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32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~  作者: ひろボ


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二人の薬指

 昨夜の喧騒が嘘みたいに、ヴァルター邸の朝は静まり返っていた。


 窓から差し込む光が、石床の埃を白く浮かせている。暖炉の火はとっくに落ちて、冷えた灰の匂いに、宴の名残である酒の香りが薄く混じっていた。澄んだ空気の中に、昨夜の時間だけが取り残されているみたいだ。


 俺は広間の長椅子に座り、重い頭を片手で押さえたまま、テーブルの上の小さな木箱をじっと見つめていた。


 昨夜、あの大騒ぎの中でリヴにプロポーズをした。  世界樹のふもとのほうがまだ音がしていただろう。こういう時だけ妙に潔くなれる自分を、どこか他人事のように感じる。


 指先で、箱の蓋をそっと押し上げた。


 中には、リヴに贈ったものと全く同じ意匠の指輪が収まっていた。金でも銀でもない。透明感のある深い青を湛えていて、内側から脈打つみたいに、微かな光が生きている。


 ――世界樹の“祝福”。


 言葉にすれば綺麗だが、実物の手触りはもっと生々しい。触れた瞬間、これがただの飾りじゃないことが肌に伝わってくる。世界樹なりの詫びと報酬。そう思えば納得はできるのに、指先の微かな震えまでは止まってくれなかった。


「……おはよう、ナオキ」


 背後から、たどたどしい、けど昨夜よりずっと落ち着いた声がした。


 振り返ると、リヴが立っていた。昨夜のドレス姿じゃなく、いつもの旅装に近い格好。だけど左手の薬指には、あの青い指輪がちゃんと根付いている。馴染みすぎて、最初からそこにあったみたいだ。


「ああ、おはよう。……よく眠れたか?」


「うん。夢、みた。ナオキが、ペンギンになる夢」


「……まだ引きずってるのか、それ。俺の親戚にペンギンがいるなんて話、本気にするなよ」


 苦笑いを見せると、リヴは「うそ、わかってる」と小さく笑った。笑ったあと、一拍だけ視線を落として、それから俺の隣に腰を下ろす。ただ距離が近くなっただけなのに、胸の奥が勝手に騒ぎだした。


 リヴの指先が、木箱の縁に触れる。


「これ……ナオキのぶん」


「ああ。世界樹のやつ、気が利きすぎだろ。普通、指輪ってのは男が苦労して準備するもんなんだけどな」


「世界樹、おせっかい。でも……うれしい。いっしょが、いい」


 言い切る直前、リヴが小さく息を吸い込む。そのまま箱の中の指輪を見つめ、それから俺を見た。深い青の瞳が揺れて、けれど逸らされない。俺の喉が、不意に乾いた。


「……俺も嬉しいよ。正直、少し怖いけどな」


 リヴの口元がふっと緩む。その笑い方が昨夜より柔らかくて、余計に危ない。気を抜くと、すぐに抱きしめてしまいそうになる。


 そこへ、階段を乱暴に踏み鳴らす音が落ちてきた。


「おい、ナオキ。朝っぱらから二人で何をしめっぽく――って、なんだその箱は」


 ヴァルターだ。眠気なんて最初から存在しない顔で、広間に入ってくる。後ろから美咲先輩が目をこすりながらついてきて、ラナがすでに冴えきった目で跳ねていた。


「おはよーございまーす……あ、指輪の話? いいところ?」


「ラナ、みる! みる!」


「ヴァルターさん。ちょうどよかったです」


 俺は箱を軽く持ち上げ、ヴァルターに向けた。


「昨夜、指輪を打ち直すとか言われましたけど……その必要、たぶんないです。これ、世界樹が同じものを二つくれてました」


 ヴァルターの眼が、すっと細くなる。酔いの残りが一瞬で吹き飛ぶくらい、空気が変わった。


「……見せろ」


 太い指が、箱の中から指輪を摘み上げる。職人の手つきだ。ヴァルターは窓際へ歩き、朝日にそれをかざした。


 沈黙が広間に満ちる。美咲先輩も、ラナも、言葉を飲み込んでいた。ヴァルターの鑑定は、この屋敷では絶対だ。


「……ナオキ。お前、これをどうやって手に入れた」


「授かったんです。世界樹から直接」


「世界樹だと? ……触ったのか、お前」


 問いが低い。責めるのではなく、まず危険を嗅ぎ取ろうとする声だった。ヴァルターは指輪を鼻先に近づけ、匂いを嗅ぐように息を通す。指の腹で曲線をなぞり、角度を変えて、光の奥を覗き込む。いちいち仕草に圧があって、俺の胃がきゅっと縮んだ。


