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32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~  作者: ひろボ


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約束は、形じゃなくて熱になった

 気づけば俺は、真っ白な正装という名の拘束具に押し込められ、神殿の控室に放り込まれていた。


 鏡の中の俺は「着せ替え人形(新郎Ver.)」そのものだ。肩は凝るし、首元は本気で俺を絞め殺しにきている。息を吸うたび胸の奥が小さく鳴って、吐き出すたびに「今なら逃げられるぞ」と脳が囁いた。


 逃げるな、俺。ここで逃げたら、あの手に触れないまま全部が終わる。


 ここ数日の記憶は、暴走する美咲先輩に振り回された残像しか残っていない。


「いい? 直輝くん。予算は無限、時間は有限。ギルドの掲示板は全枠抑えたし、神殿への寄進も済ませたわ。あとは……あんたが歩くだけよ!」


 勢いが強すぎて、控室の壁が物理的に押されている気がした。先輩の手には、いつの間にか自作された『結婚式進行台本・極』。表紙の文字が、無駄に太くてデカい。角の立ち方まで、どこか凶器じみている。


きわみって……こっちの心臓が極限なんですけど」


 俺が乾いた喉を鳴らすと、先輩は台本を抱え直した。指先に込めた力が、ほんの少しだけ震えて白い。笑っているのに、目は真剣そのものだ。


「焦らせたいわけじゃないんでしょうけど……押し方が物理なんですよ」


「押すわよ。今日はそういう日だもん」


 言い切りが強い。強いのに、声の温度だけが柔らかい。退路を完璧に断ちながら、俺が一番行きたい場所だけを指し示してくる。


 その台本を見て「死ぬ気か」と呟いたヴァルターが、結局いちばん重い腰を上げて根回しを済ませたのも、今となっては遠い昔のことのように思える。


 気づいたら貼り紙が出て、気づいたら席順が決まって、気づいたら衣装が届いていた。俺の尊厳がどこかに落ちている気がするが、地球に持ち帰れない金貨が、美咲先輩の手に渡ると恐ろしい速度で「現実」に変わっていく。笑うしかない。


