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春恋サルベージ  作者: 九条タクト


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第一話 帰省

 夕方の新幹線は六月のなんともない日だというのに、思っていたよりも人が多かった。

 窓側の席に座った藤沢春樹藤沢春樹(ふじさわはるき)は、ノートパソコンの画面を閉じ小さく息を吐いた。

 三日後の妹の結婚式のための帰省。

 さすがに実家で仕事ばかりしているわけにもいかないだろう。

 休み明けすぐに稼働できるように少しでも作業しておこうと思ったが、

 結局やろうと思っていた半分も終わっていない。

 ちょっと疲れてるのかも。とまた一つ息を吐いた。


 スマートフォンが震える。

 『先にチビたち襲来』という一文に動画が添付されていた。

 姉の香奈香奈(なな)からだ。

 実家で、はしゃいでいる甥っ子たちと遊んでいる父親の姿が映っていた。

 『このあと迎えに来てくれるらしいから、おじいちゃんを壊さないようにな』

 『春樹おじさんもはやく帰ってきなね。たまには仕事のこと忘れなよ』

 『はいよ~』

 そんなメッセージのやりとりのあと、アプリを閉じようとしたときにすぐ下のトークが目に入った。


 相手は、何度か一緒に仕事をしている取引先の営業担当。

 たしか三つくらい年下の女性だった。


「藤沢さんって今彼女いないんですか?」

 数日前、取引先との打ち上げの帰り際。

 今はいない、と事実だけを苦笑いしながら春樹は答えた。

「それじゃあ、よかったら…今度二人でご飯行きませんか?」

 彼女は少しだけ頬を赤くして、じっと目を見て言ってきた。

「そうですね、機会あれば是非」

 いつものように返した。

 その後、何を考えるでもなしにそのまま連絡先を交換をした。

 就寝前にちらっと確認した際、一件メッセージが届いていた。

 『また予定合う日教えてくださいね!』


 送られてきたメッセージは三日前のままだった。

 特に何の理由もなかったが、その後返信はまだしていない。


 春樹は数秒だけ画面を眺めてから、そっとスマートフォンを伏せた。

 窓の外は、知らない住宅街から見慣れた街へ流れていく。


 実家の最寄り駅に着くころには、外はすっかり暗くなっていた。

 改札を抜けると、ロータリーの端で母親が手を振っている。

「あれ、結局母さんが来たの?」

「孫と戯れて疲れちゃったみたいでね、父さん」

 さっきの動画の”おじいちゃん”をしてる父親を思い出して、老いたもんだなぁと思った。

「元気すぎるからね。あのおチビちゃん達。ささ、じゃ荷物乗せて」

 キャリーケースを載せ、車に乗り込む。

 見慣れた地方都市の夜景が窓の向こうを流れていく。

 ファミレス。コンビニ。少し古びたパチンコ屋。学生の頃から何も変わっていない景色。

 正月にも帰省したばかりだから、それもそうなんだが。

 エアコンの風をぼんやり浴びながら、春樹は小さく欠伸をした。


「仕事大丈夫なの?」

「んー、まぁ。合間合間にやるつもり」

 新幹線ではほとんど何もできなかったので、少しでも進めておきたいと思っていた。

「仕事仕事言ってたら由奈由奈(ゆな)に怒られるわよ」

「もう怒られてる。由奈だけじゃなくて姉ちゃんにも」

 だろうなって表情で母親が笑う。

 少し間を空けてから、何気ない調子で続けた。

「そういえば、あんた彼女とかいないの?」

「またその話?」

 毎回帰省するたびに聞かれているような気もするが、妹が結婚することが決まってからは頻度があがっている。

「だってもう今年でいくつだっけ?気づいたらおじさんだよ」


「まぁ、そのうちね」

 口にした瞬間、自分で少し引っかかった。


 そのうち。

 いつからだろう。そんな言葉ばかり使うようになったのは。


 実家に着くと、リビングのほうから賑やかな声が聞こえてきた。

 そのドアを開けた瞬間、小学生の甥っ子達が勢いよく飛びついてくる。

 さっき動画で見た勢いそのまま。相変わらず元気すぎる。


「おかえり長男」

 姉の香奈が笑いながら顔を出した。

 その隣では、義兄が缶ビールを片手に会釈してくる。


