第十話 春風と電話
帰宅してすぐ、春樹は制服の上着を脱いでベッドへ腰を下ろした。
携帯の画面には、真尋からの短いメールが表示されたままになっている。
『今から電話していい?』
たったそれだけ。
なのに、心臓が落ち着かなかった。
春樹は一度深呼吸してから返信を打つ。
『大丈夫。いいよ』
何を話すんだろう。
そんなことを考えているうちに、携帯が震えた。
「…もしもし」
『あ、春樹?』
三日ぶりの真尋の声だった。
「うん。どうした?」
『えーっと…』
いつもなら真尋が勝手に話し始めるのに、今日は珍しく間が続く。
『いやー…なんか、ちゃんと言わなきゃなって思って』
電話越しに、小さな息遣いだけが聞こえる。
『…この前さ』
「うん」
『友達としてって言ったじゃん』
「…あぁ」
『あれ、嘘!』
真尋は、今度はちゃんとはっきりとした声で言った。
『ごまかした!』
春樹は何も返せなかった。
だが、心音が大きくなっているのを感じた。
『本当は直接会って言いたかったんだけどさ』
真尋がいつもみたいに少しだけ笑う。
『高校違うし、住んでるところも違うし、講習会ももうないじゃん?』
「うん、まぁな」
『だから電話で言う』
少し間が空く。
そのあと、真尋が静かに言った。
『…私、春樹のこと好き』
三日前より、ずっと真っ直ぐな声だった。
春樹はベッドへ座ったまま、天井を見上げる。
真尋と話してる時間は、ずっと楽しかった。
笑顔や仕草がかわいいと思った。
メールが来ると嬉しかった。
電話が来るとドキドキした。
三日間連絡が来なかっただけで、落ち着かなかった。
多分、もう気づいていた。
「俺も…」
春樹は小さく息を吐く。
「真尋といるの、好きだと思う」
電話の向こうで、小さく息を飲む音がした。
『…だと思う、なの?』
「いやいや、ごめん!その…好きだよ」
『…そっか。よかった』
少しだけ掠れた声だった。
◇
『…あっ、美咲にはちゃんと話したからね』
少ししてから、真尋がそんなことを言った。
「内緒って言ってなかった?」
『いやー怒られるかと思って』
「え?怒ってたの?」
『ううん』
真尋が小さく笑う。
『二人を応援するねって言われた』
その言い方が、なんとなく美咲らしかった。
春樹は小さく息を吐く。
よかった、と思った。
でも同時に、少しだけ胸の奥が引っかかった。
◇
『で、これってさ』
真尋が急に明るい声を出す。
『付き合ってるってことでいいの?』
「え」
『いや、違うなら普通に恥ずかしいんだけど私』
「いや…」
春樹は思わず苦笑する。
「付き合ってる…んじゃね?」
『うわ、曖昧』
「だってなんか急に言われるとさ」
『まぁわかるけど』
電話越しに真尋が笑う。
その声を聞いて、春樹もつられて笑った。
『じゃあ今日からは彼氏彼女っていうことで!改めてよろしくね』
「うん、よろしく」
やっぱり自分は真尋と話すのは楽しいし、笑っているのが好きだと実感した。
それから少しの間、いつものようになんでもない話をした。
メールをしていなかった三日間に起きた、感じた、なんでもないこと。
そんな話をしていたら、あっという間に時間が過ぎていた。
そろそろ電話は終わろうかという流れになったとき。
『春樹』
唐突に名前を呼ばれた。
『好きだよ』
今度は迷いのない声だった。
不意打ちに、耳まで熱くなった。
春樹は鏡に写った真っ赤な自分の顔に気づいて、恥ずかしくなった。
「お…俺も」
そう返すだけで精一杯だった。
電話の先の真尋は『ありがとう』と笑っていた。
◇
通話が終わったあとも、しばらく春樹は携帯を握ったままだった。
開けっぱなしの窓から春風が入ってくる。
白いカーテンがゆっくり揺れていた。
寝っ転がって、天井を見る。
付き合った。
そう考えるだけで、変に落ち着かなかった。
でも、まだどこか現実感がなかった。
次に会った時、何を話せばいいんだろう。
そんなことを考えている自分に、春樹は少しだけ笑った。




