表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~  作者: ひろボ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

155/173

世界の裏側と十秒の刃

 テレビの黒が、こちら側を飲み込んだ。


 落ちた、ってほどの衝撃はない。まばたき一つで足元が変わっていた。冷たいコンクリートも、狭い六畳間も消えている。色のない“なにか”が一面に広がっていて、目には真っ暗にしか見えないのに、踏めば硬さだけは返ってきた。沈みもしない。揺れもしない。


 上も下も分からない。


 代わりに、遠くで二枚の“薄い膜”が向かい合っていた。


 ひとつは青と緑と灰色が混ざった膜で、陸と海と雲の色が滲んでいる。もうひとつは土と森と街灯りみたいな色。その二枚の真ん中、どっちとも言えない位置に黒い塊が浮かんでいた。


 崩壊核。


 見た瞬間に分かった。あれが世界を喰ってる本体だ。言葉にする前に身体が先に理解して、背中の皮膚が薄く引きつる。


 リヴが俺の袖をぎゅっとつまんだ。胸元を押さえる指にも余計な力が入ってるのが、服越しに伝わる。


「……ここ、なに?」


 声は小さい。けど、折れてない。


「世界の裏側、だろうな。少なくとも俺の部屋じゃない」


 言い終わったあと、自分の声が妙に遠くで響いて、遅れて戻ってきた。足音も鼓動も、一度どこかへ吸い込まれてから返されるみたいで、感覚の縁がぼやける。


 リヴは胸元を押さえたまま、膜のほうへ目を向けた。視線は落ち着かないのに、耳だけは拾い続けている。


「……世界樹の根っこみたいな音がする。すごく深いところで……いっぱい、何かが動いてる」


 言葉が途中で途切れて、喉が一度鳴った。


「だろうな。ここまで来た時点で、世界樹の内側に触れてる」


 俺にも分かることがある。二枚の膜の色が、見覚えのある配色をしていた。


「あっちが、多分こっちの世界だ」


 土と森と街灯りの膜を指さす。指先の向きひとつでも、ここでは少し頼りない。


「で、あっちが――地球だ」


 青と緑の膜へ振ると、リヴが目を細めて鼻先をわずかに動かした。


「……本当だ。あっちは、魔素の匂いがほとんどしない」


「そういう星だからな。だからこそ、余計に怖い」


 言いながら、胸の奥がぞわっとした。


 二枚の膜のちょうど真ん中で、黒い塊がじわじわ広がっている。中心は手のひらサイズくらいの“シミ”だ。ただの丸じゃない。見ていると形が乱れて、にじんで、別の形に変わる。止めたはずの映像が勝手に崩れるみたいな黒。


 その周りから、黒い糸が何本も伸びていた。


 ――黒い枝。


 俺たちの世界で見てきたものよりずっと細く、ずっと多い。髪の毛みたいな細さで、根っこみたいに二枚の膜のあちこちへ伸びている。


「……数、おかしくない?」


 リヴの声がわずかに震えた。袖をつまむ指の圧が、さらに増す。


「おかしい。あの“枝狩り”で折ってるの、ここの一本一本から見たら先っぽだ」


 眺めてるだけで目が追いつかない。崩壊核は巨大な本体を振り回すタイプじゃない。世界の底に貼り付いた黒いシミから、果てしない数の“試し”を伸ばしている。その先が、畑や森や井戸に出てきてる黒い枝なんだろう。


 探索用の触手。魔素喰いの侵食の手。


 そう腑に落ちた瞬間だった。黒い枝の一本が、青と緑の膜に触れた。


「……っ」


 ぞわり、と背中が冷たくなる。地球側だ。黒い糸みたいな枝が膜の表面にしみ込もうとした、その瞬間――膜が白く光った。


 ぱん、と、聞こえるか聞こえないかの音。細い線が走る。膜の上を一直線に、白い線が十数メートル分すっと滑った。


 黒い枝の“境目”に、それが当たる。


 次の瞬間、枝が切れた。先っぽがぷつんとちぎれて、青と緑の膜の上でじゅうっとしぼむ。残りの本体側は弾き飛ばされるみたいに、黒い塊へ戻っていった。


 白い線はそれっきりで、何もなかったみたいに膜は元の色へ戻る。


「今の、見た?」


 リヴが目を離さないまま言う。声の温度だけが、少し下がってる。


「見た。……刃みたいだった」


 返しながら、俺は無意識に息を数えていた。


 一、二、三、四、五、六、七、八、九――十。


 その瞬間、別の場所でまた黒い枝が膜に触れた。今度は少し離れてる。けど同じだ。枝がにじんだ瞬間、白い線が走り、枝を“境目”で断ち切る。


 枝は中に入りきれない。境界で、必ず切られる。


 俺はゆっくり息を吐いた。肺の奥の熱が、遅れてほどける。


「ああ……なるほどな」


「ナオキ?」


 呼ばれて、俺は目だけで返してから言った。


「……十秒だ」


 自分でも変な声が出た。


「十秒?」


「枝が膜に触ってから、切られるまで」


 もう一度数える。枝が触る。膜が薄く揺れる。一、二、三――十。白い線が走る。枝が切れる。


 三回続けて見て、確信に変わった。


 十秒。十秒で、“橋”は切られる。


「……テレビといっしょだ」


 俺が呟くと、リヴの指が袖から少しだけ緩んだ。


「十秒で切れるやつ?」


「うん。あれと同じ」


 喉の奥が勝手に乾く。テレビのポータルが十秒経ったら世界との境界で切断してたのは、単なる制限だと思ってた。けど今、目の前で同じことが起きている。


 テレビのポータルだけじゃない。世界と世界を繋ぐ門みたいなものが生まれて、十秒たつと――境界が刃になって、その門を断ち切る。


 黒い枝は、その門を使って侵食しようとしてる。だけど門の寿命は十秒。だから、完全には入り込めない。


「……制限じゃなくて、侵入を防いでたんだな。ここと別の世界を結ぶ門から」


 口にした瞬間、胃の底がきゅっと縮んだ。リヴは門のほうを見てから、黒い塊へ視線を戻す。


「じゃあ、さっきの黒い枝たちは……」


 続きを待つ一拍が、やけに長い。


「崩壊核が、門を通して世界に手を伸ばしてる。“探索用の腕”みたいなもんだろうな」


 中心の黒いシミから、ひたすら枝が出ている。枝は世界中へ伸び、門や隙間を見つけるたび侵食しようとする。けど境界が守る。十秒たつと世界を切る。侵食は進むのに、“向こう側”へ丸ごと入り込むことはできない。