「直輝くん、顔が引きつってる。ほら、笑顔。百――」


「先輩、その言い方、古いです。笑顔の前に、まず呼吸がしたいんですけど」


 言い終わる前に、背中に鋭い衝撃が走った。


「じゃあ、叩いて起こしてあげる!」


「ぐっ……!」


 肺が裏返るかと思った。だが、痛みのおかげで意識だけは強制的に現実に引き戻される。嫌な覚醒だ。


「ほら起きた。次、顎上げて」


「首が折れますって。……というか、これ、誰が直すんですか」


「折れない。折れたらヴァルターさんが直すから」


「あの人、万能すぎません……?」


 言った直後、喉がからりと乾いた。笑って流したいのに、舌がうまく回らない。


 先輩は「直る前提で話すな」と言いたげな顔で、俺の襟元を整える。爪が少しだけ当たって痛い。その丁寧さが、逆に怖かった。


 そのとき、扉の向こうで軽い足音が跳ねた。


「ナオキ! いる!? ラナ、みる!」


「ダメ!」


 返事をするより早く、先輩が隙間を塞ぐように扉を押し返した。ばたばたと音が踊って、向こうでラナがむくれている気配が伝わってくる。


「ラナ、みたい! ナオキ、へんなかお?」


「今だけ! ……あとで見せる!」


 声が裏返って、自分の喉を刺した。先輩が俺を見て、楽しそうに目を細めた。やめろ、その顔。


 先輩が扉越しに少しだけ声を落とす。


「ラナは入場のあと。今ここで新郎が崩れたら、式が詰むから」


「つむ?」


「全部ダメになるってこと!」


 向こうで一拍、息を吸う音がした。


「……じゃあ、ラナ、まつ。おりこうに、まつ!」


 見えなくても、扉の前で足踏みして待っているのが分かる。頼む、今日は落ちるな。静かに待ってくれ。


 ようやく息を整えようとしたところで、今度は落ち着いた音を立てて扉が開いた。


 ヴァルターだ。いつも通りの無表情だが、正装を纏った姿には得も言われぬ圧がある。


「準備はいいか」


 喉が乾いて、言葉が引っかかった。唇を一度舐めてから、絞り出す。


「……よくないです。けど、逃げません」


 胸の奥が、小さく鳴った。ヴァルターの眉がほんの少しだけ動く。笑うわけではなく、「それでいい」とだけ告げるような合図だった。


 その背後、廊下の空気が揺れた。


 布が擦れる音。重いものを引きずるような、控えめな足取り。


 そこにいる。


「……ナオキ」


 声だけが、扉の向こうから届いた。掠れていて、呼吸が浅い。視線が勝手に外を探そうとしたが、ヴァルターが一歩前に出て遮った。


「会うな。今は声だけだ。式で、ちゃんと見ろ」


 命令というより、手順だった。余計なことをさせないための、静かな圧。


 俺は唇を噛んで、扉の向こうへ声を落とす。


「リヴ。……大丈夫か」


「これ……あってる? ぬげない。おもい。たすけて」


 一瞬で空気が「いつものリヴ」に染まった。喉に張り付いていた緊張が、息になって抜ける。


「合ってる。すげぇ合ってる。……もう少しだ。ちゃんと、隣に行く」


 向こうで、短く震える呼吸。


「ナオキ……にげない?」


 言葉が、痛いほど真っ直ぐだった。俺は答える前に、拳を一度だけ握りしめる。逃げる癖を、自分で折り込むように。


「逃げない。置いていかない。……約束だ」


 足音が遠ざかり、最後に小さく声が落ちる。


「……うん。まつ」


 それだけで十分だった。


 俺は鏡の中の自分を一度だけ睨みつけ、すぐに視線を外した。喉の奥が熱い。言葉にしたら崩れそうで、飲み込む。


「行くぞ」


「はい。……行きます」


 返事が固い。分かってる。今日の俺は、これくらい固くていい。


 控室を出ると、廊下の冷えた空気が肌を撫でた。香の匂いが濃くなり、遠くで楽器の低い音が腹に響く。


 神殿の大扉が開く。


 空気が、一変した。


 静まり返った聖域。高い天井に反響する重い足音。席にはギルドの連中が、不自然なほど静かに座っていた。ネクタイを曲げ、苦しそうに首を振っている。あいつらが真面目な顔をしているだけで、視界が滲みそうになる。


