第十六話 そのうち
四月になって、春樹達は二年生になった。
真尋は部活が前より忙しくなったらしい。
夜遅くに届くメールも増えた。
『疲れた~今帰り〜』
『遅っ大変そうだな』
『顧問変わってからやばい笑』
そんなやり取りをしながら、気づけば電話をすることはなくなっていた。
◇
五月のはじめ。
新聞部でサッカー部の新人戦を取材に行くことになった。
帰宅後、渡された資料に記載されていた会場名を見て、春樹は手を止める。
真尋の学校のすぐ近くだった。
考えるより先にメールを打っていた。
『今度、サッカー部の取材でそっち行く』
返事はすぐに来た。
『ほんと!?』
そのあとすぐ、
『時間教えて!見つけたら声かける笑』
と追加で送られてくる。
春樹は、なんとなく笑った。
◇
試合当日。
グラウンドの周りには、試合を見に来た生徒や保護者が集まっていた。
春樹や新入生は写真を撮っている先輩たちの横で、気づいたことをノートに書き込んでいた。
「藤沢~。後半はカメラ係よろしくな」
「はい」
さっきまで使っていたノートを後輩に渡し、先輩からデジカメを受け取った。
そんなやり取りをしていた時だった。
「……春樹!」
聞き慣れた声がして、春樹は振り返る。
フェンスの向こうに、真尋が立っていた。
「おー、彼女か?」
隣で先輩が笑う。
「いや……まぁ」
「いいよ、行ってきな。まだ時間あるから」
春樹は「すいません」と頭を下げて、フェンスの方へ向かった。
「急に呼ぶなよ。びっくりしたわ」
「見つけたら声かけるって言ったじゃん」
近くで見ると、真尋は息を切らしていた。
「ん?走ってきた?」
「ちょっとだけね」
「別に急がなくても」
「急ぐよ。時間ないもん」
真尋は笑った。
その笑顔を見るのは、三月以来だった。
「なんか久しぶりだな」
「二か月ぶりだよ?」
「そんな経つ?」
「経つよー」
真尋は呆れたみたいに笑う。
「春樹、時間感覚おかしい」
「そうか?」
「そうだよ。私はけっこう長かった」
そう言ってから、真尋はすぐに視線を逸らした。
「……まぁ、部活忙しかったしね」
それから、春樹の手元のデジカメを覗き込む。
「で、ちゃんと撮れてんの?」
「俺はさっきまでメモ係。撮影はこれから」
「新聞部っぽいことしてるじゃん」
「っぽいじゃなくて新聞部だよ」
「じゃあ、あとで見せてよ」
「採用されるかわかんないぞ」
「採用されなくてもいいよ」
「なんで」
「春樹が撮ったやつだから」
真尋は当たり前みたいに言った。
春樹は少しだけ返事に詰まる。
「……部活、大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないかも」
「え、じゃあ戻れよ」
「今戻るって」
「怒られんぞ」
「そしたら春樹のせいにする」
「やめろよ」
真尋は笑って、フェンスに指をかけた。
「でも、ほんとにいたからさー」
「行くって言ったろ」
「うん」
真尋は頷く。
「だから、見に来た」
フェンス越しなのに、その言葉だけは妙に近かった。
春樹は何か返そうとして、うまく言葉が出てこなかった。
その時、真尋の視線が春樹のポケットへ落ちる。
「あ、まだつけてる」
「ん? これ?」
携帯についたストラップが、小さく揺れていた。
クリスマスに、真尋がくれたものだった。
「まぁ」
春樹が照れくさそうに笑うと、真尋も嬉しそうに笑った。
その顔を見て、ちゃんとつけていてよかったと思う。
でも次の瞬間、真尋は携帯を見て、
「……まだ変えてないんだ」
と意外そうに言った。
「二年なったらすぐ替えるつもりだったんだけどな」
「前も言ってなかった?」
真尋はそう返してから、自分の携帯を軽く振る。
新しい機種についた同じストラップが、小さく揺れた。
「真尋は替えたんだ」
「うん。先週」
「CMでやってるやるじゃん。いいな」
「春樹も早く機種変しなよー」
「そうだな」
春樹がそう言うと、真尋は一拍置いた。
でもすぐに笑う。
「その感じ、絶対すぐ替えないやつじゃん」
「替えるって」
「そのうち?」
「そのうち」
「ほらー」
真尋が笑う。
春樹もつられて笑った。
そのまま、少しだけ沈黙が落ちる。
グラウンドの方から、笛の音が聞こえた。
真尋が一度そちらを見る。
「そろそろ行くね」
「おー」
「春樹は?」
「このあと後半の取材。試合終わったらすぐ帰るよ」
「そっか」
どちらからも、次の約束は出なかった。
風が吹いて、フェンスがかすかに鳴る。
さっきまで近かったはずの距離が、急に遠く感じた。
「じゃあ、またね」
真尋が笑う。
「おう。またそのうちな」
春樹がそう返す。
真尋は、一瞬だけ春樹を見る。
何か言いたそうだった。
けれど、口にしたのは一言だけだった。
「……うん」
そう笑って、フェンス越しに手を振る。
真尋は部活の方へ向かっていった。
その姿が見えなくなっても、春樹はしばらくフェンスの前に立ったままだった。




