22 逃亡計画
「亡命先はディアーナ法国を予定している。王国から距離的にも離れているし、外交的にも王国とのつながりが薄い国だ。ガンター卿は法国に協力してもらうツテがあるみたいだ」
ディアーナ法国は確か女神教を信奉する宗教国家で、距離的には王国からかなり離れた場所に位置しているはずである。
「私の母は法国出身でね。今は司教として父と共に法国で生活しているのだ」
生活基盤が確保できているのであれば、これ以上理想的な亡命先はないだろう。
「では、肝心の脱出手段はどう考えているのでしょうか?」
今回の亡命で一番難易度が高いのが、王都から脱出する部分だろう。
この地下牢から逃げ出すこと自体はそこまで難しくない。現にアグナル殿下はこうして簡単に忍び込むことができている。
ただ、騎士は定期的に地下牢の中を巡回しているため、脱走が分かった瞬間から王都内に厳戒態勢を敷かれてしまい、王都外に出ることが困難になるだろう。
「明日の夜、こちらが用意した者たちにここからの脱出の手助けをさせる」
「ですが、それだと巡回の騎士たちに居なくなっていることがバレてしまうのではないですか?」
「その点については影武者を置いて対応する予定だ」
確かに、夜明けまで俺たちが牢の中にいるということを誤魔化すことができれば、王都を脱出する時間を稼ぐことができる。
だが、影武者を使うプランには問題がある。
「影武者を務める者たちはそのまま処刑されてしまう可能性があるのですよね?それに影武者だとバレてその方たちの処刑を回避しても、今度は影武者を建てた首謀者を探すことになるはずです。
その場合、お二人の立場が危険になるのではないですか?」
痛いところを突かれたのか、俺の指摘にアグナル殿下は苦い表情を浮かべながら答えた。
「グランの指摘した通りだ。影武者には罪人を適当に使うこととなるだろうが、彼らの身に危険が及ぶのも確かだ。
だが、私とガンター卿の立場は気にせずとも良い。私たちもリスクを承知で協力しているのだ」
「何故そこまで協力して下さるのですか?有難いことですが、理由が分かりません」
アグナル殿下が提案したプランは、ただ単に俺たちに同情して手を貸すにしては二人の負うリスクが高すぎる。
「処刑前、アンドレに残された君たちのことを頼まれたのさ。親友の最後の頼みなのだ。多少のリスクは負ってでも君たちを護ってみせる」
「私は軍の魔法団に入団した当初、アレクサンドラ様にお世話になった恩があるのだ」
とうやらアグナル殿下もアントネッリ公爵も個人的な義理を理由に俺たちを手助けしようとしているようである。
だとしたら、彼らを信頼して俺の手の内を晒してでも、もっと良いプランを提示した方がよいだろう。
「影武者を置くよりも、もっと良いプランがあります。自分が魔法を使って脱走し、王都の中で暴れます。
そのどさくさに紛れて兄さまと姉さまを王都の外まで出して下さい。自分は自力で王都外まで逃れるので」
「魔法でかく乱する作戦か......。杖ならこちらで準備して渡せるが、魔法が使えるとしても君一人で王都の外まで逃げるのは不可能ではないか?」
実は触媒が付いた杖が無くても俺は魔法を使用することができるのだが、そこは開示する必要が無いため、俺のもう一つの切り札を二人に教える。
「自分は完全無詠唱で魔法が使えます。《雷撃》や《閃光》であれば魔法陣を描画した瞬間に発動できるため、王都から逃げるのは容易だと思います」
それを聞いたその場に居た全員が驚愕の表情を浮かべた。
「......完全無詠唱か。理論上は可能と聞いたことはあるが、実際に使える者がいるとは。流石はアレクサンドラ様の息子といったところか」
魔法に長けたアントネッリ公爵でも完全無詠唱で魔法を使える者と出会ったことが無いようである。
「だが、問題は逃げるルートだ。法国へ向かう東側の門にグランと他の二人が同時に向かっては、かく乱しているグランと一緒に見つかってしまう可能性が高い」
「自分は法国では無く帝国に亡命しようかと考えています」
「帝国だと!?国境のアインホルン大山脈を自力で超える気か?流石に無茶だ!」
俺の計画にアントネッリ公爵は驚き、反対した。
「......王都からライセル君とエレオノーラさんを脱出させるという観点で言えば、グランが彼らと反対の西側に移動しながらかく乱してもらった方がいいのは確かだ」
アグナル殿下は俺のもう一つの狙いに気付いたのか、帝国への亡命という提案を否定しなかった。
帝国が位置している西側への道のりには、サンフォード領と、それに隣接しているフィゲロア領がある。
アグナル殿下は、帝国へ亡命する道のりで、あわよくばフィゲロア男爵へ復讐できないかという俺の考えを見抜いたのだろう。
「アグナル殿下がそうおっしゃるならば、私も異論ありませんが......。グラン君、帝国への道のりは並大抵のものではないが、覚悟の上で提案しているのかね?」
「もちろんです」
「では、明日の夜、杖を渡すのでグランは魔法を使って王都の中をかく乱しつつ西門の方角へ逃走してくれ。
ライセル君とエレオノーラさんは私たちが用意した者たちで東門の方向に逃げさせ、法国へ向かわせる」
脱出のプランができたため、俺は気になっていたもう一つの事柄をアグナル殿下に質問した。
「アグナル殿下、母さんの行方は把握されているのですか?」
「残念ながら、アレクサンドラ様の居場所は今のところ掴めていない。
君たちが捕まった時にはサンフォード領に居たらしいのだが、王都から送った騎士たちが逮捕するために到着した時には領地から逃げ出した後だったらしい。
聡明な方なので、君たちよりも先にどこかの国へ亡命していてもおかしくない、というのが私の見解だ」
やはり母さんの居場所は現状誰も掴めていないようである。
「つまり、現状では母さんをおびき出す人質として利用されている俺たちが、まずは逃げることだけを考えた方が良い、という状況ですか」
「そうだ。そろそろ巡回の騎士が着てもおかしくない時間だ。グラン、しっかり睡眠をとって明日の夜に備えておくのだ」
「わかりました」
「グラン......」
「アル、短い間だったが、君と白熱電球を開発できて楽しかった。俺が生き残っていればどこかでまた会えるだろう」
「お父様が逃走に協力するのだから、『生き残っていれば』なんて言わず、死ぬ気で生き延びなさいよ!」
「わかったよ、ライラ。君とも、またいつか再会できることを願っている」
別れの挨拶を交わした一行は足音を殺しつつ地下牢から出て行った。
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