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32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~  作者: ひろボ


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青いガラスの海

 世界樹の修復が始まった影響で、あちら側の世界は当面メンテナンス中だ。ようやく回ってきた「こっち」での休日——そう分かっているのに、起き抜けの指先が、いつもの癖でテレビのスイッチへ伸びかける。


 俺は鼻先で笑って、空を切った手を引っ込めた。


 電源の落ちた黒い画面は、ただ静かに部屋の景色を映している。もう追いかけなくていい。そう思っただけで、胸の奥が少しだけ軽くなった。


「ナオキ。いま、向こう覗こうとしたでしょ」


 背後から声が飛んでくる。振り返ると、リヴが素足でフローリングに立っていた。寝起きの髪が跳ねてるのに、目だけはやけに冴えていて、俺の指先の迷いまで拾ってくる。


「当てんなよ……」俺は一拍置いて肩を落とす。「いや、正解。まだ身体があっち向いてる」


「やった。勝ち」


「勝ち負けじゃねぇって。俺が勝手に負けてんだよ」


 リヴがくすっと笑って肩をすくめる。その動きひとつで、俺の中の硬さがほどけた。昨日までが嘘みたいに、部屋が静かだ。


「今日はテレビなし。仕事もなし。朝メシ食おう」俺はキッチンへ向かいながら言う。「腹、減ってるか?」


「うん。すごい。ぺこぺこ。いま鳴った」


「言い方、増えてるな。どこで仕入れた」


 リヴはちょっと胸を張って、目だけで「見て」と言ってくる。


「練習した。ナオキがいないときに。びっくりさせたかった」


「びっくりしたわ。朝から強い」


 俺はマグカップを二つ並べて、コーヒーを落とす。香りが広がると、リヴの視線が砂糖の瓶に吸い寄せられた。分かりやすすぎて、笑いそうになる。


「飲む?」


 瓶をリヴの側に寄せると、指先が少しだけ前に出た。止めた。自分で止めたのが偉い。


「……砂糖は“ちょっと”な」俺はわざと低い声で言う。「今日それ守れたら、俺が勝ちにしてやる」


「勝つ。ぜったい。ちょっと」


「宣言早いな。破ったら明日から没収」


「……う」リヴが口を尖らせて、でもすぐ頷いた。「守る」


 椅子に座ると、両手でマグを包む。ふーっと長く息を吐いた。湯気の向こうで目が細くなる。肩の力が抜けていくのが見て取れた。


「……落ち着く。あったかいの、中までくる」


「それでいい」俺も自分のマグを持ち上げる。「休みってのは、こういうのが一番だ」


「ナオキ、やさしい。いつもより……声、やわらかい」


 言い切る前の間が真面目すぎて、俺は反射で視線を逸らした。喉が乾くのを誤魔化すみたいに一口飲む。


「褒めても砂糖増えないぞ。自分で決めた量で飲め」


「増えないの? ナオキ、ときどきケチ」


「決まりだ」俺は口元だけで笑う。「……でも、飲み切れたら偉い」


 リヴが勝ったみたいに笑って、俺も釣られて吹き出した。こういうやり取りが、身体をこっちに留めてくれる。


 コーヒーを飲み終えたリヴが、急に背筋を伸ばして俺の顔を覗き込んできた。近い。呼吸が一瞬だけ浅くなる。


「ねえ、ナオキ。おねがい」


「ん?」俺は眉を上げる。「急にどうした」


「今日、どこか行こ。お休みのところ」


 言い方が、少しだけ弾んでる。


「いいよ。リヴの行きたいとこで」俺は頷く。「どこだ?」


「水がいっぱい。魚がいっぱい。大きいガラスの向こう、ぜんぶ青い」


「水族館だな」俺は即答して、すぐ続ける。「朝メシ食ったら、昼前に出よう。約束する」


「約束、うれしい」


 それから、声が小さく落ちる。


「……おいていかないで」


 胸の奥が熱くなった。俺はそれを見せないように、冷蔵庫を開ける。冷気が指先に当たって、ちょうどいい。


「卵とパンとヨーグルト。どれいく?」


「ぜんぶ」


「即決かよ」


「おなか、欲張りになってる」


「休みだしな」俺は肩をすくめる。「全部出す」


