ないと思った俺は、《雷撃》の魔法陣を描画して躊躇なく三人へ向けて放った。
音によって騎士たちから追跡されることは確実であるため、魔法を放つと同時に俺は建物の陰から姿を現して西門まで走り始めたが、その足をすぐさま止めることとなった。
放った三つの雷撃が全て見えない壁に弾かれたのである。
「初級魔法とはいえ、三つの魔法の同時発動を歳でやってのけるか......。流石はアレクサンドラ様のご子息。......けれど、まだ知識も経験も足りないね」
そう呟いた女は掌をこちらに向けると、何かを俺に向かって放った。
目視できない何かが迫ってきたことで、危機を感じた俺は左に飛んで避けると、自分が立っていた場所から爆発音が聞こえる。
確認すると、自分が立っていた場所の石畳に大きな陥没が形成されており、避けなければ大きな傷を負っていたということを意味していた。
「ボーっと突っ立てるけど、攻撃してこないのかい?何もしてこないなら、こっちから攻撃してしまうよ?」
女はそう言いながら続けざまに掌から同じ攻撃を連続して繰り出して来た。
「クッソ......」
あまりの素早い連続攻撃に、俺は自身の魔法陣を描画する暇も無く回避することを強要されてしまった。
約十秒間、女の攻撃をギリギリのところで躱し続けた末に、俺の右脇腹を見えない何かが捉えた。
三メートルほど後方に吹っ飛ばされた俺はあまりの痛みに悶絶し、痛がる仕草を取ることもできなかった。
「隊長!いくらなんでもやりすぎです。相手はまだ子供なのですから、手加減しているとはいえ、魔力障壁を張っていない状態で魔弾を食らったら死にかねません!」
女の脇に控えていた長身の男が過剰攻撃であるということを指摘すると同時に、手加減しているということを暗に示した。
「すまん、すまん。グランディス......だったか?つい興が乗ってしまってな。傷付けるつもりは無かったのだ」
そう言いながら女は悶えている俺に近づいて来て、一本の薬瓶を手渡した。当然、攻撃してきた女から渡された薬など飲めるはずもない。
頑なに薬を受け取らないことを不満に思った女は思いがけない行動にでた。
「なんだ?自分で飲む気力も残っていないのか?しょうがない、特別にこの私が飲ませてやろう」
そう言った女は薬瓶の中身を一気に口の中に含んだあと、俺の頭を両手で掴み体ごと持ち上げ、口移しで無理矢理飲ませてきた。
「むぐぅ......」
脇腹の痛みと空腹、そして夜通し逃げ続けたことで蓄積した疲労によって体が言うことを聞かなくなっていた俺は、抵抗することもできず素直に薬を飲み込んでしまった。
女は俺が薬を飲み終えたことを確認すると顔を離し、乱雑に俺を放り投げた。着地の衝撃に再び悶えた俺は、すぐさま立ち上がり女に文句を言った。
「何すんだよ!ってあれ?」
続けようとして、俺は自身の体から痛みが消えていることに気付く。
「お前に飲ませたのは中級ポーションだ。高級品なのだから感謝しろ。それからこれっ」
女が肩掛けの鞄を投げてきたのでそれを反射的にキャッチする。
「数日分の水と食料が入っている。一気に消費せず、大切に使いなさい。少ないけど帝国で使える貨幣も入っているはずだ」
鞄の中を確認すると、女が言った通り水と食料、そして金貨が数枚入っていた。
「早くしないと、貴方が私たちに放った魔法の音を聞きつけて騎士たちがここまでやってくる。質問は色々あると思うが、今は早く王都からでなさい」
女にそう急かされた俺は、素直に従って西門から王都の外へ駆けた。
国王軍の魔法団が俺を見逃してくれたということは、団長を務めているアントネッリ公爵が手を回してくれたということだろうか?
考えても仕方のないことなので、王都からの距離を稼ぐため俺は街道を外れた森の中を必死に走るのだった。
◇
「スカーレット様、彼の逃亡に手を貸して良かったのでしょうか?」
西門から出ていくグランディスを見送りながら、部下のイヴァンが心配そうに私へ質問してきた。
「兄上からの命令だ。そもそも私に判断する余地は無いよ。帝国と戦争になった時、魔法団としてグランディスの逃亡を手助けしたという恩を売っておけば、アレクサンドラ様が軍に復帰して下さる可能性を少しでも上げられるというのが、兄上の魂胆だろう」
「サンフォード伯と嫡子が処刑されてしまった時点で我が国に仕えてもらうことは困難だと思いますが......」
私が指揮する第一部隊の副隊長を務めている男、ヨナタンから指摘が入る。
「結局は状況次第さ。まあ、陛下の一存で二人を処刑してしまった以上、アグナル殿下が王位を継がない限りはアレクサンドラ様に協力してもらうのはほぼ不可能になってしまったけどね」
「それってかなりまずい状況なのでは...?」
普段は国際情勢にあまり興味を示さないイヴァンが思わずツッコミを入れた。
「ああ、正直かなりまずい。二十年前に我が国に負けてから、帝国はさらに国民への魔法教育に力を入れ始めたという噂もある。そもそもアレクサンドラ様の御力があっても勝てないかもしれない」
「そんな......。陛下は、軍の上層部は何か手を打っていないのですか?」
私は首を横に振り、イヴァンの質問に答えた。
「陛下がそうした国際情勢に敏感な方ならば、今回の件のように国内の貴族を粛清することにかまけず、帝国との戦に備えた軍備に注力していただろうな。
兄上は軍の上層部に魔法使いの育成強化を訴えているようだが、効果は薄いようだ」
直接意見を訊いたことは無いが、兄上は王国も帝国に倣って平民への魔法を普及させるべきだと考えているのではないだろうか。
「......それにしても、七歳とは思えないほどの使い手でしたね」
しばしの沈黙の後、暗くなった雰囲気を変えるためか、ヨナタンが話題を転換した。
「ああ、《魔力障壁》を張っていなかったら最初の奇襲で全員やられていたな。あの歳であそこまで魔法を使いこなせるとは末恐ろしい」
「《魔力障壁》や隊長が使っていた《魔弾》と《隠蔽》も、軍学校で習う、一般には知られていない軍用の無系統魔法ですからね......。彼が対応できなかったのも無理はありません」
どれも軍のみに秘匿されている対人用の魔法技術で、軍学校に入らないと教えられない技術である。
戦場では必須の技能であるが、貴族学校に入ったばかりのグランディスが知っているはずがない。
「それにしても、よりによって帝国へ逃げるとは。戦場で敵として再会しないことを願っておこう」
――――何気なく口にしたその言葉が、三年後まさか実現してしまうとはこの時思ってもみなかった。




