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32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~  作者: ひろボ


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プロポーズ

 杯が回って、笑い声がひと区切りついた。酒の匂いと肉の脂、それに暖炉の煙が混ざった熱気が、ヴァルター邸の広間に溜まっている。椀を置く音、椅子を引く音、遠くの笑いが寄せては引いて――今だけ、その波が少し小さくなった。


 今なら言葉が通る。遅らせたらまた「あとで」に逃げる。そんな自分が、やけに鮮明に想像できてしまう。信用できない。だから俺は椅子から立ち上がった。


「……ヴァルターさん。みんな。少し、聞いてくれ」


 椅子の脚が床を擦って、ぎ、と鳴った。広間の空気が一瞬だけ止まり、視線が一本、また一本と集まってくる。胸の奥は落ち着かないのに、鼓動だけが律儀に動いている。手のひらに汗が滲み、指先が冷えた。


 俺はリヴの方を見た。逃げたい気持ちは確かにあるのに、視線だけは逸らせなかった。彼女の目が、まっすぐ俺を捉えている。ここまで来たら戻れない。喉を鳴らして、息を短く入れ直す。


「リヴ。俺と結婚してください」


 一拍、間が落ちた。ざわめきが起こりかけて、飲み込まれる。杯を持ったまま固まるやつ、笑いかけて止まるやつ、瞬きを忘れるやつ――反応はバラバラなのに、空気だけがひとつになって、こっちへ押し寄せてくる。


 リヴが瞬きをした。唇が少し開いて、何か言いかけたみたいに閉じる。それから目の奥に光が溜まっていった。肩がわずかに上下して、息を整えようとしている。言葉が出ないのに、胸の中で必死に何かを掴もうとしてる顔だった。


「……ナオキ」


 震えた声が、名前だけで落ちてくる。


 泣かせたくない。だけど、泣く理由が俺だけにあるわけじゃないのも分かる。嬉しさと怖さが同じ場所から滲む瞬間がある。今が、たぶんそれだ。俺は笑って誤魔化さず、ただ待った。彼女の次の息を。