「うん。休みは、欲張っていい。そう決めた。練習もした」


 卵を焼き、パンを切り、ヨーグルトを並べる。リヴは一口食べた瞬間、眉をきゅっと寄せてスプーンを止めた。


「……すっぱい。これ、まちがってる」


「だから甘いやつにしろって言ったろ」俺は笑う。「蜂蜜足す?」


 リヴはもう一口だけ確かめるみたいに食べて、目を細めた。


「でも、すき。目、シャキッとする」


「好きならその顔やめろ。酸っぱさが伝染する」


「顔、かってに動く」リヴがちょっとだけ悪い顔をする。「ナオキ、おもしろい」


「じゃあ、そのまま完食」


「たべる。ぜんぶ。お出かけする」


 返事がやけに真面目で、俺は笑いながら皿を片づけた。


 片づけを終えてスマホを取り出し、美咲さんに送る。


『今日、水族館行けますか? リヴの希望です』


 既読はすぐについた。


『行けるわよ。昼前に迎えに行く。二人とも朝食は済ませた?』


『食べました。パンと卵とヨーグルトです。あとコーヒーも』


『コーヒーは食事じゃないけど、まあ良し。車内でつまめるのも買っていくわね』


 助かります、と打ち込もうとした瞬間、横からリヴが覗き込む。覗き方が真剣で、目がまんま「任務」だ。


「ミサキ、くる? いっしょに行ける?」


「ああ、来るって」俺は画面を見せる。「迎えに来てくれる」


「やった。水族館、教える」


 リヴは弾むようにクローゼットへ向かい、フード付きのパーカーを引っ張り出した。布を広げる手つきに迷いがない。


「今日は耳、隠す。ぜったい」


「うん。耳出たら面倒だろ」俺は笑って頷く。「今日は静かに見たい」


「面倒、きらい。魚、静かに見たい」


「俺も。観光客でいこうぜ」


 目が合って、二人で笑った。笑ったのに喉が乾く。俺は水を一口飲んで、その間を消した。


 戸締まりを確認したところでインターホンが鳴る。玄関を開けると、休日のラフな格好の美咲さんがコンビニ袋を提げて立っていた。


「おはよう。はい、車の中で食べて。お腹が空くと露骨に機嫌が悪くなる人が約一名いるから」


「俺のことですね」俺は苦笑して手を伸ばす。「否定しません。気をつけてはいるんですけど」


「自覚があるならよろしい。準備できてるなら、すぐ出発しましょう」


 美咲さんの視線がリヴへ向く。リヴは一呼吸置いて、意識して明るい声を作った。胸の前で指が一瞬絡まって、すぐほどける。


「ミサキ、おはよう!」


「おはよう、リヴちゃん。いい返事ね。どこか痛いところはない?」


「元気。おなか、少しだけ、すいた。ミサキのごはん、たべる」


「いい答え。じゃあ車で一口ずつね」


「うん。約束」


 美咲さんが目を細めたあと、俺を覗き込む。


「直輝くんも。今日は笑顔、増やしなさい」


「努力してみます」俺はわざと真面目に言う。「顔の筋肉が固まってなきゃいいんですけど」


「努力じゃなくて普通にしなさい。……それが難しいんでしょうけど」


 刺さる。俺は降参の意味で片手を上げて、二人を車へ促した。


 車内は、美咲さんが運転、俺が助手席、リヴが後部座席。リヴは窓に頬を寄せて、流れる街並みを夢中で追っている。


「人、いっぱい。みんな、どこ行くの?」


「土曜だしな。買い物とか遊びとか」


「みんな、はやい。いそいでる?」


「急いでるやつもいる。でも今日は急がない」俺は少しだけ振り返る。「ゆっくり行こう」


「うん。今日は、ゆっくり」


 水族館が近づくにつれて、リヴの声が弾む。


「うみ、ほんとうにある? 偽物じゃない?」


「ああ。本物。ガラスの向こう、青い世界だ」


「魚、近い?」


「近い。すぐそこ」


「……目、合う?」


「合う」俺は言い切ってから、息を吸う。「合うってことにしとけ」


 美咲さんが前を見たまま口を挟む。


「直輝くん、今の言い方いい。余計な逃げを作らない」


「はい……」


 後ろでリヴが嬉しそうに笑って、俺もつられて笑った。


 駐車場に車を止め、チケットを受け取って人の流れに乗る。リヴはフードを深く被り、時々俺の袖を指先でつまむ。入口付近のスピーカーからスタッフの声が流れた。


