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32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~  作者: ひろボ


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街を起こす声

 ヴェルンの街は、勝ったはずなのに、まだ寝息が浅かった。石畳を踏む足音はいつもより硬く、朝の露店は並んでいるのに呼び声の調子が半音低い。笑い声も出るには出るが、湧いた瞬間に、どこかへ引っ込んでしまう。


 誰も「次はいつだ」とは口にしない。けれど、みんな同じ方向――城門のほう、畑のほう、黒い獣がいた方角を、ついでのふりで何度も見ていた。畑の縁で見た灰色の傷跡が、街の空気の中にも薄く混じっているような気がする。匂いじゃない。気配だ。


 門の上の見張りは昨日より増えていた。城壁の上に弓が並び、角笛の兵が、いつでも息を吸える姿勢で立っている。避難していた村人たちも少しずつ戻り始めているのに、それでも街は「戻りきっていない」。布団に潜り込んでいるのに、目だけが開いているみたいな状態だ。


 黙ってやり過ごせる空気じゃない。勝ったのは畑の中だけで、ここから先は、街全体の呼吸を取り戻さなきゃいけない。


「広めるぞ」


 ギルドの会議室の空気が、一拍止まった。


 机の上には報告書の束が積まれ、泥の匂いが残る鎧と、乾ききらない外套が寄せられている。血の鉄臭さも、完全には拭い切れていない。喉の奥には、あの「薄くなる感覚」まで残っていた。空気が紙みたいに軽くなって、音も匂いも剥がれかけた――あの瞬間が、喉の裏に貼りついている。