 リヴは胸に手を当て、ひとつ吸ってから、絞り出すみたいに言った。


「わたし……ハーフエルフだよ」


 空気が少しだけ引き締まる。責める静けさじゃない。見守る静けさだ。視線が彼女へ流れていくのに、誰も口を挟まない。


 俺は頷いた。そこはもう知ってる。知ってるからこそ、次に来る言葉まで、胸のどこかが先に掴んでしまっていた。


「知ってる」


 リヴは視線を泳がせて、それでも逃げずに続きを出す。指先が服の布を握って、ほどけて、また握る。暖炉の灯りが、その小さな震えだけを拾った。


「それで……こども。どうなるか、わからない」


 胸の奥で熱が立ち上がりかけたところへ、冷たいものが落ちた。リヴの怖さだ。ここで軽い「大丈夫」を置いたら、彼女の怖さだけ置き去りになる。


 俺は足元の床を踏み直して、言葉を選ぶ。


「分からない。違う世界だし、体の仕組みも違うかもしれない」


 リヴが小さく息を呑む。でも目は逸らさない。怖さの輪郭が、はっきり形になっていく。


「だから調べる。できることはする」


 リヴの肩がわずかに落ちた。息が一本通ったみたいに、唇が少しだけ緩む。俺はそこで終わらせず、最後の芯を置く。


「でも、それが結婚の条件にはならない」


 リヴの瞳から涙が一粒こぼれて、落ちたのに笑った。俺は息をひとつ吐いて、彼女の手を離せなかった。


「……ほんと?」


「ほんと。俺はリヴと家族になる」


 言い切った瞬間、腹の底が少し軽くなる。怖さは残ってる。でも、そのまま抱えて進みたくなる嬉しさが、ちゃんとそこにいた。


 リヴが何度も頷く。小さく、でもはっきり。


「うん。けっこん、する」


 俺は用意していた指輪をそっと取り出した。震えないように力を入れたら、逆に指が固くなる。深呼吸をひとつだけして、リヴの手を取る。


 温かいのに、指先だけ少し冷たい。指輪を通すと、灯りを拾った金属が小さく光った。その光が合図になったみたいに――


「リヴちゃん! 直輝くん! おめでとう~~!!」


 美咲先輩が腹の底から叫んだ。日本語だ。でも勢いは言葉の壁を越える。両手を振って突進してくる。止めたら俺が怪我する。止める間もない。


 続けてラナが異世界語で叫ぶ。


「きゃあ~! リヴ、やった~~!!」


 意味は分かる。分からない方がどうかしてる。ラナがリヴに抱きついて、リヴの肩が揺れた。リヴは涙のまま笑って受け止める。強い。


 周りの連中も一斉に杯を上げ、テーブルが叩かれ、笑い声が跳ねた。宴が一段、ギアを上げる。


 ヴァルターがでかい手で俺の背中を叩いた。ばん、ばん。祝福なのに容赦がない。


「やったな」


「痛っ……ありがとうございます」


 礼を言いながら、叩かれた勢いで一歩出る。間抜けだけど、今日はそれでいい。ギルドの連中が押し寄せて、工房の連中も混ざった。誰かが肩を掴み、誰かが指輪を覗き込み、誰かが「落とすなよ」と笑う。やたら近い。祝福ってやつは距離感が壊れる。


 美咲先輩は異世界語が分からないまま拍手している。それでも笑って頷いて、場の真ん中に居座ってるのがすごい。通じないのに、通じる顔をしてる。


 先輩が俺にだけ小声で聞いた。


「ねえ、今、私、何て言われてる?」


「……たぶん“祝福の女神”です」


「やめて。責任重い」


 冗談を返したら、喉が少し乾いた。笑いの熱の中で、急に自分の息だけが軽くなって、落ち着かない。


「自分で最初に叫んだんです」


「叫ぶのは得意なのよ!」


 胸を張る先輩の横から、誰かが杯を押し付けてきた。先輩はそれも受け取ったまま笑ってる。こぼれそうで手を出しかけたけど、引っ込めた。自力でやり切りそうだった。


 その瞬間、ラナが俺の前へ飛んできた。さっきまで泣いてたはずなのに、もう目が違う。嬉しさの勢いで突っ込んでくるやつだ。酔ってるのに焦点だけ妙に合っていて、背筋がぞわっとする。


「ナオキ! けっこん! やった! すごい!」


 叫びながらラナが、俺とリヴの手元を両手で掴んでぶんぶん振った。リヴの指輪が揺れて、抜けはしないと分かってても、反射で手首に力が入る。


「待て、揺らすな。いま大事なのはリヴのその指だ」


「だいじ! ラナ、まもる!」


「守り方が雑なんだよ」


 どっと笑いが起きた。笑いの波に背中を押されるみたいに、喉の奥の固さが少しだけほどける。俺はその笑いに紛れて、リヴの手を握り直した。逃げないって決めた手だ。今さら離せるわけがない。


 ラナは勢いのまま顔を上げて、リヴの涙を見つけたらしい。


「リヴ! うれしい? ないてる?」


 リヴが一拍置いて、喉の奥で笑いを作った。


「うれしい。……ないてない。ちょっとだけ」


「ちょっと! じゃない! いっぱい!」


 ラナが両手を広げて広間じゅうに見せるみたいに叫ぶ。指先が小さく震えているのが見えて、俺はうまく笑えなくなった。息を飲み直す。


「ラナ、ありがとう。いちばん最初に飛んでくるの、お前だな」


「うん! おいわい!」


 俺はリヴの手を少しだけ上げる。指輪が灯りを拾って小さく光って、また歓声が跳ねた。リヴの指がきゅっと俺に応える。そこだけで、もう十分だった。


 人混みを割って、ギルドマスターが出てくる。顔は怖いのに目だけ笑ってる。面倒なタイプだ。何か言って、リヴが短く訳した。


「『もう一度、皆の前で確認しろ。証人が多い方が後で揉めない』」


 揉めたら面倒だし、俺の胃が耐えない。俺は息を整えて、リヴの手を取って少し高く上げた。指輪が灯りを拾って光る。その小さな光だけで、場がまた静かになった。今度の静けさは温かい。


