表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~  作者: ひろボ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

167/173

メンテが明けた日

 世界樹のメンテが明ける。そんな予感が、朝からずっと腹の底に張りついていた。


 理由は単純だ。電源も入れていないテレビが、静かじゃない。


 黒い画面の奥を、白い粒が横切る。音はしない。けど、止まっているはずのものが動いている気配だけが、皮膚の内側に触れてくる。俺は無意識に、手のひらの汗をズボンに拭った。


「……は? テレビにOSなんて入ってないだろ。安い中古だぞ」


 口にした声が、部屋に落ちたまま戻ってこない感じがした。舌先で口の中を転がして、乾きを誤魔化す。


 その瞬間、画面の端が白く瞬いた。ノイズが寄って、固まって、整いすぎた文字列になる。途中から表示されたみたいに、数字だけが落ち着いた。


 PORTAL CHECK [2/4] …… OK

 VISUAL …………………… OK

 STABILITY ……………… 50%


 冗談みたいにきっちりしてる。なのに笑えない。触ってもいない指先が熱くなって、俺は反射で拳を握り込んだ。


 この感触は知ってる。境界が開く直前の、あの息づかいだ。


 俺は振り向いてリヴを――


「リ――」


 名前を呼び切る前に、視界が白くはぜた。


 音が消えた。匂いが消えた。足元の重さだけが抜け落ちて、膝が落ちる感覚が先に来る。俺は踏ん張るはずの床を探して、空気を掴んだ。


 次に気づいたとき、俺は白い空間に立っていた。


 床も壁も天井も分からない。どこまでも白い。足元だけが「ここにある」と主張していて、他は薄い。薄いくせに逃げ場がない。


「リヴ!!」


 喉が焼けた。声が白に吸われる。返ってくるものが、何もない。


 俺だけが呼ばれた。


 理解した瞬間、背中に汗が浮いて、指先が冷えた。視線だけが忙しくなる。見ても意味がないのに、どこかに答えがある気がしてしまう。


 ――ここは、どこだ。


 答えは向こうから来た。


『礼を言う。お前たちのお陰で崩壊は免れた』


 低い声だ。響くのに耳じゃない。頭の奥に直接届く。方向がない。前も後ろもない白の中で、空間そのものが喋っている。


 俺は唾を飲み込んで、声を出した。出さないと自分が薄くなる。


「世界樹なのか?」


 自分の声だけがやけに生々しい。喉が鳴って、余計なことが口から滑りそうになるのを、歯で止めた。


「……前はカタコトで命令みたいだったのに、今日はずいぶん流暢だな」


『崩壊が進み、力もなく、あれが精一杯だった』

『今は完全に崩壊核を隔離したことで、抑えに回していた分の余力がある』


 余力。


 その単語が、腹の奥に残った。余力がなければ喋れない。喋る余裕すらなかった。俺は一度、手を太ももに押し当てた。指先が勝手に動くのが嫌だった。


「じゃあ、もう危険はないってことか。異世界に渡ることも――」


 そこで止めた。聞きたいことがある。ずっと喉の奥に引っかかって、飲み込めないまま残ってたやつだ。


「ひとつだけ、訪ねたい」


 白が黙ったように感じる。沈黙が圧になって胸を押す。俺は目を逸らしたくなって、逸らせないまま堪えた。


「俺の世界にポータルを開いたのは、あんたの計画だったのか。リヴとの生活も、俺たちがやってきたことも……最初から仕組まれてたのか?」


 言い切った瞬間、心臓が一回だけ強く鳴った。肩が硬くなる。胸が勝手に浅く上下して、息がうるさい。


 返ってきた声は淡々としていた。


『あの娘に素養はあった。だが導くには私に力が残っていなかった』

『境界の隙間を門として開けることしか出来なかった』

『すべてはお前たちが自身で行動し、崩壊から救った。だから礼を言う』


 計画じゃない。導きじゃない。門を「開けただけ」。