 やがてヴァルターが、降参したように息を吐いた。


「打ち直し? サイズ調整? 馬鹿を言うな。俺の金槌をこれに当ててみろ。金槌のほうが砕けるか、俺の腕が先に折れるのが落ちだ」


「そんなに、ですか」


「そんなにだ。これに手を加える余地なんて、どこにもねえ」


 即答が重い。美咲先輩が身を乗り出して、スマホのライトで照らしてみる。寝起きのくせに、目だけは完全に研究者のそれだった。


「……直輝くん、これ、継ぎ目がないわ。削った跡も見えない。最初からこの形として存在してたみたい……」


 言い終えて、先輩が一瞬だけ黙る。自分の言葉の重さに、今さら気づいたような顔だ。リヴが、自分の指輪を見下ろしていた。指先でそっと触れて、触れたまま止まる。大切にしたいけれど、どこか恐ろしい。そんな手つき。


「……リヴ。痛くないか?」


「だいじょうぶ。きつくない。ぬけない」


「抜けないってのも、それはそれで怖いんだけどな」


 冗談で逃げた瞬間、喉がまた乾いた。リヴが小さく笑って、でも目は真剣なまま俺の手を見た。


 ヴァルターが指輪を箱に戻す。戻す動きが丁寧すぎて、逆に緊張が走る。


「俺の手には負えねえ。だが、“確認”だけはしてやる」


「確認?」


「問題がねえかを見極める。式の前に、それだけは筋を通させろ。手が届かねえ代物ほど、目だけは離さねえ。職人ってのはそういう生き物だ」


 そう言って、ヴァルターが俺の肩を昨夜より少しだけ優しく叩いた。


「いいか。こいつは最初から、お前たちの指に合うように意思で形を寄せてる。リヴの指に馴染んでるのがその証拠だ」


「じゃあ、ナオキのも! ナオキがはめたら、ナオキのかたちになるの!?」


 ラナがぱっと手を上げた。


「……たぶん、な」


 俺は箱から、もう一つの指輪を取り出した。重さはほとんど感じない。なのに、指先に触れた瞬間、細い振動が返ってくる。心臓の音を読まれているみたいな、落ち着かない震え。


 俺はリヴに向き直った。昨夜のプロポーズは、俺が一方的にぶつけた。だから今度は――違う形で、同じ約束を受け取りたい。


「リヴ。……はめてくれるか」


 言い終わる前に、息が浅くなる。自分で言い出したくせに、返事を待つのが怖い。リヴが一瞬目を見開いて、それから小さく頷いた。頷くまでの一拍が、やけに長く感じられる。


「……うん。ナオキに、あげる。リヴの、やくそく」


 小さな手が、俺の左手を取る。指先が少しだけ震えていて、その震えが俺にも移った。ヴァルターも、美咲先輩も、今は黙って見守っていた。誰も踏み込めない空気が、そこにはあった。


 指輪が、俺の薬指の第一関節に触れる。


 その瞬間、指輪が生き物みたいに柔らかく脈打った。ぴたり、と吸い付くように収まって、俺の指の太さに合わせて微かに形を変えていく。痛みも締め付けもない。あるのは、体温が一段上がったような熱だけだ。


「……できた」


 リヴが顔を上げて、にこっと笑う。笑っているのに、目の端には薄く水が溜まっていた。


「ナオキ、いっしょ。……きれい」


 俺の左手にも、深い青の光が灯った。二つの指輪が並ぶと、一瞬だけ強く光る。呼吸を合わせたみたいに同調して、それから穏やかな輝きに落ち着いた。胸が変な音を立てる。嬉しいのに、怖い。嬉しいから、怖い。