『本日は館内混雑しております。安全のため、走らずにご観覧ください』


 リヴが戸惑ったように袖を引く。


「ナオキ。いまの、なに? 『かんらん』むずかしい」


「走らないで、歩いて見ろって意味。慌てるな、ってこと」


「歩くの、いい? ゆっくりで、いい?」


「ああ。ゆっくりが正解」


「わかった。リヴ、ゆっくり見る」


 真面目すぎる返事に、俺は口元を緩めた。隣で美咲さんの肩が小さく揺れる。笑いをこらえてる。


 通路を進む途中、リヴがフードを直そうとして耳の端が覗きそうになった。


「耳、出かかってる」俺は声を落とす。「止まって直せ」


 リヴは慌てて足を止め、両手でフードを押さえる。呼吸が一度だけ速くなって、すぐ整った。


「だれか見た? 大丈夫?」


「少しだけ。まだ間に合う。自分でいけるか?」


「いける。ていねいにやる」


 指先を慎重に動かして耳を隠し直し、終わるとふうっと息を吐いて胸を張った。


「できた……完璧」


「合格。行くぞ」


「完璧! 行こう!」


 館内に入った瞬間、ひんやり湿った空気が肌を撫でた。照明が落とされた通路の先に、深い青の水槽が浮かび上がる。魚の群れが銀色の線になって流れていく。


「……うわ」


 リヴが息を漏らして、すぐ笑った。


「ねえ、ナオキ。あれ、生きてる。絵じゃない」


「ああ。本物。ちゃんと泳いでる」


「……ずっと動く。止まったら、どうなる?」


「止まったら——」


「怒られないわよ」


 美咲さんがさらっと割って入る。


「ぶつかりそうなら避けるの。みんな分かってる」


「ナオキ、嘘つき。ミサキ、正しい」


 ジト目が刺さる。俺は手を上げた。


「……すみません。盛りました。安心して見てろ」


「うん。ナオキ、あとで反省」


「あとで反省って言い方、重いんだけど」


 冗談で返したのに、指先に少し力が入っていた。俺は息を吐いて、その力を抜く。


「迷子になったら大変だから、手を繋ぎましょうか」


 美咲さんが言うと、リヴは即答した。だけど声は少しだけ小さくなる。


「……つなぐ。ミサキ、離さないで」


 美咲さんの手を取って、すぐにもう片方を俺へ差し出す。


「ナオキも。三人、いっしょ」


「よし。離れるなよ」


 リヴが俺の指をぎゅっと握ってくる。手のひらの温度が、今ここにいる証拠みたいで、俺は少し笑った。


 クラゲのコーナーでは、透明な体がライトに照らされて色を変える。リヴは瞬きを忘れたみたいに見つめていた。


「……きれい」


「触るなよ。刺されるのもいる」


「見るだけ。約束」


「ああ。近くで見るのはいい」


 リヴが顔を寄せすぎる。


「近い。息で曇るぞ」


「くもる?」


「白くなる。見えなくなる」


「……ちょっとだけ」


「やるな」


 リヴはわざと「ふー」と吹いて端を白くし、満足そうに笑った。


「できた。おもしろい」


「こら。移動するぞ」


「ナオキ、笑ってる。おこってない」


「……笑ってない」俺は咳払いする。「次、ペンギン」


 美咲さんが横で肩を震わせている。結局、俺も負けてる。


 ペンギンのエリア。地上でよたよたしていた一羽が、水に入った瞬間、矢みたいに泳ぎ去った。リヴが腕を組んで唸る。


「……ずるい。不公平」


「何がだよ」


「歩くの下手。水の中、別になる。切り替え、はやい」


「確かに二つの顔だな」


 一羽が岩場に上がって、こっちをじっと見た。リヴは真顔で受け止める。


「……目、合った。リヴ、仲間だと思われた」


「歓迎されてるのかもな」


「ナオキ。あれ、ナオキの親戚? 似てる」


「俺を何だと思ってんだ」


「親戚。きめた。ナオキ、ペンギン」


 美咲さんが耐えきれず、むせて笑った。


「ごめんなさい……面白すぎて……!」


「笑うなよ」俺は手を振る。「リヴ、勝手な設定増やすな」


「増やす。ナオキ、誇って」


「誇れるか」


 俺が降参して両手を上げると、リヴは満足そうにペンギンへ視線を戻した。


 途中のベンチで休憩する。美咲さんが用意してくれたサンドイッチを広げ、三人で並んで噛む。パンの音がやけに落ち着く。


