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春恋サルベージ  作者: 九条タクト


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3/9

第三話 受信中

 講習会が終わったその日の夜。

 風呂上がりの春樹は、自室のベッドに寝転がりながら携帯を眺めていた。

 窓の外では、まだ蝉が鳴いている。

 昼間よりは少しだけ涼しくなっていたが、夏の空気は夜になっても部屋に残っていた。

 会って話したのはたった数日。

 それなのに、数時間前まで当たり前みたいに聞こえていた真尋の笑い声や、美咲の柔らかい返事が、急に遠くなった気がする。

 その時だった。

 握っていた携帯が短く震える。

 春樹は反射的に体を起こし、画面を見る。


 新着メール 一件。

 差出人:橘真尋

 それだけで、少しだけ心臓が跳ねた。

『今日はおつかれー!

 なんか帰りちょっと寂しかったね笑』

 春樹は小さく息を漏らす。

 続きには、

『美咲も楽しかったって言ってたよー』

 と書かれていた。

 そのあとに、『冬もよろしく!』とも。

 いかにも真尋らしい文章だった。

 春樹は少し悩みながら返信を打つ。

『おつかれ。

 俺もなんか変な感じするわ』

 そこまで打って、一度手を止める。

 変な感じってなんだ。

 少しだけ迷ってから、そのまま送信した。

 すぐに返事が来る。

『でしょ? 変な感じ!

 もう夏終わった感ある笑』

 本当に、まだ八月も始まったばかりなのに。

 春樹は思わず笑ってしまった。

      ◇

 講習会が終わってしばらく経ってからも、やり取りは続いた。

 送り主は大半が真尋からだった。

『部活だるいー。

 今日で先輩たち引退でちょっと寂しい』

『今日めっちゃ暑くない?

 雨のあと嫌になっちゃうよね』

『テストどうだった?美咲が学年一位だよ!すごい!

 私も順位少しだけ上がった』

『席替えで窓側ゲットした。ラッキー!』

 そんな他愛ない内容ばかり。

 気づけば、真尋とのメールの方が長く続くことが増えていた。

 どうでもいい内容なのに、なぜか話は途切れなかった。


 一方、美咲からのメールは真尋ほど多くなかった。

『春樹くん、今日試合どうだった?』

『おすすめしてくれた漫画、おもしろかったよ!』

『この前言ってた映画面白かった?』

 短くて、少し丁寧な文章。

 けれど美咲は、春樹が前に話したことを不思議なくらい覚えていた。

 学校が違うから、昼休みに顔を合わせることもなければ、帰り道が重なることもない。

 だからこそ、夜に届くメールが少しだけ特別だった。


 帰宅したら携帯を開く。

 夕飯を食べたら携帯を開く。

 風呂上がりに携帯を開く。

 そのたび新着メールを確認する。

 自然と指が動き、返信する。

 そんなことがいつの間にか当たり前になっていた。

 たまに祐介やクラスメイトからもメールが届く。

 そういう時、自分が少しだけ別の相手を期待していたことに気づいて、春樹はなんとなく照れくさくなった。 

 電話の方は、お金もかかるし家族の目もあるのでほとんどしなかった。

      ◇

 気づけば、蝉の声は少しずつ減っていて、部活帰りの空も夏の頃より早く暗くなってきた。

 そんなある日、祐介から短いメールが届いた。

『彼女できたぞ!年上!』

 意味がわからず、『は?』と返す。

 翌日の塾帰り。

「お前昨日のマジなの?」

「マジ」

 祐介は得意げに笑った。

「先輩卒業するじゃん? だからダメ元で告ったらOKでさ」

 差し出した携帯の画面には、彼女と思わしき女の子が笑っている。

「美人じゃん。すごくね?」

「だろ?」

 当たり前みたいに言われて、春樹は苦笑する。

「春樹は?」

「なにが」

「いや、美咲ちゃんとか真尋ちゃんとか」

「ねーよ」

「ふーん」

 ニヤニヤしながら見てくる祐介を、春樹は軽く小突いた。

 真尋からメールが来る。

 返す。

 少しして、美咲からメールが来る。

 また返す。

 それだけだった。

      ◇

 十一月の終わり頃だった。

 初めて真尋から電話がかかってきた。

「もしもし?」

『あ、春樹? 聞こえる?』

「聞こえるけど。どうしたの急に?」

『いや、メール打つのめんどくさくなってさ』

 電話越しに笑う声が聞こえる。

 夏の時のままだ。

『確認したくてさ。冬期講習来る?』

「行くって。俺も祐介も」

『ならよかった~』

 少しだけ間が空く。

 向こう側の生活音が、遠くに聞こえた。

『美咲も楽しみにしてるよ』

「そうなの?」

『春樹は?』

「まぁ、普通に楽しみだけど」

 ちょっと照れくさそうにそう答えると、向こうで真尋が笑った。

『あっ、やばい母さん来た!』

 電話の向こうで、真尋が少し慌てた声を出す。

『また携帯ー?って顔してるわ。じゃあ来月ね!』

 メールばかりだったせいか、電話越しの声は少しだけ新鮮だった。

 通話が切れたあともしばらく、春樹は携帯を耳に当てたまま動けなかった。


      ◇

 気づけば秋は終わり、あっという間に冬休みになった。

 冬講習の前日。

 珍しく、美咲からメールが届いた。

『明日、久しぶりだね』

 それだけの短い文章。

 少し迷ってから、『だね。遅れないようになー』と返す。

 数分後。

『気をつけます!春樹くんこそ』

 そのあとに、小さな笑顔の絵文字がついていた。

 夏の時の、美咲の笑顔が浮かぶ。

 明日、また会える。

 そう思うと、しんどいはずの講習会が待ち遠しかった。


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