 その事実が、背中に冷たい汗を作った。俺の喉がきゅっと締まって、声が擦れる。


 俺たちが封印地に入り、崩壊核に辿り着き、止められたのは――偶然に近い。少しでも遅れていたら。俺が逃げていたら。リヴが踏み出せなかったら。


「……今さら、怖いな」


 声が勝手に漏れた。言いたくないのに、口が先に動く。


『崩壊核の修正は数百年程度で完了するだろう』

『もう境界の門を維持する理由もなくなった』


 数百年、という単語が宙に浮いて、すぐ落ちてこない。けど、その次が落ちた。


 維持しない。


 行き来が、終わる。


 俺は足を出していた。床も距離も曖昧なのに、前へ出るしかなかった。手が空気を掴んで、掴めなくて、指が空を切る。


「待ってくれ」


 声が裏返りそうになって、俺は喉を押さえたくなる。


「リヴをあの世界に連れて戻るくらいはさせてくれないか。行き来を完全に止めるのは――」


『……境界の門を開けておくのは危険だ』


 硬さが落ちてくる。叱ってるんじゃない。ただ、そういう仕様だと告げてくる硬さ。


 俺は唇の裏を噛んだ。言い返す言葉が見つからないのが悔しい。


『そこで、これを渡そう』


 白い空間に光が生まれた。丸く結んで、形を持って――次の瞬間、俺の目の前に落ちてくる。


 二つの指輪。


 息が止まる。喉がきゅっと鳴って、音にならない。


「……俺が買った指輪だ。しかも、同じものが二つ?」


 片方は俺の手元にあるはずの指輪。もう片方も同じ意匠で、同じ光沢で、同じ重さをしている。胸がざわつく。指が伸びかけて、途中で止まる。


『それを身に着けておけば、境界は開く』

『そしてお前たちも共に朽ちる』


「……物騒な言い方だな」


 背筋に冷たいものが走った。でも意味は分かる。安全になるわけじゃない。断裂は残る。鍵があれば開く。代わりに、代償もついてくる。


 俺は指輪から目を逸らさずに言った。


「通行証みたいなものか。……これをくれるってことは、行き来を認めるんだな」


『礼のようなものだ』

『境界の断裂は変わらぬ。気をつけよ』


「気をつけよ」が軽くない。首筋がじわっと熱くなる。


 俺は一度、言葉を喉で転がしてから出した。


「ありがとう。まだ、どっちの世界でもやり残したことがある」


 白がほんの一拍置く。


『崩壊核――お前たちが魔素喰いと呼ぶ残滓が残っているやもしれん』

『その時は頼んだぞ』


 頼む。


 命令よりずっと重い。俺は返事を探して、息だけが先に出た。逃げたくなる自分を、足裏で踏ん張って止める。


「……分かった。逃げない」


 返した瞬間、白い光がいきなり近づいてくる。距離の概念がないのに、迫ってくる。逃げ場がない。


「おい、待っ――」


 視界が、もう一度はぜた。


 次の瞬間、俺はいつもの六畳間に立っていた。


 テレビは黒い。ノイズも表示も消えている。部屋の匂いも、蛍光灯の白さも、全部「いつもの」まま。なのに胸だけが落ち着かない。鼓動が、さっきの白を引きずってる。


「ナオキ、どうしたの。ぼーっとして」


 リヴが覗き込んでくる。翡翠色の目が近い。俺は一度瞬きをして、時計を見る。秒針は何事もなかったみたいに動いていた。


 一瞬だった。夢の中に瞬きひとつ分だけ落ちたみたいな。


 ――手の中が重い。


 見れば、俺は二つの指輪を握りしめていた。


 反射でズボンのポケットに押し込む。動きが雑になると、リヴに当てられる。指先だけで押し込んで、手を引っ込めた。


「……今、世界樹に呼ばれてた」


 リヴの目が大きくなる。息が止まって、それから短く戻る。


「世界樹。ナオキ、ひとり?」


「ああ。俺だけだった。崩壊を止めた礼だって言われた」


 言いながら、ポケットの中の硬さを意識しないようにする。鍵でもある。厄ネタでもある。何より厄介なのは、これが結婚指輪ってことだ。プロポーズ未遂の男が二つ持つには、破壊力が強すぎる。


