14 森からの脱出
「最短距離を進むことができれば、おそらく二時間もかからずに森の出口まで到着するはずだ。先程も注意したが、焦らず音を立てないようにゆっくり移動しよう」
川岸から森の中に入ってしまう前に、俺は気になっていることをアグナル殿下に質問することにした。
「アグナル殿下、オークの聴力や知能はどの程度なのか分かりますか?知能が高いと足跡などの痕跡を辿られてしまうのかが気がかりで......」
「オークの聴力が特段優れているということは聞いたことが無いな......。おそらく人間と同程度だと思う。
定説だとオークの知能はゴブリンと同程度とされているが、足跡を辿れるかは分からないな......。オークが居る以上、他の知能が高い魔物が跋扈している可能性もゼロとは言い切れないし、なるべく足跡が残らないような場所を狙って歩いていこうか」
日も完全に落ちてしまい、俺たちは視界がはっきりしない中、光も灯さず歩みを進めていく。
松明を作ってもその光でオークたちから発見されてしまうし、中途半端な光源を持っていると暗闇に目が慣れず、遠くにオークが居たとしても発見が遅れてしまう。
十分ほど歩いていると、上空へ向かって火の柱が立ち昇った。
「俺たち生徒が脱出方向を見失わないように、先生方が森の出口で定期的に魔法を打ち上げてくれているんだろう。
もし仮にオークたちに襲われた末、逸れてしまうようなことがあれば、あの火柱を目印に進むんだ」
そうならないことを俺たちは内心願いつつ、周囲と足元に細心の注意を払いながら前に進んだ。
◇
一時間以上進んだだろうか、正確な時間は分からないが定期的に立ち昇る火柱が五分間隔なのであればおそらく一時間二十分経った頃、遠方に焚火の光が目に入った。
おそらく森から出た先で教員が焚火をしているのだろうと察した俺たちは、一安心してお互い笑顔を見せあった。
瞬間的に緊張の糸がほぐれたのか、俺たちは後方からオークの集団が近づいていることに気が付かなかった。
「「ブォォォォォォ―――――」」
オーク達の雄叫びが鳴り響いた瞬間、背後から地震と錯覚するほどの足音を鳴らしながら、一体一体が三メートルに届く巨体を持つオークの集団がこちらに駆けてきた。
「森の出口へ全力で走れっ!!!!」
アグナル殿下の掛け声に俺たちは一斉に走り出した。
森の出口まではおそらく五百メートル以上、オーク達との距離は百メートルを切っていて、追いつかれてしまうと判断した俺は、走りながら《雷撃》の詠唱を始めた。
『我、天より雷を賜る者なり。轟く者よ 我に困難を打破するための兵仗を与えたまえ。《雷撃》っ!』
息を切らしながら俺が放った《雷撃》は、集団の先頭を走っていたオークに直撃し地面へ沈めた。
俺は周りのオーク達が怯んでスピードダウンすることを期待したが、《雷撃》を食らった先頭のオークに目もくれずこちらに向かってくる。
逆に《雷撃》が刺激となって彼らの闘争心に火をつけてしまったのか、集団の速度が上がってしまったようにも錯覚した。
「このままじゃ追いつかれる!みんな、グランに倣って走りながら詠唱して魔法でオーク達の足止めをするんだ!」
アグナル殿下の声を皮切りに、俺以外のメンバーも魔法の詠唱を開始する。
地属性のディオとアルは足止め用の《防壁》を、雷属性のライラは《雷撃》を、火属性のアグナル殿下は火属性下級魔法の《火球》の詠唱を始めた。
俺も二回目の《雷撃》の詠唱をはじめつつ、他のメンバーの様子を確認する。
アグナル殿下は俺たちとは歳が離れていることもあり、走るスピードを合わせてくれている。
ライラは普段から体を動かして訓練していることもあってか、走りながら詠唱をしていても全く息が乱れていない。
俺とアルは息を切れしながらではあるが、まだ詠唱ができる程度には余裕がある。問題なのが最後尾を走っていたディオで、息も絶え絶えの状態で詠唱もうまくできていない。
