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春恋サルベージ  作者: 九条タクト


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5/8

第五話 準備


 年が明けて、三学期が始まった。

 冬休みが終わったばかりだというのに、教室の空気はもう来年の受験一色だった。

 黒板の端には「私立入試まであと○日」と書かれていて、休み時間になるたび誰かがため息をつく。

 春樹は窓際の席で頬杖をつきながら、ぼんやり外を眺めていた。

 いつも部活で走っているグラウンドが目に入る。

 サッカー部の練習は相変わらずある。

 しかし、勉学優先のこの学校の部活動はとても緩かった。

 時間も短く、きっちり終わる。休日も昼過ぎには終わることが多い。

 いってみれば、授業が一限追加されただけみたいなものだった。

 そのおかげで、塾も講習会も普通に行けていた。


 放課後。

 部活帰りのまま塾へ向かう途中、駅前の自販機の前で春樹は携帯を開いた。

 新着メール 二件。

 差出人:橘真尋

 差出人:西野美咲

 自然と口元が少しだけ緩む。

『今日の数学やばかった』

 真尋から。

 数分後に届いていた美咲のメールには、

『部活寒そう。風邪引いてない?』

 と書かれていた。

 真尋は、思ったことをそのまま送ってくる。

 美咲は、相手のことを気にして送ってくる。

 同じメールでも、少しずつ違っていた。

      ◇


  いつものようにコンビニに寄り、メールを確認する。

 横ではさっき買ったばかりの菓子パンを食べながら、祐介がにやにやしていた。

「春樹さぁどっちかちゃんとしろよ 」

「なんだよどっちかって」

「真尋ちゃんか美咲ちゃん」

 名前が出て反射的に携帯を閉じる。

「行けってなんだよ」

「え~?俺に言わせんの?」

 意味がわからない。

 そう返そうとして、春樹は少しだけ言葉に詰まった。

 真尋といるのは楽しい。

 美咲とメールしてる時間も嫌いじゃない。

 でも、それを“好き”って言われると、急に全部が違う意味を持ち始める気がした。

「別に二人とも…そんなんじゃねぇよ」

「はいはい」

 祐介は笑いながら、携帯を開く。

「お前も青春しろよ藤沢くん」

「うっざ」

「俺はもうバレンタインが楽しみだぜ」

「そうですか」

 そう言いながら、春樹もまた携帯を開く。

 少し迷ってから、真尋へ返信を打つ。

『数学は元からやばくなかったか?』

 送信。

 すぐに返事が来る。

『うるさい!』そのあとに怒った顔の絵文字。

 春樹は思わず笑った。

 それを見て祐介はまたニヤついていた。

      ◇

 夜。

 風呂上がり、部屋のベッドに寝転びながら春樹はテレビを観ていた。

 クラスで話題になってるバラエティ番組。

 話題に残されないように、毎週なんとなくつけている。

 けれど、今日はいつも以上に内容がほとんど頭に入ってこない。

 多分さっきの祐介のせいだ。


 携帯が震える。すぐに手が伸びた。

『春樹くん、もう志望校決めた?』

 美咲からだった。

『この前会った時に言ってたところだよ。祐介と一緒。美咲も決まった?』

『うん。お互い頑張ろうね』

 短い文章。

 でも、美咲のメールは不思議と落ち着いた。

 しばらくして、また携帯が震える。

 今度は真尋。

 一枚の画像がついていた。

 どこかの遊園地のパンフレット。

『これ美咲にも送ったんだけど、受験終わったらみんなで遊びたい!』

 そのあとに、遊園地の話や映画の話が続く。

 真尋は、いつも“みんな”を真ん中に置いて話す。

 それが真尋らしかった。

 春樹が返信を考えていると、また別の着信。

『今、真尋からメール来た?』

 美咲だった。

 春樹は、この前の慌ててる彼女の姿を思い出して少し笑った。

『来たよ、みんなで遊園地行きたいらしい』

『だよね。真尋っぽいね』

 携帯の画面を見ながら、春樹はなんとなく思う。

 実際に会っている時間は少ない。

 それでも、みんな繋がっている感じは確かにあった。

      ◇

 二月。

 期末テストが近づくにつれて、メールの頻度は少しだけ減っていった。

 代わりに、一通一通が長くなる。

『勉強しても全然頭入らない~!範囲広すぎ!そっちはどう?』

『寒いよ眠いよ~!親からのプレッシャーすごいよ~!』

『部活もちょっとしんどくなってきた。正直逃げたい』

 真尋の弱音。

『春樹くん、ちゃんと寝れてる?』

『こっちは今日でテスト終わったよ。春樹くん、無理しすぎないでね』

 美咲の優しい言葉。

 春樹自身も余裕があるわけじゃなかった。

 けれど、携帯を開けば二人からメールが届いてる。

 塾に行くと、いつもの祐介の惚気話が待っている。

 その”いつもの感じ”が、少しだけ心を落ち着けてくれる。

      ◇

 三月。

 期末テストを乗り越え、三年生を送って、ようやく春講習の日。

 駅前の広場には、先に真尋と美咲が来ていた。

「二人ともおそーい!」

 そう言いながら、真尋は笑っている。

 テストから解放されたからなのか、冬の頃より少しだけ表情が柔らかかった。

 少し遅れて、美咲も笑う。

「ごめんね、ちょっと早すぎた?」

「いや、全然」

 春の風が吹く。

 冬の時より、空気が軽かった。

「前もメールしたけどさ、受験終わったらさ」

 歩きながら真尋が言う。

「ちゃんと遊ぼうよ。みんなで」

「…そうだね」

 美咲が笑う。

「祐介は彼女優先しそうだけど」

「する!」

 後ろにいた祐介が即答した。続けて彼女の話をする。

 向こうは高校生になってもっと美人になったとか、そんなくだらない話。

 三人が笑う。

 その時間が、春樹は好きだった。

 そこに祐介自身も笑って騒がしくなる感じも。

 全部まとめて、好きだった。

  

 でも、楽しい時間はすぐに終わる。

 あっという間に最終日。帰りの時間。

 先に美咲たち側の電車がホームへ入ってくる。

「あ、来た」

「じゃあまたメールするね」

 美咲が小さく手を振る。

「おう」

 真尋も笑いながら手を振った。

「春樹、ちゃんと返信しなよー」

「わかってるって」

「ほんとかな~?」

 電車のドアが閉まる。

 走り出した車両の窓越しに、真尋がまだ何か喋っていた。

 その横で、美咲が笑っている。

 春樹は、電車が見えなくなるまでその姿を見送っていた。

「まーたなんもしなかったな」

 祐介の言葉で我に返る。

「なんもってなんだよ」

 笑っている祐介を小突いた時、自分の顔が火照っているのを感じた。

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