 リビングのテーブルには、結婚式用らしいパンフレットや席次表が広げられている。

「おう…おかえり春樹…」

 向こう側にはさっきのチビたちの襲撃をくらっていた父親が報告通りにへばっていた。


 その横に座っていた、妹の由奈がこちらに目をやる。

 春樹が手に持っていたノートパソコン用のバッグに気づくと、ムッとした。

「あれだけ言ったのに仕事の資料とか開くんでしょ」

「……開くかも」

 ほらねって由奈が呆れたように笑う。

「で、お兄ちゃんは?結婚とかしないの?」

「お前まで言うのかよ」

「新しいお姉ちゃんできるかもなんだし、気になるじゃん」

「まぁ、そのうち」

 そのうち。

 また同じ言葉を使っていた。

 自分でも笑ってしまうくらい、最近そればかりだった。

      ◇

 夕飯を食べ終えたあとも、リビングはしばらく騒がしかった。

 甥っ子たちはテレビゲームではしゃぎ、姉はそれを止めながら笑っている。父親は由奈の結婚式の話になるたびに、なぜか少しだけ嬉しそうだった。

 みんな、ちゃんと前に進んでいる。

 姉は家庭を持って、由奈も結婚する。

 自分だけ置いていかれている、なんて思うほど子どもでもない。

 仕事だってそれなりに順調だし、別に不幸な人生でもない。

 ただ”何か”を始める感覚だけ、ずっと遠ざかったままだった。


「そういえば」

 食器を片付けながら母親が言った。

「部屋、ちょっと片付けといたからね」

「勝手に?」

「捨ててないわよ。箱にまとめただけ」

「まとめたってなにを?」

「ゲーム雑誌とか、古い携帯とか。あと変なCD」

「変なCDってなんだよ……」

 リビングに笑いが起きる。

 春樹は苦笑しながら立ち上がった。

「ちょっと資料整理だけしてくるわ」

「はいはい、仕事人間」

 由奈が呆れたように肩をすくめる。


 二階へ上がり、自室のドアを開ける。

 薄暗い部屋には、昔と変わらない空気が残っていた。

 高校卒業以来、半分物置みたいになっている部屋。

 昔使っていたCDコンポ。積み上がった漫画。ゲームソフトの箱。

 壁には当時好きだったサッカー選手のポスター。

 棚の奥には、学生時代の教科書まで残っている。


 ノートパソコンを机に置き、電源を入れる。

 起動を待つ間、春樹は何となく部屋を見回した。

 すると、さっきまでは気づかなかったがベッド脇にダンボール箱が置かれているのが目に入る。

 油性ペンで、

『春樹 昔の』

 とだけ雑に書かれていた。

「母さんが言ってたのこれか」

 仕事の資料を開く前に、春樹は箱の中を軽く漁った。

 古い携帯ゲーム機。ライブのパンフレット。絡まった充電ケーブル。

 そして、一台のガラケー。

 銀色の折りたたみ式。当時流行ってたキャラクターのストラップつき。

「うわ、懐かし……」

 自然と笑いが漏れる。

 たぶん中学から高校くらいまで使っていたやつだ。

 何となく開いてみる。当然、電源は入らない。

 そういえば昔、写真とか全部これに入れていた気がする。

 春樹は裏蓋を外し、SDカードを取り出した。


 ノートパソコンにカードを差し込む。

 しばらくして、画面に古いフォルダ一覧が表示された。

『2002夏』

『2002冬』

『2003春』

「……律儀かよ、昔の俺」

 思わず苦笑する。

 何気なく『2002夏』を開いた。

 低画質の写真が並ぶ。

 駅前。

 講習会の教室。

 自販機。

 決めポーズをする同級生。

 ピンボケした集合写真。

 今より少しだけ青い空。

 カーソルを動かしていた指が、ふと止まる。


 三人で写った写真だった。

 制服ではない私服姿。

 真ん中で少し照れたように笑っている女の子と、その隣で、どこか楽しそうに笑っているもう一人の女の子。

 そして端っこには、今よりずっと細い自分。

 春樹は、少し後ろで笑っている彼女に目を留めた。

 肩まで伸びた髪。

 柔らかい目元。

 あの頃と変わらない笑い方。

「……真尋」

 口にした瞬間。

 止まっていたはずの季節が、静かに動き出した。


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