『我......ッ......大地のッ......力を賜る者なりッッッ......あっ』
ディオの詠唱が途中で止まってしまったことに異変を感じた俺は、振り返って彼の様子を確認すると、木の根に躓いてしまったのか、倒れてしまっていた。
それを見た俺は反射的に立ち止まり、《雷撃》を放って他のメンバーにディオの危機を伝えた。
「ディオが転んだ!!!立ち上がる時間を稼ぐために魔法を放ってくれ!!!」
それを聞いた他のメンバーも一度立ち止まり、アグナル殿下が魔法を放つ順番を指示した。
「俺とライラが《火球》と《雷撃》を放つから、アルは怯んだオーク達とディオの間に《防壁》を頼む!」
アグナル殿下の指示通り、《火球》と《雷撃》がオーク達に命中した直後、《防壁》が発動して高さ三メートルほどの土の壁が地面から出現し始めた。
アルの《防壁》の練度も入学前より上がっているらしく、壁の厚さも二メートルほどあり、オークといえど瞬間的に突破することは不可能であると思われた。
壁が一メートルほどの高さまで完成したその時、一体のオークが跳躍によって壁を乗り越えてきた。
アルが壁を生成した位置はディオが倒れている位置ギリギリであったため、オークはディオのすぐそばに着地することになった。
ディオは完全に腰を抜かした状態となっているため、魔法で応戦することもできず、俺たち四人も魔法を使用した直後で詠唱の準備ができていないため、危機的状況である。
俺は詠唱が間に合わないことを自覚しつつも、杖を構えて魔法陣を描画し始めた。
詠唱を始めようとすると、オークがディオに蹴りを入れるモーションに入ったのを見て、俺は詠唱を中断し半ば諦めた状態で魔法が発動することを内心願った。
――――瞬間、轟音と共に《雷撃》が発動し、ディオを襲っていたオークが土壁に叩きつけられていた。
一体何が起きたのか、俺は理解ができなかったが、土壁を迂回してオーク達がすぐにやってくることを思い出し、ディオに早く起き上がるように伝えた。
「ディオ!早く立ち上がって走れ!!!」
ディオは腰を抜かしていたのか、俺の声に一瞬反応が遅れたものの、立ち上がり俺たちの元へ駆け始めた。
ディオが走り始めた瞬間、オーク達が土壁を破壊して再度こちら目がけて突進してきた。
もうディオを諦めるしかないのか――――メンバーの誰もがそう思った瞬間、猛烈な風が背後からオークの元へ流れた。
立ち上がっているのが精一杯なその暴風の中、俺はオーク達の方に目を向けると、風によってオーク達が小間切れにされていた。
暴風が止むと、森の出口の方向から複数の人がやってきた。
「大丈夫か!?怪我人はいないか!?」
先頭を走っていたのはセザール先生で、俺たちの安否を確認してきた。おそらく先ほどオーク達を蹂躙した風もセザール先生の風魔法だろう。
俺たち生徒を通り抜け、周囲の樹木を一切傷付けずに攻撃対象のオークのみ倒してしまうセザール先生の風魔法は、一種の芸術に思われた。
「セザール先生、怪我があったとしてもかすり傷程度ですので問題ありません。それよりも他のグループの生徒を探して助けてあげて下さい」
セザール先生にはアグナル殿下が対応するようなので、俺はディオの元へ駆け寄った。
「ディオ、大丈夫かい?危なかったね」
俺がディオに声をかけると、彼は感極まったのか俺に抱き着いて泣き始めた。
「ありがとう。君は俺の命の恩人だよ......」
俺は泣きじゃくるディオにどう対応していいか分からず、彼が泣き止むまでひたすら背中を擦ることにした。
王都へ向かう街道での襲撃に続き、今回のオークの襲撃も大きなピンチだったが、俺は何とか生き残ることに成功したのだった。
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