#10
コーデリアとロイドは庭園を見渡せるガゼボにお茶に来ていた。風も暖かくなり、庭師が丹精籠めて育てた花が美しい。
いつも側に控えている侍女達には、声が聞こえない距離まで離れてもらっている。
「ここでの生活にはもう慣れましたか?」
「えぇ、皆さん良くしてくださるので……」
「……」
「……」
「良い季節になりましたもの、遠乗りに出掛けようかしら、ロイド様は乗馬訓練も上達が早いとか」
「はい、初めて馬に乗りましたが、とても可愛いです」
「……」
「……」
「チェンバロが素晴らしい腕前でしたわ」
「はい、母がピアノ教室の先生だったので、中学までは真面目にやってました」
「……」
「……あっ」
(なんだこれ面接か何かか?なんか居たたまれないんだけど)
「あー……あの、コーデリア様、ロイド様というのを止めてもらえないですか?他の使用人の方達はもう仕方ないかな、と思うのですが、様付けで呼ばれるのに慣れないというか……」
「わかりましたわ、ロイド。では私の事もコーデリアと」
「コ、コーデリア……さん」
「……」
「……」
(そんな泣きそうな顔をしなくても良くない?私、そんなに怖いのかしら)
「そんなに気負わなくても大丈夫よ、前世日本人だと、身分の差とかに実感が持てないのも仕方ないもの。私だって最初から傅かれるのに慣れていたわけではないわ」
「……やはり日本人だったんですね」
「えぇ、どこの誰だかは覚えていないけど、身分差がないとか、民主制度とか多種多様なポップカルチャーとか科学技術が魔法のように発達していたとか、そんな事を覚えているの」
「――そうだったんですね、俺は……」
ロイドの語った前世は概ねコーデリアの知るゲーム内のロイドと違いはなかった。
二十代の会社員で、有能なため使い潰されてボロボロになり、ある朝、電車に飛び込もうとした女子高生を助けようとして、死んでしまった――。
「あの時俺は、自分が飛び込もうとしてたんだと思います。だけど、あの子を見かけて無我夢中で助けなきゃって……結局死んじゃったんですよね。やっぱり死ぬ運命だったのかも」
「あなたは生きたかったはずよ。死にたい人間が、誰かを助けたいなんて思うはずがないわ」
「……そうですね、せっかく生まれ変わったなら、今度こそ後悔はしたくない……」
その時ふとコーデリアが視線を庭に向けると、バスケットを持ったユリアがが心配そうにこちらを見ていた。
見つめているだけで、こちらに近づいては来ない。人払いしているから、侍女に止められているのかも。
コーデリアは手を挙げて侍女を呼び寄せ、ユリアを連れて来てもらった。
「コーデリア様、お邪魔してすみません。ロイドが失礼な事をしていないかと……。何分礼儀作法を学ぶ機会もなかったもので……」
「お義母様、ロイドは立派な紳士ですわ。私達仲良しになりましたの」
そう言うと、お義母様は嬉しそうに微笑んだ。
「お義母様、そのバスケットはどうしましたの?」
「あ、これは、そのぅ……お部屋に素敵なミニキッチンを作っていただいたので、クッキーを焼いてみたのです。料理人の作るような立派なものではありませんが、良かったら召し上がっていただけませんか?ロイドの好物なのです」
バスケットの中には、焼きたてのクッキーがぎっしり詰まっていた。素朴な見た目ながら美味しそうな香りがあたりに漂う。
コーデリアがひとつ摘まんで噛ってみるとサクっとした歯応えの後、しっとりしたバターの甘さが鼻に抜ける。
「お義母様、これすごく美味しいですわ!お店が出せますわ!私が買い占めますわ!」
「ふふ、気に入っていただけて、良かったですわ」
ロイドが手を伸ばしてクッキーを取ろうとしたので、その手をペチンと叩いてバスケットを取り上げる。
「このクッキーは私のなのです。ロイドはいつでも作ってもらえるでしょ」
「え?この量を一人で?いや、材料がなかなか手に入らなくて滅多に作ってもらえないんだけど……」
「ロイドの分は部屋に取り置きしてあるわ。コーデリア様、料理長さんが材料を融通してくださるので、喜んでいつでも作らせていただきますわ」
――高位貴族のご婦人は料理をするものではない、というのがこの世界の常識だけど、慣れない環境でストレスになっていなければいいのだけど。料理はストレス解消にもなるというし、ミニキッチン作って良かった。
二口コンロに流し台、作業台、オーブン。換気もばっちり、もはやミニではないけど。
そうそう、お義母様は公爵婦人の部屋へ。ロイドはその近くの部屋へ移ってもらっている。改装が済んだからね――