「こういう休日、いつ以来だろうな。遠い昔みたいだ」


 俺の呟きに、美咲さんが横目で見る。


「今日はちゃんと休日らしい顔してるわよ」


「俺、普段そんな酷いですか」


「ええ。即答できるくらいには」


「……手厳しい」


 リヴが頬張ったまま大きく頷いた。


「ナオキ、いつも顔、まじめ。かたい。でも今、笑ってる。だから、いい」


 その「だから」の言い方が、妙に真っ直ぐで、俺は笑うしかなかった。


「次、何見る? リヴちゃん」


「さかな。一番でかいところ。海、そのまま」


「大水槽だな。最後に行こう」


 売店を通りかかると、リヴがサイズ見本のリングに目を留めた。指先で空中をなぞる。


「ミサキ。これ、なに? ゆびの、わっか」


「指輪のサイズを測る道具よ。指に当ててみる? 奥まで入れないでね」


「やる。どれ、合う?」


「落とさないで。慎重に」


 美咲さんが次々にサイズを変えて、ぴたりと合うものを選ぶ。迷いがない。


「……ミサキ、はやい。魔法みたい」


「仕事で散々見てきたからね」


「リヴも、できる?」


「練習すればできるわよ」


 そのやり取りを見ているうちに、俺はつい口を挟んだ。


「リヴ、記念に何か欲しいか? キーホルダーとか」


 リヴは一瞬だけ考えて、すぐ答える。


「あお。青いの。わすれないように」


「即決か。水族館らしいな」


「青、すき。この場所のいろ……これ」


「青いイルカのキーホルダーだな。よし、それにしよう」


「いい! 宝物!」


 リヴが拍手して、美咲さんが満足そうに頷く。


「直輝くん、今の気配りはポイント高いわね」


「ポイント稼いでません。普通です」


「その普通ができるようになったのが成長よ」


 俺は照れ隠しに視線を逸らし、レジへ向かった。耳の奥が少し熱い。


 最後の大水槽。天井まで届く巨大なガラスの向こうに、果てしない青が広がっていた。ジンベエザメの影が悠然と頭上を通り、その後ろを魚たちが流れのように追いかけていく。


 リヴは立ち尽くし、ただ見上げた。


「……でかい。世界、ひろい」


「ああ。広いな」俺は息を吐く。「これでも、ほんの一部だけど」


「さかな、いっぱい。みんな、いっしょ」


「写真、撮るか?」


「撮る! リヴと、いっしょ!」


 俺がスマホを構えると、リヴはフードを深く被り直して耳を隠した。それから小さく肩を下げ、息を整えるみたいに笑う。


「はい、チーズ……よし」


 リヴが画面を覗き込み、目を見開いた。


「リヴ、写ってる。うしろのサメも、笑ってるみたい」


「ちゃんと写ってる。残るやつだ」


「消えない?」


「消えない。バックアップも取る。安心しろ」


 リヴは指先で画面をなぞって、それから俺をじっと見た。言葉の前に喉が小さく動く。


「ナオキ。まだ帰りたくない。飽きるまで見てていい?」


「いいよ。時間ある」俺は頷く。「納得するまで見ろ」


「飽きない。ずっと……ナオキも、いっしょ」


「言い切るな」俺は苦笑して息を吐く。「まあ、今日くらいな」


「言い切る。ここ、いたい。ナオキと」


 冗談じゃない温度で言われて、俺は一瞬だけ言葉に詰まった。詰まった分、ちゃんと息を吸う。


「分かった。今日は、ここにいよう」


 美咲さんが隣で俺の肩を軽く叩いた。


「いい休日になったわね。直輝くん、笑顔多めで最後までお願い」


「はい。美咲さんも、付き合ってくれてありがとうございます」


「お礼は後で聞くわ。覚悟しておいて」


「……はい、承知しました。お手柔らかに」


 リヴが声を出さずに笑って、俺の袖をちょんと引く。


「ナオキ、やっぱりやさしい。ずっと前から、知ってる」


「それも、さっき聞いた」


「何回でも言う。ナオキが笑うまで。リヴの仕事」


「……分かったよ」俺は小さく笑って、指先の力を抜いた。「ありがとうな。いい休みだ」


 リヴは満足そうに頷いて、また青い世界へ視線を戻す。美咲さんも並び、俺たちは三人で静かに魚たちの舞いを見上げた。

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