18 想定外の裏切り
今になって振り返ると、俺は異世界に転生したことに浮かれていたと思う。
白熱電球を開発した時も、うまくいかないかもしれないと不安に思いつつ、心のどこかでは『前世の知識を持っている俺なら余裕だろ』といった驕りがあった気がする。
たぶん、無意識にこの世界は自分を中心として回っている、自分にとって都合良い世界だと思っていた。
こういった致命的な勘違いに気付く瞬間が来るのはいつだって突然で、取り返しのつかないところまで物事が進んでしまった時と相場が決まっている。
◇
白熱電球のお披露目会を無事終えた俺は、残りの長期休暇をサンフォード領で過ごし、新学期が始まる二月に入る前日に兄弟と共に王都エルドンへ戻った。
長期休暇明け最初の授業が始まる前、早めに教室に到着した俺は次に何を開発するかを考えていた。
白熱電球の製品化と量産化は進めるとして、並行して何か試作品を作って次の長期休みまでにまた父さんにお披露目するのが理想である。
社会的なインパクトを考慮すると、やはりモーターを開発するのが無難か、などと考えていると、授業の開始時刻になってセザール先生が教室に入って来た。
「......あれ?」
俺は思わず小さく呟いて教室を見渡すと、アルとディオの姿が無いことに気付いた。
昨日の時点で二人とも寮に来ていなかったため、今日の早朝までに到着すると思っていたのだが、自領から王都までの道のりで何かアクシデントでもあったのだろうか?
授業開始前の時間で二人と次の開発計画について相談しようとやる気を出していた俺は、少し肩透かしを食らった気分となった。
◇
セザール先生が教える魔法理論の授業を聴いていると、廊下から金属音を含んだ大勢の足音が近づいてくるのが分かった。
あまりに大きい音だったため、生徒たちも何事かとざわつき始めてしまい、セザール先生も生徒が集中できないことを察して授業を中断した。
徐々に大きくなっていった足音は教室の前でピタリと止まったかと思うと、勢いよく扉が開いた。
ぞろぞろと教室に入って来たその集団は全員が金属製の全身鎧を着ており、顔もフルフェイスの兜で隠していた。
よくよく観察すると、鎧にはアルカイオス王国の国旗が刻まれており、全員が帯剣している。
「王国騎士団よ。なにかあったのかしら」
右隣に座っていた女子生徒が他の生徒と話す声が聞こえた。
帝国などの敵対する外部勢力に対抗するための組織が軍であり、国内の治安維持を担当しているのが騎士団である。
この二つの組織は完全に独立した別組織として運営されており、両者の仲が悪いことでも有名である。
集団の先頭を歩く騎士がセザール先生の立つ教壇まで近づくと、威圧をするような低い声で教室内に話しかけた。
「グランディス・サンフォードはいるか?」
教室内の視線が一斉に俺に集まった。
俺の所在を質問した騎士は、当然生徒たちの視線が集まっている人間である俺をグランディスだと認識して、セザール先生に確認した。
「彼がグランディス・サンフォードで相違ないか?」
「え、ええ......。彼がグランディスで合っていますが......」
教室の生徒と同じように状況が呑み込めていないセザール先生が戸惑いながら答えると、その騎士は後ろの集団に控えていた騎士を三人引き連れて俺の前までやって来た。
「グランディス・サンフォード。貴様を王国刑法第七十七条、内乱罪の疑いで逮捕する。拘束せよ」
直後、引き連れていた三人の騎士が剣を抜きながら俺の腕をつかみ拘束した。
突然騎士たちが剣を抜いたことに生徒たちは驚き、教室内に悲鳴が鳴り響いた。
何が起きているのか全く理解できない俺は、抵抗することもできなければ、騎士に質問することもできなかった。
「内乱罪とは......何かの間違いでは。グランはまだ七歳の子供ですよ?」
セザール先生が騎士たちに指摘したが、先頭で仕切っていた騎士がこれを一蹴した。
「『グランディス・サンフォードに内乱罪の疑いあり、直ちに逮捕せよ』、とのエイステイン陛下からの勅命である」