「俺はリヴと結婚する。ここで式を挙げたい。……以上」


 短く言って終える。これ以上しゃべると照れて崩れる。リヴが頷いて異世界語で言い直す。宣言が二回になると、冗談じゃなくなる。


 ミーナが少し離れたところで目を潤ませ、小さく拍手した。工房の誰かが、俺たちの手元に目を落とす。祝福の熱の中に、職人らしい現実が混ざってくるのが、嫌じゃなかった。


 親方っぽい男が俺たちの指を指して、短く言った。リヴが訳す。


「寝てる間に指輪が回ると、すっぽ抜けて落ちるって」


 落としたら大変だ。今夜の勢いでどこかに消えたら、笑えない。


「明日、工房で見てもらう。外れないようにしてくれ」


 即答すると、親方が頷いた。「明日やる」が積み上がって生活になる。式も同じだ。


 俺は指輪の位置を確かめるように視線を落とし、リヴの指が少し力を入れているのを見て、こっそり口元だけ上げた。リヴは気づいたのか、目だけで小さく笑う。


 その袖を、今度は美咲先輩が引っ張った。日本語で、やけに真面目な声。


「ねえ、婚姻届みたいなの、要るの?」


「先輩、急に現代の話に戻らないでください」


「戻りますよ! 私、現代人ですから!」


 異世界の連中は分からないまま笑っている。意味が分からなくても、笑いなら場に参加できる。先輩は折れない。拍手で回してる。助かる。


 リヴが俺の袖を引いた。小さな合図。二人の合図だ。


「ナオキ……うれしい」


「俺も。……ちゃんと言えてよかった」


 リヴが小さく頷いて、指輪の光を見下ろした。指先がそっと撫でる。その仕草がやけに丁寧で、俺は喉の奥を一度だけ鳴らした。


 ……少しだけ間を置いて、彼女がもう一回、唇を動かす。


「ナオキ。さっきの、こども……」


 宴の音が少し遠くなる。俺は一歩だけ近づいて、外野の入り込む隙間を塞いだ。肩が触れる距離で、リヴの息が浅くなる。


「怖いの、分かる。だから調べる。できることは全部する」


 リヴの指先が俺の袖をきゅっと掴む。


「でも、それで答えは変えない。俺が決めた」


 リヴがふっと息を吐いて、頷いた。小さく、でもはっきり。


「……うん」


 そこへ美咲先輩が、今度は堂々と割って入ってきた。空気を読んでないようで、読んだ上で踏み込んでくる。


「はいはい! 二人だけの空気は後! 今、写真!」


「先輩、ここ、写真の文化あります?」


「文化は作るの!」


 先輩が黒い板――スマホを掲げた。異世界側が「なにそれ」という顔をして、身構える者まで出てくる。やめろ、拝むな。


 リヴが小声で俺に言う。


「ミサキ、また、まほう?」


「だいたい魔法です」


「すごい。ミサキ、やっぱり女神」


「やめろ。……喉がまた乾く」


 先輩が慌てて手を振る。その必死さだけは通じて、結果としてまた笑いが起きた。笑いながら寄ってくる連中が増えて、肩がぶつかる距離に輪ができる。


「ほら、並んで! こっち見て! 笑って!」


 先輩の指示は強い。強さは共通語らしい。リヴが俺の隣に来て、肩が触れた。近い。ここで変な顔をしたら、一生言われる。


「直輝くん、顎引いて! リヴちゃん、耳かわいい! はい、ピース!」


「先輩、耳を褒めると固まります」


「固まってもかわいい! さん、にー、いち!」


 乾いた音がして、異世界側が一斉に肩を跳ねさせた。誰かが魂が抜けたみたいな顔をして、誰かが「抜けてない」と笑う。笑いが回る。リヴの肩が俺にぶつかって、俺は反射で背筋を伸ばした。


 言葉が通じないのに、場が回る。リヴがいるからだ。先輩が折れないからだ。何より、俺が逃げなかったからだ。


 だから今夜だけは、この熱を手放さない。俺はリヴの手をもう一度だけ握って、指輪の位置を確かめるみたいに親指を添えた。明日からは段取りで前に進めばいい。今夜は、ただ受け取る。

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