20 絶望
アグナル殿下が地下牢を訪れてからの時間の経過が正確に分かる訳ではないが、食事を出されるタイミングと回数から考えると、二日ほど経っただろうか。
食事はおそらく一日二回、朝と夜に硬いパンと具無しの冷めたスープが出されたのみである。
唯一の救いは王城で出された余りものなのか、スープの味付けが良かったこと。
この世界にまともな人権意識などあるはずも無いので、処刑が決まった人間に食事を出すとはあまり思えない。
つまり、食事が出されている現状は、まだ俺の処遇が完全に決まったわけでは無いことを意味している。
足りない食事に腹を空かせながら藁の上で横になっていると、複数の足音と共に金属音が近づいてきた。
騎士が身に着ける金属鎧の音だと気づいた俺は、いつもの騎士が食事を提供しに来たのかと思ったが、複数人ではなく一人で来ていたことを思い出した。
また、自分の体感時間からしても前回の食事から数時間しか経過しておらず、明らかに次の食事を運んできたというには早すぎる。
空腹で貧血気味になりながらも体を起こすと、牢の外に三人の騎士が到着するところであった。
廊下のランプが消えたままなので顔を認識することはできないが、三人とも兜をしておらず、先頭の騎士は手に大きな麻袋を持っていた。
「早く立て!」
後ろに控えていた騎士が牢を開き近寄って来ると、俺の腹を目がけて強烈な蹴りを繰り出しながら命令してきた。
「―――っ」
近づいてきた騎士にいきなり攻撃されると思っていなかった俺は、弛緩していた左の脇腹に対してモロに蹴りを食らってしまい、空気を吐いた。
倒れこみ、脇腹の激痛にのたうち回りながら息ができず苦しんでいる俺の顔面を、その騎士は再び蹴りつけた。
「立てつってんだろうがぁ!お貴族様の坊ちゃんは言葉も理解できないのかなぁ?」
騎士の放った顔面への蹴りによって、意識を失いかけた俺は、身の危険を感じて咄嗟に《雷撃》を発動しようとして、やめた。
ここで騎士たちを攻撃してしまうと、一時的な身の危険は回避できるかもしれないが、サンフォード家の置かれた状況としては悪化してしまうと考えたからである。
「ほらほらぁ~。早く立てよ!」
その騎士は嗜虐嗜好の持ち主なのか、頭を右足で踏みつけながらそう言ってきた。
脇腹と顔面の痛みで言葉も発することもできない俺は、せめてもの抵抗として踏みつけてきた騎士の後ろに控えている二人を睨みつけた。
視線に気づいたのか、麻袋を持って控えてきた騎士がこちらに近づき、俺の頭を踏んでいる騎士を退けた。
「この坊ちゃん、どうやら心が折れて無さそうだ。手っ取り早く現実ってヤツを理解させてやろう。おい、コイツを起こせ」
後ろに控えていたもう一人の騎士が近づいてくると、俺の髪を掴んで引っ張り、強制的に上半身を起こした。
「貴族の坊ちゃんってのは、どうしてこう、どいつもこいつもムカつくくらい綺麗なツラしてしてんだろうなぁ?」
麻袋を右手から左手に持ち替えた騎士が、そう言いながら空いた右腕で俺の顔面を殴打した。
強烈な一撃に痛みよりも脳みそが揺れ、世界が回る、そんな不思議な感覚に陥る。
卒倒している俺を横目に、殴打してきた騎士は麻袋の中から何かを取り出した。
殴られた衝撃と、目に溜まった涙で視界がはっきりしない俺は、辛うじて騎士の取り出したものがスイカ程度の大きさの球体二つであることを把握する。
目を回している俺の顔面に、騎士はその球体二つを押し付けた。
若干の生暖かさを持ったその球体は、ヌメヌメとした液体が付着しており、俺は強い嫌悪感を覚え、目を閉じて顔を球体から避けるように動かした。
他の騎士と一緒に下卑た笑いを地下牢の中に響かせつつ、球体を俺の顔に押し付けた騎士は言った。
「おら、折角久しぶりに家族とご対面できたんだ、嫌がらないでしっかり挨拶しないとお父様からお叱りを受けるぞぅ~」
――――家族?
俺は、全身の血が一瞬で凍ったかの如く体が硬直したと同時に、至る所の毛穴が開き冷や汗が噴出したことを自覚した。
そんなはずはない、アグナル殿下が手を打って時間稼ぎをしてくれているはずだ、と己に言い聞かせる。
「ほら、きちんとおはようの挨拶を二人にしなさい!」
そう言いながら騎士が球体を顔から離したので、俺は恐る恐る目を開いた。
「――――あ......」
俺は頭が真っ白になった。
「あ、じゃないよ!久しぶりに会うお父さまとお兄さまにきちんと挨拶しなきゃ、サンフォード家の名が廃るぞ!......あ、サンフォード家はもう終わりだったわ。
何しろ当主と次期当主が両方とも内乱罪で処刑されちまったんだからなぁ!」
そう言ってゲラゲラと笑う騎士たちを俺は現実感なく見つめる。
そこにもう一人、地下牢の外から騎士がやって来た。
「おい、貴族の坊ちゃんをいじめるのも良いが、そろそろソレを返却に行かなきゃ不味いだろう。
しばらく中央広場に飾っておく予定なんだろう?勝手に持ち出しているのが上にバレたらクビで済むかわからんぞ」
「ちぇ、折角のお楽しみだったのにもう終わりかよ。まあ、コレを観てから絶望して反応も薄くなってきそうだったし、もういいか。おい、離してやれ」
球体を持った騎士はそれを麻袋に戻し、俺の髪を掴んでいる騎士に離すよう指示を出した。
ようやく解放された俺は、硬直していた体から一転して力が完全に抜けてしまい、藁の上に勢いよく倒れこんだ。
「せいぜい残りの短い人生、頑張って長生きするんだな。残りの家族ともご対面できるかもしれんからなぁ」
追加で加わった一人を含めて四人で笑っていた騎士たちは、そう言い残して地下牢から去って行った。
――――騎士が持っていた二つの球体は父さんとアンドレ兄さまの首だった。
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