第十三話 寒空の下の手の温もり
秋に入ってから、お互いの部活が前より忙しくなっていた。
真尋は大会が近いらしく、帰りが遅くなることが多くなった。
春樹も春樹で、新聞部の活動が増えていた。
放課後、運動部の練習風景を撮りにグラウンドへ行ったり、文化祭前は準備の写真を撮ったり。
気づけば、前みたいに簡単には会えなくなっていた。
それでも、メールは毎日続いていた。
『今日も走りすぎて死にそう~』
『お疲れ様。来週大会だっけ?』
『そう。春樹は部活どう?』
『文化祭に向けて、やること増えてるよ』
『そっかー。大変だけどお互いがんばろう!』
そんな、短いやり取り。
でも、それだけでちゃんと繋がっている気がしていた。
◇
十月の終わり頃。
久しぶりに真尋から電話がかかってきた。
『もしもしー』
「おー」
『なんか声聞きたくなった』
電話の向こうで、電車のアナウンスが聞こえる。
「今、帰り?」
『うん』
少し疲れている声だった。
『春樹は?』
「さっき帰ってきたとこ」
『そっか』
一瞬だけ、間が空く。
『……最近、あんま会えてないね』
「まぁお互い忙しいしな」
『うん…』
真尋は否定しなかった。
でも、どこか元気がない気がした。
『あ、電車来たから、またメールする』
電話が切れたあとも、春樹は少し携帯を見ていた。
別に喧嘩しているわけじゃない。
嫌われたわけでもない。
会えば楽しいし、電話すれば安心する。
だから大丈夫だと思っていた。
◇
十一月。
昼休み、教室へ戻ろうとしたところで、祐介に肩を叩かれた。
「最近どうよ」
「何が」
「真尋ちゃん」
春樹は少し考える。
「…普通かな」
「普通って便利な言葉だな」
祐介は笑いながらジュースを開ける。
「会えてんの?」
「前よりは減ったけど」
「ふーん」
祐介は少しだけ春樹を見る。
「真尋ちゃん、寂しがりそうじゃん」
「……まぁ」
「お前さ、会える時ちゃんと会っとけよ」
「そのうちな」
「その“そのうち”が危ないんだって」
祐介はそう言って笑った。
春樹は、その言葉を軽く聞き流していた。
◇
その日の夜。
美咲から珍しくメールが届いた。
『最近どう?真尋、部活忙しいって言ってたけど』
春樹は少し考えてから返信する。
『大会近いらしくて最近帰るの遅いみたい。
前より会えてないかも』
送ったあと、少ししてまたメールが届く。
『そっかぁ。
なんか真尋、最近ちょっと無理してそうだったから』
春樹は画面を見る。
『無理?疲れてそうだった?』
『うーん、なんて言えばいいんだろ。
真尋って、寂しくてもあんまり自分から言えないから』
その文を読んだあと、春樹はしばらく携帯を見つめていた。
『まぁでも大丈夫だと思う』
そう返してから、自分でも少しだけ引っかかる。
本当に大丈夫なのかは、春樹にもわからなかった。
◇
十二月。
クリスマス。駅前は色とりどりの飾りと人とで埋まっていた。
「手、冷た」
「春樹があったかいんだって」
「いや普通だろ」
「じゃあ貸して」
真尋はそう言って、当たり前みたいに春樹の腕へくっついてくる。
「しかし人多いねー」
「クリスマスだし」
「みんな浮かれてるね」
「お前もな」
「春樹もね」
そういって互いに笑いながら歩く。
駅前の店を覗きながら歩いて、途中でクレープを半分ずつ食べた。
イルミネーションの前では、真尋が「写真撮って」と何度も春樹に携帯を渡してくる。
「いや絶対これブレてるって」
「いいの、雰囲気だから」
特別なことは何もなかった。
でもそれで十分だった。
イルミネーションの見える広場のベンチへ座る。
「寒……元気なくなる…冬眠しそう」
真尋が白い息を吐きながら、春樹の肩へ軽く寄りかかってくる。
「お前さっきまで元気だったじゃん」
「イルミネーションでテンション上がってただけ」
「子供か」
「春樹も写真めっちゃ撮ってたじゃん」
「いや、あれはなんか雰囲気で」
「絶対あとで見返してニヤニヤするタイプだ」
「ニヤニヤはしない」
「あ、見返してはくれるんだ?」
真尋が楽しそうに笑う。
少しして、真尋が膝の上の紙袋を持ち上げた。
「はい」
「え?」
「クリスマスプレゼント!前に決めたじゃん」
二週間ぐらい前のある日。
クリスマスには会えるということが決まり、プレゼントはどうしようかという話になった。
『どうする?なんかみんな交換するらしいけど』
『そんな高いの無理だぞ笑』
『私も無理笑』
『じゃあ前にお互い勧めてたCDとか?あとストラップくらい?』
『それくらいがいいかも!』
そんなやり取りをしていたのを思い出す。
「じゃあストラップからにするか」
春樹が少し照れながら袋を差し出す。
「なになに?」
真尋の顔がぱっと明るくなる。
お互いに袋を開けると、まったく同じキャラクターのストラップだった。
「キャラ被ってんじゃん!」
「しかもまったく同じやつかよ!」
二人で顔を見合わせて笑う。
「やっぱ考えること同じなんだね」
「不本意だなぁ」
「ひど」
真尋は笑いながら、早速自分の携帯へストラップを付け始める。
「じゃあ、あとこれ」
真尋がもう一つ、小さな袋を差し出した。
「最近ずっと聴いてるやつ」
ケースには、女性歌手のアルバムタイトルが書かれている。
「前にカラオケで歌ってた人?」
「そうそう!」
真尋が嬉しそうに頷く。
「なんか春樹、こういうの好きそうだなーって思って」
「へぇ」
「あと普通に、今いちばん好きなアルバムだから聴いてほしかった」
「ありがとう」
「聴いたら感想もね?」
春樹も苦笑しながら、自分の袋を差し出す。
「俺からはこれ」
春樹が渡したのは、少し前に話題になっていたバンドのアルバムだった。
「うわ、知らない」
「でも真尋こういうの好きそう」
「なんで?」
「お気楽なところとかが合いそう」
「失礼なんだけど」
◇
帰りのホーム。
白い息が夜へ溶けていく。
「……うちらって、ちゃんと付き合ってるんだよね?」
真尋がぽつりと言った。
春樹は思わず真尋を見る。
「いや、変な意味じゃないんだけど」
真尋は困ったように笑う。
「最近あんま会えてないし」
春樹は少しだけ言葉に詰まる。
本当は、自分も会いたかった。
会えば安心するし、触れられるだけで嬉しい。
でも、それをうまく言葉にできなかった。
「……俺は、ちゃんと好きだよ」
真尋が少しだけ目を丸くする。
「ただ、その……大丈夫だと思ってた」
「……うん。私も好き」
電車の音が近づいてくる。
「寒っ」
真尋はそう言って、春樹の袖を軽く掴んだ。
春樹はその手を自然に握り返す。
真尋も、その手を少しだけ握り返した。
春樹は、その温度に安心していた。