「……地球側が、まだ持ってるのは、その“十秒ルール”のおかげかもしれない」


 言い終えてから背筋が寒くなった。世界そのものが、自分と外を分ける境界で、十秒ごとに自衛してる。俺たちは、その刃のギリギリ内側にいて、ここまで来た。


 リヴが小さく息を飲む。胸元を押さえる指が、きゅっと固くなる。


「十秒って、世界の“自動防御”なんだね」


「多分な。……そう見える」


 崩壊核とは違う。こっちは世界の自己防衛だ。


 なのに、真ん中で膨らみ続けてる黒いシミは――


「……あっちも、“自動”なんだと思う」


 出てきた言葉に、喉の奥で苦笑が漏れた。笑う場面じゃないのに、口元だけが勝手に動く。


「え?」


 リヴが首を傾ける。けど目は逸らさない。


「崩壊核。あれ、多分“怪物”っていうよりさ」


 指で黒い塊を示す。黒は黙って広がり、黙って枝を出している。


「世界樹っていうでかいOSの、バグだ」


 リヴが瞬きをした。


「おーえす……?」


「世界を動かしてる、目に見えない仕組み。前にスマホの話しただろ。“下で休まず働いてる人たち”って」


「あ……あの、中でいっぱい小さな人が仕事してるみたいってやつ」


「そう。それ。世界樹が、きっとそういう“土台”なんだと思う」


 魔素の流れを整えて、生命が生まれる場所を決めて、風も雨も――そういうの全部を当たり前に回すための下地。その中にある「魔素が増えすぎた時のバランス取り」の命令が、どこかでひっくり返った。


「バランス取り?」


「そう。地球で言うなら“オートバランス”」


 言葉を探しながら続ける。本当は魔素が溢れすぎた場所からちょっとずつ削って、全体を安定させるための仕組みだったんだと思う。溢れた分だけ余分を食べる。それが本来の仕事。


「でも、ある時どっかで条件がひっくり返った。『余分を食べれば世界が安定する』って命令が、魔素が多すぎる時代が長く続きすぎて……」


 口の中が苦くなる。言うたびに、黒が大きく見える。


「『世界中の魔素を全部食べきったら、一番安定するよね?』って勘違いしたんだと思う」


 ぞっとした。理解したのに、寒気が遅れてくる。


「……それが、魔素喰い。崩壊核」


 世界を支えるはずの“お掃除役”が、世界ごと捨てるつもりになった。リヴは胸元を押さえたまま、ゆっくり頷く。


「……世界樹さんの中で動いてた、“間違えたお掃除”なんだね」


「そういうことだと思う」


「最初は、ちっちゃなシミだった?」


「多分な。魔素が溢れすぎたところにできた、小さな黒点」


 太古の魔道士たちが見つけた頃は、本当に手のひらサイズのバグだったのかもしれない。


「それを当時の魔道士たちが、なんとか閉じ込めた。“世界の底に隔離するための器”を作って、中に押し込んだ」


 崩壊核。魔素喰いを封じるために作った裏側空間。


 でも、封印は成功しても完全には止まらなかった。


「封印は成功した。でも止まらない。魔素に触れるだけで、自然に増える」


 世界樹の“お掃除プログラム”そのものを消せない限り、どこかで動き続ける。黒がただ広がってるだけなのに、喉の奥が詰まる。


「魔素が少なくなるほど、世界樹も弱くなる。十秒ルールみたいな防御は地球側にはまだ残ってるけど……」


 リヴたちのいる世界は、もうかなり擦り切れてるはずだ。リヴが土と森の色の膜を見て、眉をわずかに寄せた。


「……私達の世界の境界、さっきから、あんまり光らない」


 そうだ。青と緑の膜――地球側は、黒い枝が当たるたび十秒後に白い刃を走らせてる。


 けど土と森の膜――俺たちの世界のほうでは、時折、枝がそのまま“しみ込んでる”のが見えた。白い線が走らない。十秒を越えても刃が出ない場所がある。


 そこが、あの畑や森や井戸になってるんだろう。


「だから、あっちの世界のほうが先に限界が来る」


 小さく呟くと、言葉が薄い空間に吸われていく。


「世界樹の防御がすり減って、十秒ルールが効かない場所が増える。……枝も獣も、出放題になってきてる」


 十秒ルールはまだ“残ってる”。でもそれに頼ってる間に、削られたほうが先に倒れる。


 リヴは黒い塊を見据えた。瞳の奥に、怖さと怒りが一緒に沈んでる。


「……だったら、この“間違えたお掃除”を止めないと。どっちの世界も、いずれ飲み込まれちゃう」


「そういうことだ」


 黒いシミは、ゆっくり、でも確実に膨らんでいる。枝を切られても痛がってる感じはない。淡々と次の枝を出す。


 その無関心さが、余計に背筋を冷たくした。仕組みは見えた。けど肝心の「止め方」だけが、目の前の黒に隠れたままだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