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#08

 翌日、コーデリアは自室でセバスからの報告を受ける。


「二人の様子はどう?」

「食事もよく召し上がりましたし、夜もぐっすり眠れたようです。今朝は顔色も良くなっていました」

「医師の見立ては?」

「疲労と栄養失調です。胃腸が弱っているとのことで、消化のいい栄養価の高いものを食べさせて休養させるようにと。お二人共」

「そう、ずいぶんご苦労されたのね」

「……それでお嬢様、ロイド様にはなかったのですが、奥様の背中や足に叩かれたような鬱血痕があったとの事で、そちらも治療しています。鎮痛剤や胃腸薬、湿布などを処方していただきました。医師からは三日後経過観察に伺うとの事でした」

「……どういう経緯があったのか、聞いている?」

「はい、奥様は転んだ、とかぶつかった、と申しておりました。旦那様にも同じ事を報告しましたが、お嬢様が面倒を見るなら、そのようにとだけ」


(呆れた。自分で拾ってきたくせに、私に丸投げなの?……だからゲームではやりたい放題虐めていたのね、コーデリア)


「……思ったより状態が良くないわね。お父様はご結婚なさったのよね?式はともかく御披露目はしないわけにはいかないわ、三ヶ月後の社交シーズンに合わせて王都のタウンハウスで取り行いりましょう。招待客の選別をお願いね。公爵家の結婚だから王族もお呼びしなくてはね。そちらはお父様にご相談できるかしら。お義母様の家庭教師も必要ね。ロイド様の家庭教師も探しておいて。二人の体調を見ながらになるけれど」

「承りました」

「……部屋の改装だけど、公爵婦人の部屋は十年そのままだったんだもの、壁紙などは貼り替えなくてはね。家具も公爵家の品位に沿ったものならご本人の希望も聞いてさしあげて。トイレと浴場とミニキッチンも増設しなくてはね」

「承知いたしました。技師と職人を呼んでおります。明日の午後には来られるそうです。それとお嬢様、お二人がお嬢様にお礼をしたいので、部屋を訪ねたいとの事ですが、如何いたしますか?」

「そうね、いくつか話しておきたい事もあるし、午後のお茶をサロンでご一緒するわ」



***



 コーデリアがサロンに現れると、二人共に立ち上がってお礼と挨拶をした。


(所作はそれなりに出来ているようね。これなら大急ぎで詰め込んで、御披露目に間に合うかもしれない)


 コーデリアもにこやかに挨拶し、二人の向かいのソファーに腰掛けた。


 コーデリアがサーブされた紅茶を口にすると、右斜め前に座ったロイドがチラチラ物言いたげに見てくる。


(昨日の警戒心丸出しの視線ではないけど……)


「あの、お嬢様、質問してもいいですか?」

「ロイド様、私の事はコーデリアとお呼びください。家族になったんですもの。質問もお気軽にどうぞ」

「……では、コーデリア、様」

「様もいらないのですけれど、今は良いですわ。はい、何でしょうか?」


 コーデリアは押し問答になるのも気まずいので、微笑みながら妥協する。一方ロイドは顔を赤くしたり青くしたり、忙しい。いきなり公爵令嬢に家族だなんだ言われても、はいそうですかとはいかないのだろう。


「……蛇口から、水が出ました。お湯も出たし、水洗トイレもありました。お風呂も初めて見ました。公爵家では当たり前なのですか?」


(ああ、迂闊だった。ロイドのもう一つの()()を忘れていた)


 この世界はコーデリアの前世でプレイした乙女ゲームの世界によく似ている。


 乙女ゲームなのだから、中世ヨーロッパ風の世界観あっても、上水道や下水道が整備されていて、衛生観念が前世の日本と同じとかゆるふわでいいのに、そこは頑なに中世ヨーロッパを再現していた。


 つまり飲み水は井戸から汲むし、トイレはチェンバーポットだし、入浴の習慣もない。

 そこだけはなんとか改善したかったコーデリアは、公爵家の権力と財力と人脈をフル活用して、これらの水回りを整備した。

 コーデリアはどう返事するべきか少し悩んだ。


(ここは誤魔化すべきだろうか……?事業はお父様の名前でやっているものの、私が関わっているのは公爵家に住んでいれば、バレる。隠してもいないし……他は中世そのままなのに、公爵家だけ異様に近代的だもの。前世日本人としての記憶があるロイドが疑問に思うのも仕方ない)


 ロイドのもう一つの設定とは、異世界転生した現代日本人だ。ただ、この世界がゲーム世界だと知らないはずだ。


「えぇ、公爵家ではそうですね。……簡単に説明すると、川からポンプで取水して濾過し、次亜塩素酸ナトリウムで消毒した後、タンクに貯水して各水回りにパイプで配水して使用しています。お湯はボイラーで温めています。水質検査もしていますので、安心して飲めますよ?」


 ロイドが息を呑んで食い入るように見つめてくる。「ポンプ……次亜塩素酸……カルキ?」とつぶやいていた。


「今は公爵家でのみ試験運用しています。いずれ領地内の各家庭に配水したい、と考えていますが、規模が大きくなればそれなりに資金が必要ですから、資金の調達が今の課題です」


 嘘です。これは今思い付きました。でもロイドの目がキラキラしているので、そのうち協力してもらおう。


「コーデリア様、もしかして……」

「ロイド様?詳細については後でお話しましょう。お義母様が驚いていらっしゃいますわ」


 ユリアはコーデリアとロイドを交互に見ながら、何の話しか分からず戸惑っているようだった。


(義母にもやってもらう事は山ほどあるのだ。むしろ今日はそっちがメインの話し合いになる)


 コーデリアは、体調が整い次第になる、と前置きした上で、御披露目の事や家庭教師の事、覚えてほしい事などを説明した。


 ユリアが若干怯えているが、そこは頑張ってもらうしかない、と続きを説明する。


「お父様は御披露目をするつもりはないのでしょう。でも、それではお義母様が日陰者と侮られますし、公爵家の沽券にも関わります。貴族社会、舐められたら終わりなのです。有力貴族を主に招待しますが、ほとんど公爵家と関わりのある家なので、当日は微笑んで挨拶するだけで済むはずです」


(しまった。安心させるつもりでなるべく柔らかく話したつもりだったのに、益々縮まってしまった。でも時間もないし、腹を括ってもらわないと)


「……御披露目は夜会になるので、私もロイド様も出席できません。お父様には首に縄を掛けてでも参加させますが、頼りにはなりません(断言)お義母様はきっとお独りで心細いでしょう。でも、お義母様の味方になってくれそうなご婦人を幾人か知っています。その方達とご令息ご令嬢を招待して、御披露目前にお茶会を開きます。顔繋ぎですね。ロイド様にとっても良い経験になりますわ」


 ユリアは青い顔をしながらも「が、頑張ります……」と言った。


「そんなに恐縮しないでくださいませ。公爵家には長い間女主人がいませんでした。今まではそれで何とかなりましたが、私もデビュタントを控えています。いかに公爵家とはいえ、社交を疎かにするわけにもいきませんもの。お義母様がいらしてくれると、私も助かるのですわ。一緒に頑張りましょう!」


 そう言ってコーデリアが立ち上がり、ユリアの両手を握るとユリアも頷いてコーデリアの手を握り返してくれた。若干その手が震えていたが。


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