10 計画始動
一番社会的に強いインパクトを与えることができるのはおそらくモーターの開発だろう。
前世の産業革命も蒸気機関の発明に端を発して興ったものであると考えると、産業の自動化に使える動力源は社会に変革をもたらすことができるだろう。
しかしながら、モーターは一番初めに開発する製品としては些かハードルが高い気がする。
構造も比較的複雑だし、そもそも俺自身がモーターの内部構造を完全に理解している訳ではないため、すぐに再現するのは難しいだろう。
では、シンプルな構造かつ社会に十分なインパクトを与えられる電化製品とは一体何だろうか。
俺が真っ先に思い浮かんだのが白熱電球である。この世界では暗闇を照らす道具としては蝋燭や油を使ったランプが主流である。
前世で夜でも明るい生活にも慣れてしまっていた俺にとっては、蝋燭やランプの光量に物足りなさを感じており、不便に思っていた。
「俺はまず電球を試作しようと思う。油の代わりに電気を使うことで光るランプで、油を使うよりもはるかに明るい光源になる」
「常に電気を流して光らせるランプということかい?眩しすぎるし、音もすごいことにならない?」
アルは放電現象を起こし続けて周囲を照らすランプを想像したらしい。
彼の電気に対するイメージが物理現象としての雷や魔法としての《雷撃》に引っ張られているため仕方がない。
「いや、《雷撃》みたいに空気中へ電気を放出する訳ではないんだ。もっと低い出力で電気を物体へ流し続けると、赤熱して光る物質があるんだ。これを利用して安定した光源が作れるはずだよ」
「なるほど。俺たちがイメージしている《雷撃》よりも低い出力で電気を流すことで、壊さず長い時間物体を光らせることができるのか」
アルはまだピンと来ていない様子だったが、ディオは白熱電球の基本原理が理解できたらしい。
「面白そうな計画だね。ぜひ協力させて欲しい」
俺はディオを自分の計画に巻き込むことに成功した。
◇
しばらくアルへ説明を続けたことで、ようやく彼も白熱電球がどういったものか理解できたらしい。
俺は元々アルを計画に巻き込むつもりは無かったが、本人がやる気になってしまったので協力してもらうことにした。
「じゃあ役割の分担をしよう。まず、俺は低出力の電気を安定して長時間、電球へ供給することができる雷魔法が無いかを調べてみる」
この国の雷魔法の運用方法からして、既存の魔法に俺の求める低出力の電気を長時間生み出すようなものが存在するかは怪しいところである。
場合によっては自分で新しい魔法を開発する必要があるかもしれない。
「ディオは銅鉱石の入手と、銅線の製作をお願いしたい。できるだけ純度の高い銅で細い銅線を作れないか試して欲しいんだ。銅を加工する魔法というのも地属性にはあるのかい?」
「うん。中級魔法に金属の形状を変える《金属変形》があって、銅の加工もそれでできるはずだよ。でも、思い通りの形状に加工できるようになるまで、かなりの練習が必要らしいんだ。
だからすぐに銅線を用意するのは難しいかもしれないけど、それでも大丈夫かい?」
「ああ。むしろ該当する雷魔法が存在しない可能性がある分、俺の方が長い時間がかかりそうだから気にしなくて大丈夫。
アルには材料の調達をお願いしたいんだ。二つ調達して欲しいものがあって一つは竹なんだけど、手に入りそうかな?」
この世界でまだ竹林を目にしたことが無かったため、存在するか不安だったがアルの反応から杞憂であることが分かった。
「竹?だったらうちの領地に腐るほど生えていたから送ってもらえば簡単に手に入ると思うよ」
「それは良かった。もう一つ調達してほしいのがガラスなんだ。
これは試作の段階で必ず必要なものでは無いのだけれど、最終的に製品として売る場合は発光させる部分を透明なもので保護する必要がある。
だから、アルには王都で特殊な形状のガラスが加工できる職人を探して欲しい」
具体的な形状は後で羊皮紙に描いて渡せば良いだろう。
「お安い御用さ!いつまでを目安に試作品を完成させる気なんだい?」
確かに試作品の目標を設定した方が良いだろう。三人の中で投げ出してしまう人はいないと信じたいが、人間は基本的に怠惰な生き物なので、期限が無いとずっと試作品の製作が先送りになってしまうかもしれない。
「三カ月くらいでどうだろう。今が9月の頭だから、12月のはじめに試作品を組み立てるのを目標にして取り組んでみよう」
「もし試作品が上手くできたら、長期休暇に父上たちを集めてお披露目会をするというのはどうだい?試作の出来が良くても、普及のために販売するためには資金が必要だろう?
まだガキの俺たちに投資してくれそうなのって親くらいしかいないと思うんだよな」
ディオの提案の通り、白熱電球が上手く開発できたとしても量産のために資金が必要だし、その後の製品開発を行うにも資金が必要だ。
父さんに投資してもらうのも一つの手だし、販路を持っていない俺たちが直接販売するのも難しいのでどこかの商会に試作品を見せて量産と販売の契約を結んでしまうのも良いかもしれない。
「良いアイディアだと思う。じゃあ12月に入って試作品が完成したら、父さん達にそれぞれが事情を連絡して、お披露目会の場所と時間は父さんたちに調整してもらおう」
二人は頷いたあと立ち上がり、食器を片付けて自室に戻っていった。俺は一人で残った夕食の冷めたスープを飲みながら、今後について考える。
ディオにはフォローしながら伝えたが、一番重要で時間かかる可能性が高いのは俺が担当する部分である。
ひとまず既存の雷魔法の中から使える魔法を探すことになるだろうが、見つからなかった場合は非常に面倒なことになる。
その場合、おそらく新しい雷魔法を自分で創る必要が出てくるのだが、そもそも新しい魔法など簡単に作れるものなのだろうか?
どう考えても魔法の初歩を教える貴族学校が教える範囲を逸脱しているため、授業でそのあたりのことを習うのは期待できそうにない。
「考えても結論はでないし、一度王立図書館へ行って雷魔法について調べてみるか」
俺は立ち上がり食器を返却しようとすると、思っていたよりも長時間考えていたらしく、食堂のおばちゃんに怒られてしまった。
◇
食堂から自室に戻った俺は王立図書館へ行くついでに両親に手紙を出すことを思いついた。
王都に着いた日、セザリオが街道で魔物に襲われた件で手紙を送っていたが、自分でも無事に王都へ着いたことと、貴族学校に入学した旨の報告はした方が良いだろう。
ついでに母さんへ白熱電球に必要な雷魔法について心あたりが無いかどうか、質問しておくのも良いかもしれない。
そういえば、忙しくあまり気にする余裕が無かったが、あの魔物たちはどうして街道に近づくことができたのだろう?気になるので手紙で父さんに質問してみよう。
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