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春恋サルベージ  作者: 九条タクト


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2/8

第二話 はじめまして

 夏休みに入って最初の日曜日だった。

 夕方になってからも蝉がうるさい。

 エアコンの効きが悪い自室で、藤沢春樹はベッドに寝転がったまま天井を眺めていた。

 机の上には、塾でもらった合同講習会の案内プリントが置かれている。

『県内合同特別夏期講習』

 赤字でそんなタイトルが書かれていた。

 そこまで興味はなかった。

 来年にはどうせ高校受験にむけてたくさん勉強はする。

 だから今年の夏休みくらい、家でのんびりしていたかった。


「祐介君も行くらしいよ」

 昨晩、母親にそう言われた。

 その後すぐに、祐介本人からもメールが来た。

『お前も行くなら俺も行くわ』

 お前が行くって聞いたんだけど、と返したら、

『一人はだるいから頼む』

 とだけ返ってきた。

 春樹は小さく笑って、ベッドから起き上がる。

 まぁ、数日くらいならいいか。

 そんな軽い気持ちで参加を決めた。

      ◇

 会場になっていたのは地元から三駅くらい先の街。その駅から少し歩いた場所にある専門学校だった。

 夏休み中だからなのか、人の少ない校舎は妙に静かで、廊下には冷房とワックスの匂いが混ざった空気が漂っている。

「なんか普通の学校じゃん」

 受付を済ませながら春樹が言うと、隣の祐介が肩をすくめた。

「専門学校ってもっとこう、すごいとこだと思ってた」

「お前何期待してたんだよ」

「そりゃあ年上のお姉さんの雰囲気だろ」

「バカか」

 そんなやり取りをしながら教室へ向かう。

 教室の中には、すでに何人か中学生が集まっていた。

 知らない場所。知らない顔。

 普段とは違う空気に、少しだけ落ち着かない。

「席、適当でいいらしいぞ」

 祐介が前の方を見ながら言う。

 ホワイトボードには、

『四人一組で着席してください』

 と書かれていた。

「四人?」

「めんど」

「帰る?」

「帰るか」

 もちろん帰るわけもなく、二人で窓際の席に座る。

 しばらくすると、教室のドアが開いた。

「うわ、ギリギリじゃん」

「ごめんって」

 女子二人組だった。

 一人は、少し長めの髪を後ろでまとめた女の子。

 もう一人は、肩までの髪を揺らしながら笑っている。

 春樹たちの前の席が空いていることに気づくと、まとめ髪の方がこちらを見た。

「ここ、いい?」

「あ、うん」

 祐介が先に答える。

 二人は「よかったー」と笑いながら席についた。

 少しだけ甘いシャンプーの匂いがした気がして、春樹はなんとなく視線を逸らす。

「ねぇねぇ、二人って同じ学校?」

 最初に話しかけてきたのは、まとめ髪の方だった。

「いや、塾だけ一緒」

「そっちは?」

「私たちは同じ中学」

 聞けば、二人は春樹たちの地元から電車で一時間ほど離れた場所にある中学らしかった。

 祐介が「遠くない?」と言うと、まとめ髪の子が少し笑う。

「まぁ、せっかく夏休みだしちょっと冒険みたいな?」

 隣の女の子も小さく頷きながら少しだけ笑った。

 気づけば、自然と会話が続いていた。

 まとめ髪の女の子は、人懐っこい。

 けれど、うるさいわけじゃない。

 話題を投げて、ちゃんと相手の返事を待つタイプだった。

「名前なんていうの?」

「藤沢」

「いや下の名前!」

「あー…春樹です」

「私は橘真尋。よろしく」

 そう言って、まとめ髪の女の子が笑う。

 その隣で、もう一人の女の子が少し照れたように頭を下げた。

「あ、私は西野美咲です。よろしくお願いします」

 柔らかい声だった。

 肩まで伸びた髪が、窓から入る風で少し揺れる。

 なんとなく、春樹はその横顔をもう一度見てしまった。

「で、こっちが祐介」

 雑すぎるだろ!と祐介が笑う。

 その瞬間、教室の空気が少しだけ軽くなった気がした。

      ◇

 気づけば、互いに下の名前で呼び合うようになっていた。

 部活の話をしたり、好きな音楽の話をしたり。


 講習会の間は四人でいる時間が多くなっていた。

 昼休みには自販機の前に集まって、帰りは駅まで一緒に歩く。

 講習の内容自体は退屈だったが、一日が終わるのは早かった。


 最初は、美咲のことが気になっていた気がする。

 柔らかく笑うところとか、話す時の声とか。

 なんとなく一緒にいると落ち着いた。

 ただ、気づけば真尋と話している時間の方が多かった。

「春樹って絶対あんま勉強してないでしょ」

「してるわ」

「いや絶対してない」

「なんで決めつけるんだよ」

「顔」

「どんな判断基準だよ」

 そんなやり取りをしている横で、美咲が小さく笑う。

 祐介はいつの間にか他の学校の男子とも話すようになっていて、休憩時間になるとふらっとどこかへ行ってしまうことも多かった。

 そのたびに、自然と春樹たち三人だけが残る。

それが、いつの間にか普通になっていた。


 気づけば講習は最終日だった。

 外は夕方になってもまだ暑い。

 その日も変わらず四人で帰っていた。

 駅が近づいたころ、美咲がふと思い出したように口を開く。

「そういえば、冬休みも講習あるんだよね」

「あー、最後に先生言ってたね」

「二人とも来る?」

 どこか遠慮がちな聞き方だった。

「多分」

「俺も来ると思う」

 祐介が軽く答える。

「じゃあ、また会えるね」

 真尋が嬉しそうに笑った。

 そのあと、何かを思いついたように鞄を開く。

「せっかくだし、連絡先交換しとく?」

「おー、いいじゃん」

 祐介がすぐに反応する。

 四人でガラケーを取り出した。

「アドレスなっが!なんかの名前これ?」

「好きなサッカー選手とチーム」

「サッカー部なところ出たな」

「悪いのか」

 そんなやり取りをしながら、ぎこちなく番号とアドレスを打ち込んでいく。

 ようやく登録が終わった頃、ホームへ電車が滑り込んできた。

「じゃ、また冬!」

 真尋が手を振る。

「連絡、するね」

 美咲も、その隣で小さく手を振っていた。

 ドアが閉まり、電車がゆっくり動き出す。

 窓越しに見える二人の姿が、少しずつ遠ざかっていく。

 春樹は、なんとなくポケットの中の携帯を握った。

 まだ何も始まっていないはずなのに。

 少しだけ、次の冬が待ち遠しかった。

 

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