第八話 春へのステップ
二月に入って少したった頃。
私立を受けていた美咲は、一足先に合格が決まっていた。
でも、美咲はそれを大きく話したりはしなかった。
『まだ公立の方が残ってるから』
と、メールには書いてあった。
真尋は、『いや普通にすごいからね!?』と騒いでいたけれど、その横で美咲はいつものように笑って流しているんだろうなと想像できた。
◇
二月十四日の塾帰り。
コンビニの前でピザまんを食べながら、春樹は祐介の話を聞かされていた。
「いやマジで今年多かった」
「はいはい」
「後輩からも来たし」
「盛ってるだろ」
「でも断ったんだぜ?一番重いやつあるからさぁ」
祐介は得意げに鞄を持ち上げる。
「あぁ!彼女の愛が重い!」
「うっざ」
その時、春樹の携帯が震えた。
真尋からメール。
『祐介、今年も彼女さんからもらってる?笑』
春樹は思わず吹き出した。
『今ちょうどそれ聞いてる』
すぐ返事が来る。
『やっぱり笑』
そのあと。
『春樹は?』
少しだけ返事に困る。
『ゼロだよ。姉ちゃんと妹からはもらった』
事実だけを送信。
『まぁ春樹っぽい』と返ってきた。
数分後。
今度は美咲からメール。
『祐介くんすごそうだね』
どうやら真尋が送ったらしい。
『今めちゃくちゃうるさい』
そう返す。
少しして。
『春樹くんは?』
真尋と同じ質問。
春樹は少し笑いながら、『姉と妹からもらっただけ。だからゼロ』と返した。
返ってきたのは、『そっか』という短い文。
でも、そのあと。
『受験終わったら、甘いものとか食べに行けたらいいね』
というメールが続いて届いた。
春樹は少しだけ目を瞬かせる。
多分、深い意味はない。
そう思った。
◇
三月三日。
公立高校の入試当日。
試験会場の空気は、思っていたより静かだった。
問題用紙をめくる音。
シャーペンの音。
遠くの咳払い。
教室にいる全員が緊張しているはずなのに、妙に落ち着いて見える。
最後の教科が終わった瞬間、春樹は小さく息を吐いた。
終わった。
出来た気もするし、全然ダメだった気もする。
もうよくわからなかった。
◇
校舎を出たところで、祐介が「はぁー……」と大げさに空を見上げた。
「終わったな」
「な」
それ以上、あまり言葉は出てこない。
今さら答え合わせする気にもならなかった。
駅へ向かう途中、春樹の携帯が震える。
真尋からだった。
『終わったあああああ!!!!』
本文はそれだけ。春樹は思わず笑う。
『うるせー。こっちも終わったよ』
数分後。
『もう勉強したくない!!』
『それはわかる』
春樹が返信すると、祐介が横から覗き込んできた。
「真尋ちゃん?」
「見るなって」
「元気だなー」
祐介は笑いながら言う。
「でも塾ももう終わり…お前ともお別れか」
「いや受かったら高校一緒だろうが」
「そうだけどさ~」
祐介は少しだけ寂しそうに笑った。
「なんか変な感じだな」
春樹も少しだけわかる気がした。
塾帰りにコンビニの前で駄弁る時間も、もうそんなに残っていない。
◇
その夜、リビングでテレビをみていると美咲からメールが届いた。
『お疲れさま。
こっちは帰りの電車、座った瞬間ちょっと寝ちゃってた』
そのあとに、『やっと終わったね』と続いている。
春樹は少し考えてから返信を打つ。
『結果が怖いよ』
正直な気持ちを送信する。
その返信はすぐには来なかった。
風呂から上がって携帯を開くと、
『そっか。でも春樹くんなら大丈夫な気がするよ!』
と届いていた。
その文を見ながら、春樹はなんとなく安心した。
◇
三月十二日。
合格発表の日。
掲示板の前には人だかりができていた。
春樹は自分の番号を探す。
「あった…!」
見つけた瞬間、大きく息を吐いた。
隣で祐介が「うおっしゃ!」と叫ぶ。
「よかったな」
「マジでな…」
春樹はその場で携帯を開く。
真尋から、『受かってた!!!!!!』とだけ来ていた。
少しして、美咲からメール。
『合格しました。
春樹くんたちはどうだった?』
二人とも合格したことを報告する。
返ってきたのは、『よかった』という短い文だった。
でも、その一言が妙に嬉しかった。
◇
卒業式も終わって、中学最後の春休み。
受験が終わったら遊ぶ。
ずっと言っていた約束を、ようやく果たす日だった。
場所はいつも講習会で訪れていたあの街。
いつもの駅前の広場で、いつもの四人で合流。
受験が終わった解放感もあって、真尋はずっと騒いでいた。
いろんなところへ四人で行った。
最後はあの日言っていたカラオケ。
真尋は「まず私たちが着メロにしてる曲!」と歌い出した。
意外と言ったら失礼かもしれないが、綺麗な歌声だった。
「あら真尋ちゃんお上手」
「だから私うまいって言ったじゃん!」
「曲は良かったな。曲は」
「うざ~!」
祐介がジュースを飲みながら笑っている。
講習会じゃない。
受験もない。
ただ遊ぶためだけに集まっている。
◇
楽しい時間はあっという間に過ぎる。
夕方、駅への帰り道だった。
「悪い、俺ここで抜けるわ」
祐介が携帯を振る。
「彼女?」
「そ。今こっちにいるらしいから行ってくるわ!」
「うわ」
「空気読めよー」
真尋が笑う。
「うっさい。お前らは仲良く帰りなさい」
そう言いながら、祐介は春樹の肩を軽く叩いた。
「じゃ、また高校でな」
「え、ああ」
祐介が去っていく。
残ったのは三人だった。
少しだけ、空気が変わる。
駅までの道を歩きながら、美咲がぽつりと言った。
「なんか変な感じだね」
「何が?」
「講習会じゃないのに会ってるの」
確かにそうだった。
今までは、“講習のために”会っていた。
でも今日は違う。
ただ会いたかったから会っている。
「高校入っても、こうやって遊べるかな」
美咲が言う。
「遊べるだろ」
春樹はなんとなく答えた。
根拠なんてなかったが、その時は本当にそう思っていた。
「…そっか」
美咲は少しだけ安心したみたいに笑った。
その少し前を歩いていた真尋が、急に振り返る。
「ほら二人ともー!置いてくよー!」
「真尋が勝手に先行ってるんだろ」
「春樹遅い!」
春の風が吹く。
真尋の笑い声が響いて、そのあとに美咲の笑う声が重なる。
その時間が、春樹は好きだった。