「広める……って、どこまでだ」


 低い声。太い腕を組んだまま、視線だけが鋭い。戦場で張り上げる怒鳴り声より、こういう室内の一言のほうが、ずしりと腹に落ちる。


「街の全体です」


 俺は息を整えてから続けた。


「門番から、露店から、酒場まで。『もう来ない』とは言えません。でも、『今日の分は止めた』『広がらない傷にした』って事実だけは、全員が同じ言葉で持てるようにする」


 言い終えて、ようやく自分が息を詰めていたのに気づいた。ゆっくり吐く。吐いたぶん、胸の奥に残っていた薄さが、少しだけほどける。


「怖がらせないために黙るのは、優しさじゃないと思います」


 隣の彼女が、落ち着いた声で継いだ。強く言うのに、角がない。


「黙ってると、勝手に噂が形を作る。そうなると、だいたい一番ひどい形になります」


 机の向こうで商人たちの代表が顔を見合わせる。皮袋の紐を指でいじりながらも、目は笑っていない。怖さをごまかす手癖だけが残っている。


「領主にも通す。周りの村にも。鳥を飛ばせるなら飛ばすし、早馬も出す。畑が、井戸が、って話が先に走ってるなら、勝った話も先に走らせる」


 卓の端の紙束を、人差し指でとん、と叩く。乾いた音が、室内の決意みたいに響いた。


「活気づけるためでもある。怖さを消すんじゃない。怖さに負けない空気を作る」


 黙っていたら、街は勝手に「負けたこと」にしてしまう。そうなる前に、息の入口を開ける。


 商人の一人が、口元だけで笑った。


「いいねぇ。商売は情報の速さで決まる。恐怖が先に走ってるなら、安心も同じ速度で走らせるべきだ」


 声がいつも大きい弓使いも、珍しく真面目な顔のまま頷く。


「俺たちが見たもんを、俺たちだけで抱えてりゃいいって話じゃねぇな」


「そうだ」


 ギルドマスターが椅子の背にもたれていた体を前に倒した。古いコートの袖口には、まだ灰色の粉がこびりついている。気にする様子もなく、太い指を組む。


「よし。決めた」


 その声に、室内の視線が一斉に集まった。


「街を起こす」


 椅子が一斉に鳴る。誰かが息を吸い、誰かが頷く。部屋の空気が、そこでようやく同じ方向へ動いた。


「ギルドから出す報せは俺が見る。領主館に持っていく文は、ミーナと一緒にまとめろ」


「はい!」


 ミーナが勢いよく立ち上がった。書類を抱える腕が小さく震えている。疲れか緊張か、その両方を隠すように、口元だけがきゅっと結ばれていた。


「門番と兵舎には俺が行く。商人どもには……」


「任せてくれ」


 商人代表が椅子を軋ませて立ち上がる。


「『今日の勝ちの話を、値切り交渉に使わせろ』って言ってくるやつもいるだろうが、まとめて飲み込んでやるよ」


 笑いが起きた。さっきまでの乾いた笑いじゃない。喉の奥の硬さが、一段だけほどけた笑いだ。


 ギルドマスターがこちらを見た。


「お前たちは、今日一日は休んでいい」


「……いいえ」


 言葉が先に出た。喉の奥が乾いているのに、声だけははっきり出る。


「顔だけは、出させてください」


 眉が少し上がる。


「目立つつもりはありません」


 彼女が続けた。口調は静かだが、目が逃げない。


「城門のところとギルド前くらいは、自分たちの足で通っておきたいです。今日、街がどう息をしてるか、見たい」


 沈黙が一拍。マスターが鼻を鳴らした。


「……好きにしろ。ただし倒れたら、その場で担いでギルド裏のベッドに放り込む」


「はい」


 散会。扉が開くたび、廊下の冷気が入れ替わり、部屋の中の血と泥の匂いを少しずつ押し出していく。新しい空気に触れると、ようやく背中の鎧が一枚軽くなる気がした。


 その日の昼前、ヴェルンは一気に声で満ちた。怒号と言っても喧嘩じゃない。号令だ。伝達だ。人の声が、街を撫でるように走っていく音だった。


「掲示板を空けろ! 上から貼るぞ!」


「門番! 門内で揉めてる商人どもを一度入れろ! 今日の通行は止めない!」


「伝令! 領主館へ! 今すぐだ!」


「早馬二頭! 北の村と、街道の分岐へ!」


 ギルドの前に人だかりができ、掲示板の周りの空気が熱を帯びる。紙が一枚貼られるたび、読み上げる声が生まれ、その声が別の声を連れて角を曲がっていった。


「黒い獣、撃退!」


「畑の傷、これ以上広がらず!」


「街道、通行再開! ただし警備強化中!」


 勝った。止めた。広がらない。短い言葉が街路を駆ける。言葉にされるだけで、街がひとつ深く息を吸うのが分かった。


 伝書の鳥籠が開けられる。一羽目が止まり木を行ったり来たりしてから、思い切ったように羽ばたいた。ばさり、と羽音が上がる。妙に大きい。耳がまだ敏感なままなんだろう。けれど次、次と続く影が屋根を越えるうち、その羽音は「怖い合図」じゃなく「届く合図」に変わっていく。


 早馬が厩から引き出され、蹄が石畳を叩き、金具の音が街路に響いた。


「どこまで行くの!」


 道端の少年が叫ぶ。


「遠くまでだ!」


 馬を引く兵が振り返り、声を張った。


「みんなが同じ顔で畑を見なくていいようにな!」


 そのやり取りだけで、道端の空気が一段軽くなる。同じ話を何度も聞いて、ようやく顔色が揃っていく。怖いのは消えない。それでも、怖さの上に腰を下ろす場所が、ひとつずつ増えていく。


 城門の上でも、空気は変わっていた。


「本当に、もう広がってねぇんだよな」


 弓を抱えた若い兵が、ぼそっと呟く。


「こっちに来たら分かる」


 隣の年長の兵が、城壁の外を顎で示した。


「昨日は、風の音がやけに遠かった。今日は……うるせぇくらいだ」


 言われて耳を澄ませると、確かにそうだ。荷車の軋み、馬の鼻息、畑のほうで誰かが叫ぶ声。全部が、ちゃんと世界の厚みを持って届いてくる。


「角笛、すぐ吹けるようにはしとけよ」


「分かってますって。手が震えても、口は動きますから」


「昨日、手が震えてたやつが何言う」


「……聞いてたんですか」


 そんなやり取りが風に混じって落ちてくる。城門の下をくぐりながら、俺はそれを拾った。


「大丈夫か」


 俺が聞くと、隣の彼女は胸元のお守りをそっと撫でた。


「うん。まだ歩ける。……街の音のほうが、落ち着く」


 足取りは少し重い。それでも目は露店の並び、パン屋の行列、薬草屋の店先に吊るされた束をしっかり追っていた。


「なんか、昨日までのヴェルンじゃないみたいだね」


「悪いほうじゃなくて?」


「うん。昨日までは、平らな水。今日は、誰かが石を投げたあとの水面」


 波がある。揺れている。でも、ちゃんと光を跳ね返している揺れだ。


 商店街も動き出していた。乾物屋は塩と干し肉の束をいつもより前に出し、「持ち出し用」の札を増やしている。薬草屋は胃に優しい茶を束で売り始め、「胃が縮こまってる人用」と妙に具体的な字が並んでいた。鍛冶屋は板に「盾の留め具の点検、今日中なら安くする」と書き足している。


「お前んとこの盾、昨日ガタッて言ってただろうが」


「聞いてたのかよ」


「聞いてた。だから来い。金具が先に折れるか、お前の足首が先にいくか、賭けてみるか?」


「悪い、行きます。……今日のうちに直しとく」


 客と職人のやり取りに、周りの空気が少しだけ笑う。笑いながら、手は動く。誰もが自分の場所で、守り方を作っていた。


「見たかい、掲示板!」


「見たよ。勝ったってさ」


「じゃあ明日、畑に戻れるかね」


「戻る前に井戸の様子見るって言ってた。兵がついてくれるって」


「ありがたいねぇ……」


 会話が、愚痴で終わらない。明日の段取りに着地していく。言葉が前を向くぶん、肩の力が少し抜けていくのが見えた。


 昼過ぎ、領主館のほうからも人が動き出した。兵の数が増え、門の警戒が「怖くて閉める」じゃなく「守りながら回す」形に変わっていく。門の内側で止められていた荷車がひとつずつ検めを終えて外へ出始め、衛兵が荷車の脇を拳で軽く叩いて笑った。