エイステイン陛下、つまり国王からの勅命で俺を逮捕するという騎士の発言に、ますます俺は混乱した。
セザール先生もこの騎士の発言に何も言えなくなってしまい、連行される俺を呆然と見送ることとなった。
◇
騎士たちに拘束されて連れていかれたのは、王城の地下牢であった。
この世界の常識はわからないが、通常の罪人であれば一度騎士団が管理する牢に入れると予想できる。
つまり、わざわざ王城の地下牢に入れられたことからも俺を捕まえるのが国王からの勅命であることに間違いなさそうである。
「これに着替えてからさっさと牢に入れ」
騎士学校から三人の騎士に監視・拘束されている状態で地下牢に到着した俺は、貴族学校の制服から渡された白い服に着替えるよう命令された。
受け取った無地の服をよく観察するとシミだらけでボロボロの、まさに罪人に着させるにふさわしいものであった。
騎士に急かされてそれを着た俺は、素直に牢に入った。
年齢が低く、魔法に使える触媒を持っていないということもあってか、手枷や足枷は付けられず騎士たちはそのまま牢に鍵をかけ去って行った。
騎士たちが去ったことで監視されている圧迫感から解放されたからか、体から力が抜け、その場に勢いよく座り込んで地下牢の中を見渡した。
廊下のランプしか光源が無いため地下牢は全体的に薄暗く、対面の牢の中もあまりよく見えない。
牢は一畳ほどの狭い空間であり、ベッドがわりの藁とおそらく排泄用のバケツが置いてあるだけであった。
牢に入る前に廊下から見渡した限りでは、地下牢全体はかなり広く、暗闇で視認できなくなるまで牢屋が続いていた。
排泄用のバケツがあるためか地下牢全体に悪臭が充満しており、人間が健康的に生活できる環境とはとても言い難いだろう。
最悪の空間に身を置きながら、何が起きているのかを自分なりに考察してみるが、情報が少なすぎる。
自分がしたことといえば、白熱電球を開発して普及させようとしたことだが、これが内乱にあたるはずもない。
だとしたら、何らかの勘違いか、もしくは陰謀に巻き込まれているということだろうか?
しばらく考えたが情報が少なく結論が出せないと判断した俺は、一度藁の上に横になり睡眠をとることにした。
◇
地下牢の石段を鳴らす足音で目を覚ました俺は、微睡みの中、上半身を起こして廊下に目をやった。
廊下のランプが切れていたため、近寄ってくるまで相手を認識できなかった俺は、足音の主を把握した瞬間飛び上がって姿勢を正した。
「アグナル殿下!お久しぶりです!」
近づいてきた足音の主は野外研修にて一緒の班になった、第一王子のアグナル殿下だった。
「グラン。このような形で再会することになってしまい非常に残念だ。
いきなり拘束されて状況を把握できていないと思ってな。説明するために来た」
どうやらアグナル殿下は俺に状況を説明するために、こんな糞溜めに足を運んでもらったようである。
「まず大まかな状況を説明すると、サンフォード家当主ブランディス・サンフォード、妻アレクサンドラ・サンフォード、長男アンドレアス・サンフォード、そして三男グランディス・サンフォード、この四名に内乱の疑いがかけられている。
このまま容疑が有罪であると認められてしまうと、サンフォード家全員が処されてしまいかねない非常に危うい状況だ」
アグナル殿下の説明した内容が俺には全く理解できなかった。
俺を含めて四人で内乱を起こそうとした疑い、という部分がまず意味不明である。さらにそれが一家全員処刑されることにつながるということが、自分の中であまりにも理不尽で論理破綻していると感じた。
「アグナル殿下、すみません。全くもって理解ができないのですが、まず内乱とは具体的に何を指しているのでしょうか?」
アグナル殿下は俺の質問に少し考える素振りを見せた。おそらく何から話すのかを考えているのだろう。
「では端的に結論から話そう。サンフォード家はオブライエン家とフィゲロア家から裏切られたのだ」
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