第十一話 背伸び
翌日の昼休み。
購買で買ったパンを食べながら、春樹はぼんやり窓の外を見ていた。
「で?」
向かいから、祐介がニヤニヤしながら身を乗り出してくる。
「…何が?」
「いやもうその顔で隠せると思ってんの?」
ここまでニヤつかれると、もう隠す気もなくなる。
春樹は祐介の顔を見て観念した。
「…付き合うことになった」
「うお、マジで!?」
祐介が思ったより大きな声を出して、周りの何人かがこっちを見る。
「バカ、声でけぇよ」
「真尋ちゃんだろ!? やっぱりじゃねーか!」
祐介は楽しそうに笑った。
「いつから?」
「昨日」
「昨日!?」
「だから声でけぇって」
春樹は苦笑しながら紙パックのジュースを飲む。
「で、どうなのよ」
「どうって」
「彼女できた感想」
「…わかんね」
「は?」
「いや、なんかまだ実感ない」
そう答えると、祐介は呆れたように笑った。
「まぁお前らっぽいけど」
そのあと急に真面目な顔になる。
「ちゃんと会いにいけよ~」
「え?」
「高校違うんだから。会える時に会わないと」
春樹は「おう」とだけ返した。
その時は、あまり深く考えていなかった。
◇
その日の夜。
美咲からメールが届いた。
『真尋と付き合ったんだって?』
春樹は少しだけ迷ってから返信する。
『うん。そうなった』
数分後。
『おめでとう!』
その短い文のあとに、小さな笑顔の絵文字がついていた。
さらに、『相談ならいつでも乗るよ!真尋マスターだから笑』と続く。
春樹は小さく笑い、『なんだそれ』と返す。
すぐに返信が来る。
『春樹くん、変なとこ鈍そうだから』
その言い方が、なんとなく美咲らしかった。
◇
付き合い始めて二回目の休日。
春樹と真尋は、二人の街のちょうど中間くらいにある駅で待ち合わせをしていた。
別に行きたい場所があったわけじゃない。
ただ、会いたかった。
それだけだった。
改札前で待っていると、人混みの向こうから真尋が小走りでやって来る。
冬にあったときより、少し髪が短くなっていた。
「ごめん! 電車一本逃した!」
「別にまだ全然時間前だけど」
「でも走ったからセーフ!」
真尋はそう言って笑う。
春樹は思わずつられて笑った。
「…なんか変な感じ」
「わかる」
真尋も苦笑する。
「講習会の時と違う感じする」
「付き合ったから?」
「……それもあるけど」
真尋が視線を逸らす。
「お互い身長ちょっと伸びたからかな?」
「なんだそれ」
「いやーなんか前より近い」
「意味がわからん」
「へへ。私もわかんない」
今度は笑顔で目と目があった。
◇
いろんなところを一緒に周ったが、結局その日の半分くらいはファミレスで話していた。
高校の話。
クラスメイトの話。
部活の話。
真尋の学校のテニス部は、思っていたよりちゃんとしていたらしい。
「先輩怖いんだよねー」
「真尋が怒られてる姿想像つくわ」
「失礼なんですけど」
真尋がストロー越しに睨んでくる。
でも、その顔が少しだけ嬉しそうで、春樹はまた笑ってしまう。
「春樹は新聞部どうなの?」
「まだよくわからん」
「記事書いたりするの?」
「んー今のところはまだ。まぁでもそのうち写真は撮りに行ったりするらしい」
「え?じゃあカメラマンするの?」
「そんな本格的なもんじゃないと思うけどね」
そんな、どうでもいい話ばかりだった。
でも、不思議と時間はすぐ過ぎた。
◇
帰り道。
駅までの少し暗くなった道を並んで歩く。
「ねぇ」
「ん?」
「付き合ったって、まだちょっと不思議」
真尋が前を向いたまま言う。
「まぁわかる」
「なんかさ、今まで普通にメールして普通に電話してたじゃん?」
「うん」
「なのに急に彼氏彼女ですって言われても、よくわかんない」
真尋はそう言って笑った。
春樹も少し笑う。
「でも」
真尋がぽつりと言う。
「前より、会いたいって思う」
その言葉に、春樹は少しだけ黙った。
何か返そうと思った時だった。
真尋が春樹の袖を軽く引く。
振り向いた瞬間、真尋が少しだけ背伸びした。
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
「…っ」
真尋は自分でやったくせに真っ赤になっている。
「いや今のなし!忘れて!」
「無理だろ」
「うわ~もう最悪!」
真尋は顔を隠しながらしゃがみ込む。
春樹はそんな真尋を見ながら、なんだか急に笑えてきた。
駅へ向かう途中の歩道。
車の音。
夕方の少し冷たい風。
繋いだ手の体温。
春樹は、その帰り道のことをずっと覚えていた。