「メンテは終わった。たぶん今日だ」


 リヴは胸に手を当てて、肩の力を少し抜いた。安心と怖さが混ざった顔のまま、俺の口元を見てくる。


「むこう、静か? こわい、へった?」


「完全には分からない。でも、世界が崩壊するレベルの危機は、いったん止まったって言ってた」


 リヴの喉が小さく鳴った。俺は頷いて、次にやることを口にする。考えるより先に、手順を決めないと崩れる。


「美咲先輩に連絡する」


 スマホを取り出してメッセージアプリを開く。指が震えないよう、文字をゆっくり打った。


『世界樹のメンテが終わったようです。詳しくは会ってから話しましょう』


 送信。


 既読がつくまでの数秒が、妙に長い。ポケットの中の指輪が、呼吸のたびに存在を主張してくる。俺はスマホを握り直して、掌の感触で現実を固定した。


 その日の夕方。駅前のカフェで、美咲先輩と向かい合った。


「世界樹のメンテ、終わったって……本当?」


 先輩はまだ半信半疑の顔をしている。俺はコップの水に指先を触れて、冷たさを確かめてから頷いた。


「本当です。世界樹に呼ばれました。崩壊核は隔離できたって」


「隔離、って……そんな軽く言われても困るんだけど」


 先輩の指がコップを強く握る。関節が白い。視線だけが落ち着かない。


「でも終わったなら、次は?」


「向こうに報告に行きます。残りがあるかもしれないって言われたし、黒い枝の件もある」


 言い切ると、先輩の呼吸が一瞬止まった。止まってから、ゆっくり吐く。


「行くのね」


「行きます。……それで、先輩にも来てほしい」


「え。私が?」


「はい。向こうを見てほしい。今まで助けてもらったし、今さら置いていくのも嫌です」


 先輩はすぐ答えなかった。コップの縁を指先でなぞって、少しだけ遠くを見る。考えるときの癖だ。


「有給……取れるかな」


「取ってください」


 自分の声が強く出たのが分かって、俺は咳払いで誤魔化した。先輩は苦笑して、頷いた。


「分かった。行く。怖いけど……見届けたい。二人が背負ってるもの、私もちゃんと見る」


 胸の奥の重りが少し落ちる。その勢いで、次の言葉が喉まで上がってきて止まった。


 言うべきだ。ここで言わないと、ずっと言えなくなる。


 俺は一度、指先を膝で押さえてから口を開く。


「……もうひとつ、お願いがあります」


「まだあるの?」


「あります」


 先輩が目を細める。その沈黙の温度で腹が決まりかけたところで、先輩が先に刺した。


「ねえ、直輝くん」


 本名で呼ばれると背筋が伸びる。俺は返事の代わりに顔を上げた。


「異世界でリヴちゃんと結婚式したいんでしょ。私に出席してほしい、って言いたいんでしょ」


 心臓が跳ねた。コップがわずかに鳴って、俺は慌てて指を離した。


「……なんで分かったんですか」


「指輪まで買っておいて今更でしょ」


 即答だった。先輩は少しだけ視線を逸らし、声を落とす。


「喜んで、って言いたいよ。すごく言いたい。でもさ」


 視線が戻ってくる。逃げられない角度だ。


「プロポーズはしたの?」


 俺は黙った。喉が鳴って、言葉が出ない。


 先輩の眉が吊り上がる。


「……してないの?」


「……してないです」


「うそでしょ」


 先輩は額に手を当てた。指先が強い。怒ってるのに、心配の方が先に出てる顔だ。


「私、どんな顔して式に行けばいいの。もし振られたらどうするのよ。異世界で気まずい空気、地獄じゃん」


「……振られない、って言い切る自信はないです。でも、逃げたままにしたくない」


「根拠が弱い」


 短く刺される。先輩らしい。俺は口を閉じたまま、手のひらに爪を立てた。


 先輩は息をひとつ吐いて、言葉を続ける。


「プロポーズはね、覚悟。言葉で相手の人生に踏み込むってこと。自分も引き返せなくなるってこと」


 胸をトントン叩いてから、先輩は視線を泳がせた。


「で、ここから先は恋人もいない私が言うと自爆するんだけど」


「自爆って何ですか」


「する。もうしてる。ダメージが静かに来てる」


 真顔で言うから、笑いかけた喉が乾いた。俺は咳払いで誤魔化して続きを待つ。


「でも言う。プロポーズもしてない男が、結婚式の段取りだけ進めてるのが腹立つから」


 先輩が指を立てる。


「順番を守れ。まず言え。逃げるな」


「……すみません」


「謝るな。やれ」


 短い命令が腹の底に落ちた。逃げ道が閉じた音がした気がして、俺は背筋を伸ばす。


「ちゃんとリヴちゃんに言いな。言葉にしなきゃ伝わってないのと同じ。向こうは向こうで怖いんでしょ?」


 胸が熱くなる。怖いのは断られることだけじゃない。俺の言葉で、リヴの人生を決めてしまうことだ。


 でも、決めてる。


 俺は頷いた。今度は逃げないための頷きだ。


「……分かりました。ちゃんと言います」


「それでいい」


 先輩はやっと笑って、肩の力を抜いた。


「よし。じゃあ私は、喜んで出席するって言える」


 それから、わざとらしくため息をついて視線を天井にやった。


「いいなあ、異世界で結婚式。私もどっかに扉落ちてないかな。イケメン付きで」


「先輩、現実逃避してません?」


「してる」


 即答だった。


 俺は苦笑してスマホを握り直した。ポケットの中の硬さが、まだ消えない。


 リヴに言う。向こうへ行く前に。


 今度は逃げない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