 祭壇まで歩く。逃げ道なんて、最初から綺麗に塞がれている。


 正面に立った瞬間、楽器の音が止まった。


 侍祭が鈴を鳴らす。ちん、と高い音が胸の奥の固まりを撫でて通り過ぎた。神官の言葉が流れる。「誓い」「証人」「ここに集う者」――断片的な言葉が、勝手に心に刺さる。


 視線の先で、扉が開いた。


 ざわめきが完全に消え、誰かの喉が鳴る音だけが響く。


 俺は息の仕方を忘れた。


 そこに、リヴがいた。


 真っ白なドレスに包まれた姿が視界に飛び込んできた瞬間、頭の中が真っ白になった。綺麗だ、と言葉にする前に喉が完全に干上がった。


 旅装で笑っている姿も、眠い目を擦る姿も、俺の袖を掴む指先も、全部知っている。そういう何気ない時間の全てが、今ここに集まっているのだと、胸がきゅっと縮んだ。


 リヴの肩が、小さく震えている。ドレスの裾をぎゅっと掴んだ指先。


 怖いんだろう。

 重いんだろう。


 それでも、彼女は俺の方へ歩いてきた。


 目が合う。潤んでいるのに、決して逸らさない目だ。背伸びをするように、顎がわずかに上がっている。


「ナオキ……」


 囁かれた名前だけで、胸の奥がほどけた。ほどけた分、崩れそうになる。奥歯を噛んで、息を一つ、深く落とす。


「……来てくれて、ありがとう。ちゃんと、見えたよ」


 リヴの口角が、ほんの少しだけ上がった。


 その笑みが、反則だった。


 促されるまま、俺はリヴの手を取る。


 小さくて温かい。驚くほど震えているその手を、指先に力を込めて包み込んだ。痛くしないように、けれど離さないように。


 リヴが、俺の指をぎゅっと握り返してくる。声より先に、手のひらが同じ気持ちだと告げていた。


「誓いを、ナオキ」


 神官の声に、短く息を吸う。


 用意していた台詞なんて消え失せていた。ただ、目の前のこの瞳を、二度と不安にさせたくない。それだけを言葉にする。


「……守る。あんたが俺を選んだこと、後悔させない。何があっても、最後まで隣にいる。約束だ」


 最後、声が少し掠れた。綺麗に言い切ると嘘になる気がして、そのまま置いた。


 静寂の中、誰かが息を飲む音がした。


 リヴが一拍、呼吸を止める。


 それから俺を見上げて、はっきりと言い切った。目はもう、揺れていない。


「リヴも。ナオキといっしょにあるく。どんなに、きつくても。……約束」


 短い。だが、どんな言葉より重かった。


 侍祭が箱を差し出す。布の上に、青い指輪が二つ。俺は呼吸を深く入れ、指輪を取ってリヴの薬指へ滑り込ませた。


 その瞬間。


 指輪が生き物のように「ドクン」と脈打った。


「っ……!」


 心臓を直接掴まれたような拍動が、腕を伝って胸へ駆け上がる。肩が跳ねそうになって、奥歯を噛んだ。ここで情けない声を出すな。


 リヴの指先にある指輪も、同じリズムで温度を上げていた。


 怖いんじゃない。ただ、生きていた。約束が、形ではなく熱になって刻まれた。


 リヴの目が見開かれる。


「……あつい」


「俺もだ。……平気か? 痛くないか」


 声が震える。喉がまた乾く。


 リヴは一瞬だけ唇を噛んでから、泣きそうな顔で笑った。


「へいき。……へいき、のふり。でも、ナオキ、いる」


 その言い方が、あまりにリヴらしくて。


 俺は笑いそうになって、喉を鳴らした。胸の中がぐちゃぐちゃだ。


 次の瞬間、拍手が爆発した。


 ごうっと音が立ち、椅子が揺れる。天井に溜まった熱が、また下に降ってくるみたいだった。ギルドの連中が堪えきれずに叫んだ。


「新郎ー! 逃げるなよー!」


「逃げねえよ!」


 反射で返すと、ドッと笑いが起きた。神殿の空気が、やっと息を吹き返した。


 美咲先輩はスマホを掲げたまま号泣している。なのに手元は一ミリもブレていない。目が合うと、先輩が口だけで「よくやった」と言った。


「尊い……っ! 尊いってこういうことよ……っ!」


「先輩、泣きながら実況しないでください……!」


「する! 記録は正義なの!」


 ラナが椅子の上で跳ねながら花を投げる。一輪だけ俺の額に当たって、地味に痛い。


 一拍の静寂のあと、また大きな笑いが起きた。


 俺も負けて吹き出した。泣きそうなのに、笑ってしまう。


 壇上の端で、ヴァルターが腕を組んだまま、目だけを柔らかく細めていた。


 神官が最後の言葉を結び、鈴が鳴る。


 式が終わった。


 だが、本当の地獄はここからだと分かっている。


 案の定、泣き止んだ先輩が突撃してきた。さっきまで涙で濡れていた目が、今は進行表のように鋭く光っている。


「はい! 新郎新婦、逃げない! このあと祝宴、集合写真、乾杯! 直輝くん、笑顔はあとでいいから歩いて!」


「あとでって言ったそばから走ってるじゃないですか!」


 俺の悲鳴が神殿に響く。笑いがまた起きて、背中を押される。


 リヴが小さく笑い、俺の腕を掴み直した。さっきよりも柔らかく、嬉しい方の力で。


「ナオキ」


「……ん。どうした」


 リヴは一拍置いて、俺の指輪を見つめた。言葉を探すみたいに瞬きして、それから、ゆっくりと顔を上げる。目は少し潤んでいるのに、しっかりと笑っていた。


「……いっしょ、たのしい」


 その一言で、胸の奥がすっと軽くなった。


「ああ。……やっと来たな、ここまで」


「きた?」


「……一緒にだ」


 言葉が途切れる。誓いのあとに、普通の言葉がなかなか追いつかない。


 リヴが俺の指をきゅっと握り込んだ。離さないと、手で言ってくる。


「だいじょうぶ。リヴ、はなさない」


「俺もだ。……絶対に、離さない」


 青い指輪の熱が、まだ指先に残っている。


 痛いくらいに確かなその熱が、俺たちの間に消えない“約束”を残していた。

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