「よし。これで文句なしだ」


 ヴァルターが腕を組んで頷く。


「打ち直しはなし。だが明日、工房へ一度来い。触らねえし、叩かねえ。見るだけだ」


「……分かりました。お願いします」


 美咲先輩が、ぱんっと勢いよく手を叩いた。


「はいはい! 湿っぽいのはここまで! 指輪も決まったことだし、次は現実的な話よ。結婚式! この世界での手続き! そしてパーティー!」


 先輩が大きく息を吸う。今から走り出す気の音だ。俺の胃が、先に折れそうになる。


「直輝くん、規模はどうする? 上限を決めなさい」


「上限?」


 聞き返しながら、俺は自分の指輪を見た。光は落ち着いているのに、俺の身体だけが落ち着かない。


「金の心配ならいらないですよ。……この世界の金貨、山ほどありますし」


「え、金貨!?」


 先輩の目が一気に開いた。完全に覚醒した顔だ。


「あるんです。でも地球に持ち帰れない。だから余計に性質が悪いっていうか」


 言った瞬間、喉が鳴って、笑うしかなくなった。冗談に逃げたつもりなのに、指先の力は抜けない。


「使い道がないってこと? いや、あるじゃない! 結婚式! ここで盛大に使えるじゃない!」


「先輩、発想が暴走してます」


「暴走じゃないわ。活用よ」


 美咲先輩が胸を張る。言葉の意味が違う気がするが、顔だけは自信満々だ。ヴァルターが短く息を吐いた。ため息のようでもあり、呆れた笑いのようでもある。


「金があるなら、あとは段取りを詰めるだけだ」


「段取り、ですか」


「そうだ。派手にするならするで、まずは席順だ。誰をどこに置く」


「席……」


 先輩が即座に手を挙げる。


「私、最前列です!」


「却下だ」


「なんでよ!」


「うるさいからに決まってるだろ」


「ひどい!」


 リヴが俺の袖を引いて、小さく笑った。その笑い方が柔らかすぎて、俺はまた喉を鳴らして視線を逸らす。


「ナオキ。食い物はどうする」


 ヴァルターの問いに、俺の脳が少しだけ安堵した。食い物の話なら、まだマシだ。


「肉とパン、あとは甘いものも少し。……酒はほどほどでお願いします」


「ほどほど……?」


 リヴが首を傾げる。目が真剣だ。


「難しい言葉だよな、うん」


「ほどほど、ない!」


 横からラナの声が飛んできた。いつの間に背後にいたんだよ。


「けっこんしき! いっぱい! いっぱい!」


「ラナ、上限って言葉を覚えろ」


「おぼえない!」


 先輩が吹き出して肩を震わせる。


「直輝くん、今の名言ね。『上限を覚えろ』。メモしとこうかしら」


「書かなくていいですよ」


「書きます!」


 ヴァルターが手を軽く上げた。それだけでラナも美咲先輩も止まる。空気の締め方が反則だ。


「決まりだ。肉は多め。酒は場に合わせる。飲めねえ連中には茶を出せ」


「茶、ある?」


 リヴが身を乗り出した。瞳がきらっとしている。その反応だけで、胸の奥が少し明るくなった。


「ああ。ミーナに頼め。用意できる」


 リヴが何度も頷いて、俺の手をぎゅっと握り直した。嬉しい時の力だ。分かりやすい。


 ヴァルターが最後に言う。


「明日、工房。指輪は見るだけだ。それが終わったら、式の打ち合わせを詰めるぞ」


 打ち合わせ、という言葉がずしりと重い。祝福より重い。段取りは人を殴る武器になる。俺は短く息を整えて、頷いた。


「……分かりました。やります」


「いっしょに」


 リヴが小さく付け足す。


「ああ、一緒に」


 言葉を繰り返した瞬間、指輪がほんの少し温度を上げた気がした。


 窓の外から街の活気が入り込んでくる。石畳を叩く馬車の音、露店の準備を急ぐ声、金具が触れ合う乾いた響き。不便で騒がしいこの中世の街並みには、確かな「生」の匂いが満ちていた。


 世界樹の向こう側が動き出せば、また戦いが戻ってくる。修復も、任務も、命を擦り減らす仕事も。  でも。  俺の左手には、消えない青い熱がある。握り返してくるリヴの指が、ちゃんと温かい。


「リヴ」


「ん?」


「これから忙しくなるぞ。美咲先輩の計画に付き合うのは、世界樹を直すより体力がいるかもしれない」


 冗談にしたのに、声が少し掠れた。


 リヴは一拍置いて、それからゆっくり頷いた。


「だいじょうぶ。リヴ、ナオキといっしょなら……つかれない。……たぶん」


「たぶんかよ」


 俺が突っ込むと、リヴは声を殺して笑った。笑ったあと、指輪にそっと触れて、すぐ離す。その何気ない仕草が、守るという言葉より強く、俺を支えていた。


 俺はもう一度、彼女の額に自分の額を寄せた。息が混ざり、視線を逃がさない距離。


「明日、工房。終わったら、式の打ち合わせだ」


「いっしょに」


「一緒に」


 朝日はさらに高く昇り、二つの青い光を静かに照らし出していた。

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