#09
三人のお茶会から二週間――。
二人共健康を取り戻しつつあり、現在コーデリアによる詰め込み作業中である。
今日は、マナーや貴族家の家系図、領地の特産品を覚えるという詰め込みではなく、チェンバロの練習日なので教師を招いている。生徒はユリアとロイドとコーデリア。
教師は公爵家が支援している音楽家のひとり、子爵家三男のアラン。
チェンバロはピアノに似ているが、黒鍵と白鍵が逆になっており、全部のパーツが木製で、弦を直接弾いて音を出すので、音の強弱がつけにくい楽器だ。この世界にまだピアノはない。
コーデリアは三歳くらいからこのチェンバロを練習していたので、今では難なく弾ける。今日はユリアとロイドのお手本として練習曲を弾いている。
コーデリアが弾き終わると、アランが大袈裟に褒める。
「コーデリア嬢の演奏は実に素晴らしい!直ぐにでも宮廷楽士になれますよ!」
(リップサービス過剰なんだよね、この人)
次に演奏するのはユリアだ。子供の頃に練習していた事があるらしく、流暢に弾いている。
「素晴らしい!美しいだけでなく、音楽の才能まで素晴らしいとは!きっと美の女神のご加護を授かっておりますね!」
「あの……困ります、その……」
アランがすかさず跪いて、ユリアの手の甲にキスをしていた。
(油断も隙もないな……)
健康を取り戻したユリアは、確かに美しくなった。まだ痩せすぎではあるものの、顔色も良いし、髪も艶々だ。儚げな雰囲気の美女に仕上がっている。
ユリアは元々の素材も良いし、公爵家の美容部侍女部隊が日々磨き上げているのだから当然である。
アランの距離が近すぎるのが気になるところだが、ユリアは些か自己評価が低い。なので成功体験を元にした、褒めて伸ばす作戦をコーデリアは実行中なのである。アランはあからさますぎるくらいに褒めてあげるのに適任なのだ。
ユリアの手をにぎにぎしながら、うっとり見つめているアランの前に、苦虫を噛み潰したような顔をしたロイドが割って入ってきた。
「アラン先生、俺にも指導してくださるんですよね?」
ロイドも剣術や馬術などの訓練を始めており、スポンジが水を吸収するように才能を伸ばしている。まだコーデリアより小さいが、将来が楽しみな美少年まっしぐらである。
「あー……小公子殿?えぇ勿論ですよ……」
ロイドがチェンバロの前に座る。ゆったりとしたテンポの曲を弾き始めた。
(これって――!)
ロイドの指先は、ゆったりとしたテンポから徐々に速いパッセージに移り、華やかなトリルで光を振り撒いているような見事な演奏を披露した。
「すごいわ!ロイド様!きらきら星変奏曲をここまで弾きこなせるなんて!」
コーデリアは演奏が終わると同時に拍手した。
ロイドはニヤリとしながらコーデリアを見た。
「えぇ、モーツァルトは偉大ですね?」
若干コーデリアの笑顔がひきつるものの、前世の事は人前で気軽に話せるものでもない。少し前に詳しく話すと言ったような気もする。
(後でロイドと話し合おう……)
「……ほう、きらきら星変奏曲という曲なのですね。初めて耳にしましたが、とても良い曲ですな」
さすがにあの演奏の後では、ロイドを褒める事にしたようだ。
アランは今年二十六歳くらいだったはずだが、まだ結婚していない。貴族としては遅い方だが、継げる爵位もない事から、音楽で生計を立てるために結婚はしないつもりらしい。
(しかし私は知っている。あちこちに恋人がいることを……全員未亡人だから、後腐れもないのかもしれないけど)
「フム、コーデリアお嬢様も小公子様も、もはや私の指導は必要ないですな。という事で、次回の練習からはユリア様にだけ指導いたしましょう――」
「――その女はまだ未亡人ではないぞ、バベッジ卿」
いつの間にかアイザックががサロンの入り口に立っていた。どこかに出掛けるのか後ろにセバスが控えている。
全員驚いていたが、一番肝を冷やしたのがアランだろう。
アランは慌てて貴族の礼を取り、挨拶する。
「……これは、公爵閣下。お声かけくださるとは望外の喜び、ご健勝で何よりでございます。奥様におかれましては音楽への造詣が深く、私はその手助けができれば、と愚考したまででございます」
「……長生きしたいのなら上手く立ち回る事だ」
それだけ言うと、アイザックはは踵を返して出て行った。
(え?もしかしてお父様、アラン様を牽制しに来たの?醜聞は困るとかそんなとこかもしれないけど、あの何事においても無関心なお父様が?)
コーデリアもアランに釘を刺しておこうとは思っていただけに意外だった。




