第十二話 花火の下で
高校へ入って最初の夏は、あっという間に訪れた。
テストが終わったと思えば、もう蝉が鳴いている。
春樹は昼休みの教室で窓の外を眺めていた。
「お前まーた携帯見てる」
横から祐介が呆れた声を出す。
「真尋ちゃん?」
「違ぇよ」
「その反応でバレバレなんだって」
祐介は笑いながらジュースを開ける。
「最近ちゃんと会ってんの?」
「まぁそんなに多くはないけど」
「多くないってお前」
そう言いながらも、祐介はそれ以上何も言わなかった。
◇
夏休みに入ってからも、春樹と真尋は何度も会った。
駅前で待ち合わせをして、ショッピングモールを歩いたり、ファミレスで何時間も話したり。
どこへ行ったかより、何を話したかより。
一緒にいた時間ばかり覚えている。
会うたびに、真尋の話は少しずつ増えていった。
部活帰りにコンビニで買ったアイスがまずかった話。
友達に彼氏のことを聞かれすぎて面倒だった話。
夜更かしして、授業中に眠くて怒られた話。
春樹も、新聞部で写真を撮りに行った話をした。
携帯を取り出し、この前行った場所の写真を見せる。
真尋が春樹の携帯を覗き込む。
「駅とか空とかばっかじゃん」
「なんか好きなんだよ」
「へー」
真尋はそのまま携帯を操作しながら写真を見ていく。
「じゃあ今度、私も撮ってよ」
「え?」
「練習」
「いや新聞部のは普通デジカメだぞ」
「いいじゃん別に」
真尋が笑う。
「彼氏カメラマンで彼女の写真とか、ちょっとよくない?」
「なんだそれ」
「え、なんか青春っぽい」
春樹が苦笑している間にも、真尋は勝手に写真をスクロールしていく。
「あー」
真尋の指が止まる。
講習会の時の写真だった。
春樹と真尋、美咲。
三人並んで映っている。
中学二年生の夏の写真。
「なんかもうこれ懐かしい」
真尋が少しだけ目を細める。
「祐介、写真撮るの下手だったよね」
「ブレてるしな」
「でもこれ好き」
真尋はそう言って笑った。
「そういえば美咲とは最近会ってるの?」
「んー、たまに?連絡は普通にしてるし、帰りの電車一緒になる時もあるよ」
「そっか」
「なんで?」
「いや別に」
「ってかデート中に他の女の子のこと考えてるとかさいてー」
真尋がむっとした顔をしてみせる。
「いやごめん、そういうんじゃなくて!」
「わかってるって~」
すぐにいつもの笑顔に戻る。
その顔を見ていると、なんだか落ち着かなくなる。
◇
八月の終わりごろ。
二人で夏祭りへ行くことになった。
『今友達も一緒なんだけどいい?なんか彼氏みたいってうるさい』
合流前にそんなメールが届く。
すぐに『大丈夫だよ』と返すが、冷静に考えたらちょっと恥ずかしくなった。
「あの人が真尋の彼氏?」
「あー、それっぽい!」
待ち合わせ場所につくと、真尋とその友達と思われる女子が数人いた。
「ちょっ、うるさい!」
浴衣姿の真尋が真っ赤になりながら友達を叩く。
聞こえてくる会話を耳に、春樹は少し離れた場所で苦笑していた。
こちらに向かってくる真尋を、友達たちは面白がるようにこっちを見てくる。
「写真撮ってあげよっか?」
「いやいいって!」
「えー絶対あとで後悔するやつじゃん」
「ほんといいから!また後で!」
真尋は半ば無理やり春樹の腕を引っ張って、人混みの方へ逃げていく。
春樹が少し振り返ると、友達たちは手を振って笑顔で見送っていた。
「もー……疲れる」
「楽しそうだったじゃん」
「あー…絶対あとでまたからかわれるよ」
真尋は文句を言いながらも、友達の方へ一度だけ手を振った。
◇
花火が始まる頃には、人の流れもかなり増えていた。
夜空へ大きな音が響く。
色とりどりの光が川沿いを照らしていく。
「うわ……」
真尋が空を見上げる。
浴衣姿の横顔が、花火の光で一瞬だけ明るくなる。
その時だった。
人混みに押されて、真尋の身体が春樹へぶつかる。
「ごめ——」
言いかけた真尋が、そのまま春樹へ抱きついた。
帯越しに伝わる体温。
「……真尋?」
「なんか今日、すごい会いたかった」
花火の音に紛れそうな声だった。
「今日?」
「うん」
真尋は顔を上げる。
近い。
春樹が何か言うより先に、真尋が軽く唇を重ねた。
一瞬だった。
でも、その熱だけはやけに残る。
「……っ」
真尋が照れたように笑う。
「…なんか勢いでやっちゃった」
その顔を見た瞬間、春樹はたまらなく愛おしくなる。
気づけば、真尋の肩を引き寄せていた。
真尋が少し驚いた顔をする。
でもすぐに、「へへっ」と笑って春樹の胸へ額を預けた。
花火の音が、夜空へ何度も響いていた。
◇
友達の元へ戻る途中で、真尋がふいに言う。
「次いつ会えるかな」
「んー……また近いうちどっかで?」
「どっかでって~?予約埋まっちゃうぞ」
「そのうち連絡するよ。まだ部活とかの日にちわかんないし」
「まぁそれもそっか」
真尋はそう言って笑った。
少しして、「じゃあ私、向こう戻るね」と友達のいる方を指差す。
真尋は一歩進んでから、なにか言いかけるみたいに振り返った。
でも結局、「またね」とだけ言って笑う。
春樹も手を振り返す。
◇
家へ帰ってくると、リビングには由奈しかいなかった。
「母さんたちは?」
「父さんまた腰やったから病院~」
「マジか」
春樹が冷蔵庫を開けながらそう返すと、由奈が携帯を掲げてくる。
「見てこれ」
「何?」
「携帯!私もやっと買ってもらった!お兄ちゃんより新しいやつ!」
「よかったじゃん」
由奈は得意げに笑いながら、春樹の顔を見る。
「で、デートどうだった?」
「は?」
春樹は思わず声を裏返らせた。
由奈がニヤニヤする。
「教えてよ~。今、母さんたちいないしさ」
「お前な……」
「で、楽しかった?」
春樹は一瞬だけ言葉に詰まる。
花火、浴衣姿の真尋、抱きしめた時の体温。
色々思い出して、なんだか急に落ち着かなくなる。
「……まぁ、楽しかったよ」
その瞬間。
パシャッ。
「うわっ!?」
由奈が携帯を構えて笑っていた。
「撮るなって!」
「いい練習になりました~」
「おい、消せよ!」
由奈はケラケラ笑いながら逃げていく。
春樹はため息を吐きながら、自分の携帯を開いた。
真尋からメールが届いている。
『今日ありがと!めっちゃ楽しかったよ!』
添付された写真には、浴衣姿の真尋が映っていた。
友達に撮ってもらったのか、少しぶれている。
その笑顔を見た瞬間、春樹はまた思わず笑ってしまう。
その夜、春樹は寝る前まで何度もその写真を見返していた。




