2 いきなりの挫折
「なんで全く電撃が出ないんだよ......」
サンフォード家の屋敷の裏にある森でそう弱音を吐きながら俺は雑草が生い茂る地面に寝っ転がった。
王都で行われた《天授の儀》からサンフォード領へ戻ってきてすでに2週間が経過しようとしていたが、俺はいまだに小さな電撃を生み出すことができずにいた。
サンフォード領に戻ってきて早速、母さんから直々に雷魔法を教わることができる、ということで当然張り切って練習を始めた。
最初の3日間は自身の魔力を感知してそれをコントロールする練習を行い、母さんから『魔力制御のセンスがあるねぇ......』とお褒めの言葉をもらえるくらいには順調だった。
問題だったのは次のステップとして始めた雷の初級魔法である。
「魔法というのは基本的にその属性に合った触媒、魔法陣、そして詠唱の3つが必要になります。
雷魔法の場合は魔力が宿った金属が触媒として使われる場合が多いわ」
母さんの手には1.5メートルほどの長さの杖が握られており先端には黒く光った拳大の金属がついている。
「触媒がその杖だということはなんとなくわかるのですが、魔法陣とは何でしょうか?」
母さんは肩にかけていた鞄を開き、中から1冊の本を取り出した。
『初級魔法教本:雷』と表紙に記載されているハードカバーの図鑑サイズの本で、厚さが10センチに届きそうである。
母さんは栞を挟んてあったページを開き、俺に見せつつ、魔法陣についての説明を始めた。
「これが初級雷魔法:《雷撃》の魔法陣です。これを自身の魔力で触媒の表面に描くことで魔術が発動します。
魔法陣を正確に描くことができないと、魔法は発動しません。この魔法陣描画の精度とスピードが優れた魔法使いの指標の一つになっています」
羊皮紙に記載されていた《雷撃》の魔法陣自体はそこまで複雑ではなく、二重円に四角形が内接しており、内部には文字と思われる記号が記載されている。
よくよく観察すると、魔法陣は一筆書きで書けるようになっており、教本にはその順番がわかるように番号が振られている。
初級魔法だから簡単だと思っていたが、これはそもそも魔法陣の形を暗記するだけでもかなり時間がかかりそうである。
「この魔法陣の中の文字が意味するところは何でしょうか?」
「これらは古代文字らしいのだけれど、あまり詳しいことは分かっていないの」
それぞれの文字には何かしらの意味があるのだろうか?意味を解明できれば将来的に魔法をアレンジしたりできるかもしれない。
「では、詠唱というのはどういったものでしょうか?」
「詠唱に関しては説明するよりも実際に観てもらった方が早いわね。少し離れていなさい」
俺は母さんから30メートルほど離れた位置まで下がり、母さんはサンフォード家の演習場に事前に打ち込んであった全長2メートルほどのサイズの丸太に正対した。
彼女は一息吐いた後、杖を丸太へ向け、魔力で魔法陣を描きつつ、詠唱を始めた。
『我、天より雷を賜る者なり。轟く者よ 我に困難を打破するための兵仗を与えたまえ。《雷撃》』
詠唱を唱え終わった刹那、杖の先端に描かれた魔法陣は強く発光し、轟音と共に爆風を引き起こした。
眩しさから逃れるため閉じていた目を開くと、目の前には先ほどあった丸太が粉々になっており、散乱した木片から火が立ち上っていた。
「すごい......」
「これが初級雷魔法:《雷撃》よ。雷の魔法は魔力消費も多いし、制御が難しいことが難点だけど、破壊力で言ったら5つの魔法属性の中では圧倒的ね」
自分が使うことになるであろう魔法にカッコいいという感情が芽生えるとともに、俺は軍人になったら戦争でこれを人間に打たなければならない、という事実に恐ろしさを抱いた。
「多分、グランの魔法制御ならゆっくり教本を観ながら魔法陣を描けば《雷撃》なら発動できるやはずだわ。やってみましょう」
母さんから杖を渡されたが想像以上の重さにバランスを崩しそうになりつつ、教本を観ながら魔法陣の構築に入る。
これが想像している以上に難しく、魔力を外部に放出して線の形にするだけでも大変なのだが、それを一筆書きで思い通りの形にするためには大変な集中力が必要である。
3分程度かけ、ようやくそれらしい形の魔法陣を形成できた。
「初めての魔法陣をここまで短時間で形成できるなんて、やっぱりグランは魔力操作のセンスがあるわね。
とは言っても一人前の魔法使いは初級魔法なら3以下秒で魔法陣を描画できるから、もっと魔力の制御は練習しないとだめよ。
さあ、教本に書いてある詠唱を唱えてみなさい」
『我、天より雷を賜る者なり。轟く者よ 我に困難を打破するための兵仗を与えたまえ。《雷撃》――――!』
俺は発動されるであろう《雷撃》の眩しさに備え、唱えた瞬間目を瞑った。
「――――あれ?」
眼を開き前を見ると《雷撃》を放った痕跡はどこにもなく、杖の先端を観ると魔法陣は消失していた。
「発動しなかったわね?おかしいわ」
どうやら母さんにも原因が分からない様子。試しにもう一度魔法陣を描画し、詠唱してみる。
『我、天より雷を賜る者なり。轟く者よ 我に困難を打破するための兵仗を与えたまえ。《雷撃》ッッッ――――!』
今度は目を瞑らず、魔法陣を目視しつつ詠唱した。
「......。なんで」
詠唱を終えた瞬間、魔法陣は消失した―――当然のように《雷撃》は発動しなかった。
その後、日を変えて何度も《雷撃》を発動しようと試みたが、一度も発動させることができず、時間が過ぎ去り今に至る。
母さんも魔法が発動しない原因が思い浮かばないらしく、困惑しており、
「触媒、魔法陣、詠唱、そして実際に魔法が発動された結果を目視した経験。これが魔法の習得に必要だと言われているの。
条件は満たしているはずなのに、なぜグランの魔法は発動しないのかしら?」
と首をかしげていた。
これらの条件を満たしていさえすれば、たとえ初めて使う魔法でも制御できていない状態で発動自体はするとのこと。
母さんは連日知り合いの魔法使いに色々聞いて回っているようだが、成果はほとんど無いらしく、原因は解明できないまま。
1か月後には貴族学校(下級魔法学校とも呼ばれる)への入学が控えており、そこまでに初級魔法が発動できないようになっていないとまずいらしい。
どうも伯爵家のような、触媒も魔術教本も所有している貴族家の子女が入学前に初級魔法が使えるようになっているということは、当然であるという慣例があるらしい。
魔法が使えないやつは落ちこぼれ扱いされ、貴族間で噂になってしまうとこのと。
ただ、自分としては将来出ていく予定のサンフォード家の面子などどうでもよく、魔法が使える世界に転生できたというのに魔法が発動できないという生殺し状態に非常にストレスを抱える日々を送っていた。
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