第六話 変わらないまま
春樹たちは中学三年生になった。
三年生、という言葉は思っていたより重かった。
最高学年。
進路希望調査。
受験対策。
廊下ですれ違う先生たちも、やたらと「入試に向けて」と言うようになった。
去年まで遠かったものが、急に目の前まで来ている。
そんな感覚があった。
それでも、毎日は案外いつも通りだった。
◇
部活帰り。
ジャージ姿のまま家へ向かいながら、春樹は携帯を開いた。
少し前に届いていた真尋からのメールを読む。
昨日、夜更かしして授業中に船を漕いでいたこと。
英語の教師に当てられて固まったこと。
隣で美咲に笑われたこと。
そんなことが、絵文字混じりで長々と書かれていた。
最後には、
『もうしんどいんだけど!!!』
と締められている。
春樹は小さく笑いながら返信を打つ。
『残念。まだ始まったばかりです。今からそれで大丈夫か?』
怒った顔と悲しい顔をした絵文字が返ってきた。
◇
夜。
風呂上がりに携帯を開くと、美咲からもメールが届いていた。
真尋が今日の授業中、本当に眠そうだったこと。
先生に当てられたあと、固まったこと。
休憩時間にも、うとうとしてたこと。
そのあと、『春樹くんもちゃんと寝た方がいいよ!』と書いてある。
春樹は少しだけ苦笑した。
真尋からのメールには、自分のことばかり書いてある。
美咲からのメールは、周りを見ていた。
少し考えてから、春樹は返信を打つ。
『美咲もね。真尋にも言っといて』
『うん。でも真尋また夜更かしそう』
その文のあとに、小さく笑う顔文字がついていた。
◇
五月。
ゴールデンウィークに入っても、部活と塾でそこまで暇ではなかった。
ただ、夜になると自然と携帯を開く。
それがいつの間にか当たり前になっていた。
修学旅行の話になったのも、そんな頃だった。
真尋から、『帰還!』というメールが来る。
春樹の学校と同じ、京都と奈良へ行ったらしい。
鹿がどうとか、旅館で先生に怒られたとか、班行動で美咲が地図係をしていたとか。
いつもの調子で長々と書かれていた。
少し遅れて、美咲からもメールが来る。
東大寺が思ったより大きかったこと。
真尋が鹿せんべいを持った瞬間囲まれていたこと。
清水寺で撮った写真がうまく撮れたこと。
最後に、
『日程が同じで、向こうで会えたらよかったね』
と書かれていた。
その一文で、自然と嬉しくなってしまった。
その日眠りにつく前、真尋が鹿に追いかけ回されている姿と、それを見て微笑んでる美咲を想像して、少し笑った。
◇
六月。
サッカー部を引退した。
中学最後の大会、春樹はスタメンでフル出場したが、特に活躍もできず、あっさり初戦で負けた。
試合終了の笛が鳴っても、涙は出なかった。
ただ「これで終わりか」と思った。
家に帰り、荷物を置いていると自分の部屋のポスターが目に入る。
世界のトップリーグで活躍している。憧れの海外選手のポスター。
彼のようになりたいと始めたサッカーだったが、自分にはやるのは向いてなかったな、なんて思ったりもした。
携帯が震える。
美咲からだった。
試合どうだった、と聞かれる。
「負けた」と返す。
少し時間が空いてから届いた返信には、『三年間お疲れ様でした』と書かれていた。
短い文だった。
でも、それを読んだ瞬間、不思議と肩の力が抜けた。
さらにその日の夜、真尋からメールが来る。
『部活おつかれ』という言葉のあとに、
『これで夏から本格的に受験生だねー』
と書いてあった。
最後には、
『まぁこっちもそうなんですけど…』
その一文を見ながら、春樹は少しだけ笑った。
◇
七月。
駅前の景色は去年とほとんど変わっていなかった。
蝉の声。
駅前の広場。
蒸し暑い風。
「春樹ー!祐介ー!」
先に来ていた真尋が大きく手を振る。
その隣で、美咲も小さく手を降っていた。
「久しぶり」
「いや、そんな感じしないな」
「メールしてるからじゃない?」
真尋が言う。
確かにそうだった。
会っていない時間も、完全に離れている感じはしなかった。
講習を受けて。
帰りにコンビニへ寄って。
くだらない話をして。
家に帰ったあと、またメールをする。
去年とやっていることはほとんど同じだった。
でも、隣を歩く距離だけは、去年より自然になっていた。
◇
夏講習の最終日。
駅へ向かう途中、真尋が言った。
「受験終わったらさ、絶対遊ぼうね」
「またその話?」
「大事だから」
真尋は笑う。
「春樹くん、ちゃんと覚えててね」
その横で、美咲も小さく笑った。
「忘れねぇよ」
「ほんとかなぁ」
そんなやり取りをしながら歩く。
祐介は少し前を歩いていて、途中で振り返ると、にやにやしながら言った。
「ほんと変わんねぇなお前ら」
「なにが」
「別にー」
意味深に笑って、また前を向く。
ホームへ向かう階段を上がりながら、春樹はなんとなく思う。
去年の夏も、同じようにここを歩いていた。
多分来年には、もうこういう時間はない。
受験もあるし、もしかしたらメールのやりとりももっと減るかもしれない。
それでも途切れてしまうことはないと思った。
今は、受験が終わったあとのことが楽しみになっていた。