「行け! でも急ぐな! 戻ってこい!」


 戻ってこい、が街に溶けていく。その言葉を聞いた農夫が帽子を押さえ、振り返った。


「帰ってこいって言われる街は、いい街だねぇ」


「当たり前だ」


 門番が胸を張る。


「帰ってくる場所がなきゃ、商売も畑も成り立たん」


 言い切る声が、今のヴェルンの輪郭だった。


 冒険者たちは、勝手に英雄の名を叫んだりはしなかった。名前を出さないほうがいいと、全員が理解している顔をしている。


「森のほうの助っ人がさ」


「いや、助っ人ってより――あそこで全部背負った人だろ」


「助かったよ。俺、足場なくなったとこ、見たろ。あれ、あと半歩遅れてたら――」


「言うな。今日は飲め。生きて帰ったやつは、今日は飲め」


 敬意だけが、口の端から漏れる。名前じゃなく、扱いで分かる尊さがある。


 俺と彼女は、そういう声を背中で聞きながら、あえて人混みの中を歩いた。


「平気か」


「うん。……人がいるほうが、まだ楽。黙ってると、昨日の薄さが戻ってきそうで」


 彼女はお守りを指で確かめるように撫で、視線を街へ戻した。


 酒場は夕方には祝勝の顔をしていた。樽が叩かれ、泡が溢れる。杯が鳴り、床板が軋む。壁に掛かった古い盾が誰かに引っ張られて落ちそうになり、慌てて戻される。笑い声はどれも大きいのに、どこかで「明日も備える」角が残っているのが分かる。浮かれきらない熱が、逆に頼もしい。


「乾杯!」


「生きて帰ったことに!」


「それから、街に!」


 誰かが叫ぶ。


「黒い獣にゃ腹が立つ。畑を齧るのは許せねぇ。だがよ、今日の街は負けてねぇぞ!」


 どっと笑いが起き、拳が上がり、床が揺れた。


 俺は少し離れた席で、杯の縁を指でなぞりながら、その熱を見ていた。隣の彼女は、温かいだけの茶を飲んでいる。湯気が頬にかかり、その向こうで酒場の熱気が揺れて見えた。


「すごいね」


「何が」


「人間の、“戻ろうとする力”」


 彼女はぽつりと言った。


「世界の底が揺れてても、怖くても……これには、勝てない気がする」


「……勝てないでいてほしいな」


 俺は杯を一口だけ飲み、喉を湿らせる。昨日、畑で感じた薄さに比べたら、ここの空気は厚すぎるくらいだ。叫び声も笑い声も床の軋みも、全部が現実の重さをしている。


「ねえ」


「ん?」


「今日、ここに座ってる自分が、ちょっと不思議」


 彼女は自分の手のひらを見る。


「昨日までなら、怖いから部屋に閉じこもってたいって言ってたかもしれない」


「今は」


「怖いけど……街の声をちゃんと聞いておきたい。戻る音を、覚えておきたい」


 胸の奥が、じんとした。俺なんかよりずっと怖いはずなのに、それでも「聞く」と言えるのが、どれだけ強いか分かる。


「無理はするな」


「うん。無理そうになったら、“嫌だ”って言う。ちゃんと」


 そう言って、彼女は俺の袖を軽くつまんだ。指の力はまだ弱いのに、その仕草は迷っていなかった。


 酒場を出ると、夜風はもう冬の匂いをしていた。吐く息が白く、街灯の灯りがそれを照らす。通りを歩けば、あちこちの窓から家ごとの小さな祝勝が漏れ出ていた。食器の当たる音、子どものはしゃぐ声。すぐ親にしかられて小さくなる笑い声。街が、ちゃんと生活の音を出している。


 ヴァルターの店に戻る途中、彼女が足を止めた。


「……ねえ」


「どうした」


「……揺れてる?」


 胸元を押さえながら夜空を見上げる。俺もつられて空を見る。星はいつもどおりで、雲もない。


 風の匂いが、ほんの一瞬だけ薄くなった気がした。錯覚だと言い切りたくなるほどの微かな揺れ。でも、その一滴が背中に残る。畑で感じた薄さとは違うのに、似た入口が遠くにあるみたいだった。


「どうだ」


「……今は大丈夫」


 彼女は少し考えてから、ゆっくり首を振る。


「昨日の“針”みたいな感じじゃない。ただ……遠くで、誰かが扉を叩いた音がしたみたいな」


「遠く、か」


 俺は拳を握り直した。今日は祝う。今日は街を起こした。もし明日また揺れるなら、明日また、街全体で立ち上がればいい。


 そう決めた瞬間、酒場のほうから新しい乾杯の声が上がった。


「生きてるやつは、もう一杯だ!」


 ヴェルンが笑う。今夜の笑いは、まだ世界の薄さに押し負けていなかった。

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