第七話 最後の冬
返ってきた模試の結果を見て、春樹は小さくため息をついた。
教室のあちこちでも、「やばい」「終わった」という声が聞こえる。
三年生の秋は、あちこちから受験という言葉がやってくる。
だんだんと迫ってくる本番に向けて、余裕はなくなってきていた。
でも、携帯を開く回数は変わらない。
新着メールは前より少なくなっていた。
◇
十一月。
少しずつ寒くなってきたころの塾帰り。
コンビニの前でレモンティーを飲みながら、春樹は祐介と話していた。
「最近メール減った?」
「何が」
「いや、美咲ちゃんたちと」
「ちょっと忙しいし」
「そうだよなぁ」
そう言いながら、祐介は携帯をいじりだす。
多分彼女に返しているんだろう。
「でも完全にやめてるとかじゃないんだろ?」
「まぁ」
春樹は曖昧に返した。
祐介が「ふーん」とニヤつく。
「何だよ?」
「別にー」
いつもの調子だった。
前みたいに、毎日何通もやり取りすることは減っていた。
それでも何日か空くと、真尋から『生きてるー?』みたいなメールが来る。
美咲からは、『寒くなってきたね』とか、『風邪引いてない?』とか、そんなメールが届く。
毎日じゃなくても、途切れる感じはしなかった。
◇
十二月。
中学最後の冬。
この冬講習が終われば、あとは受験本番だけだった。
駅前に着くと、白い息がすぐ空へ消えていく。
「寒っ……」
真尋がマフラーに顔を埋めながら言った。
「去年も同じこと言ってた」
「毎年寒いものは寒いの!」
その横で、美咲が呆れたみたいに笑っている。
駅前の景色は去年と変わらない。
コンビニも。待ち合わせ場所も。
改札前の人の流れも。
時間だけが勝手に進んでいた。
◇
講習会三日目。
帰りに四人でコンビニに寄ったあと、駅までの道をゆっくり歩いていた。
「なんかさ」
珍しく、美咲が先に口を開いた。
「こうやって集まるの、最後かもしれないね」
一瞬だけ、空気が止まる。
「いやいや、やめてよそういうの!」
真尋がすぐに言う。
「受験終わったら遊ぶ約束したじゃん!」
「したけど…高校違ったら、やっぱり今までみたいにはいかないでしょ」
美咲はそう言って、少しだけ困ったように笑った。
真尋は何か言い返そうとして、でもうまく言葉が出なかったらしい。
「…まぁ、そりゃそうかもだけど」
珍しく弱い声だった。
春樹も何も言えなかった。
多分みんな、なんとなく気づいていた。
受験が終われば今まで通り、なんて簡単じゃない。
でも、それを口にしたくなかった。
「だからこそ遊ぶんじゃん」
少ししてから、真尋が言った。
「ぜーんぶ終わる前提みたいなの嫌だし!」
その言い方が、なんだか真尋らしかった。
◇
講習最終日の帰り。
授業が終わったあと、駅前の広場で四人並んで座っていた。
受験まで、あと少し。
去年みたいに騒ぐ感じは、少し減っていた。
でも沈黙が気まずいわけでもない。
ただ、みんな少し疲れていた。
「改めてだけどさ、受験終わったら」
真尋がホットココアの缶を両手で持ちながら言う。
「カラオケとか行きたい」
「またその話?」
「だってまだ行ってないし!」
「真尋、歌下手そう」
「は!?うまいし!」
美咲が肩を揺らして笑う。
祐介が「いや怪しいね~」とからかい、真尋が文句を言う。
そんなやり取りを見ながら、春樹は少しだけ安心していた。
受験は怖かった。
高校生になるってことを、まだちゃんと想像できない。
でも終わったあとに、またこうやって笑える気がしていた。
◇
家に帰ると、母親に「勉強しなさいよ」と言われた。
「わかってるよ」
適当に返して、自室へ戻る。
机の上には問題集と、塾でもらった過去問のコピーが積まれている。
春樹はベッドへ座りながら、現実から目を背けたくなって携帯を開いた。
少し前に撮った写メ。
真尋が変な顔をしていて、美咲が笑っていて、祐介が半目になっている。
去年の写真より、みんな自然な顔をしていた。
その中で、自分だけ少し照れくさそうに笑っている。
春樹はしばらくその画面を見てから、携帯を閉じた。
もしかしたら美咲の言う通り、最後だったかもしれない。
でも最後にはしたくないと思った。
参考書を開いても、さっきまでの笑い声がしばらく頭から離れなかった。




