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32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~  作者: ひろボ


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缶詰と猶予

 「……ナオキ。まだ、終わってない気がする」


 ヴェルンの夜道でリヴが立ち止まり、胸元のお守りに指を添えた。吐く息は白く、街灯の光がそれを細く切っていく。星も雲もいつもどおりなのに、風の匂いだけが一瞬、紙みたいに薄くなった――どこから、何が触れてきた?


 背中のほうでは、さっきまでいた酒場の熱がまだ名残を揺らしている。


 ――生きてるやつは、もう一杯だ!


 あの叫びが遠くで弾み、角を曲がった先の闇に吸い込まれていった。代わりに、家々の窓から漏れる笑い声が、点々と灯りのように残っている。


「どうした。息が苦しいのか」


「畑のときほどじゃないよ。ただ……胸の奥が、まだザワッてする」


 ごまかす声じゃなかった。リヴは一度ゆっくり吸って、吐く。落ち着かせているのが分かるくらい、丁寧な呼吸だ。


「今すぐ何か起きる感じは?」


「今は落ち着いてる。だから今日は大丈夫」


 言い切ってから、リヴは視線を落としたまま続けた。


「でも、“全部もう終わった”って感じでもない」


「……なるほどな」


 俺も拳を握り直す。昨日、畑で全身が押しつぶされるみたいになったあの薄さはない。それでも、胸のどこかに小石みたいな不安が残って、歩くたびにこつんと当たる。


 話しているうちに、店の灯りが見えた。ヴァルターの店だ。遅い時間なのに窓が明るい。はっきり「待ってる」と言っている光で、俺は無駄に早足にならずにいられなかった。


 戸に手を伸ばすより先に、内側で椅子が鳴った。鍵の外れる音がして、戸が開く。


「……戻ったか」


 ヴァルターが立っていた。腕を組んだまま、目だけが鋭い。いつもの商売人の顔じゃない。誰が帰ってきて、誰が欠けたかを数えている顔だ。


「戻った。二人ともここにいる」


 そう言うと、ヴァルターは一拍だけ黙ってから短く息を吐いた。


「今回は……よく戻った」


 それだけ言って体を横へずらす。戸口の奥から、煮込みの匂いがあふれてきた。湯と肉と塩の匂い。生きてる匂いだ。


 その瞬間だった。


「――っ!」


 奥から小さな足音が一気に迫り、ラナが飛び出してきた。目の周りも頬も真っ赤で、泣いたのが一目で分かる。


「よかった……っ、ほんとに……!」


 声が裏返ったまま、ラナは俺にぎゅうと抱きついた。勢いも体温もまっすぐで、容赦がない。胸の奥に張りついていた薄い膜が、そこだけ剥がれるみたいにほどけた。


「ちょ、ラナ……落ち着け。俺、ちゃんと生きてる」


「だって……! だって……!」


 ラナは顔を押しつけたまま肩を震わせる。声は小さいのに、腕の力だけがやたら強い。引きはがす気になれなくて、俺は困ったまま背中に手を回した。


「ほら。ここにいる。帰ってきた」


「うん……っ、うん……!」


 何度も頷かれて、ようやく「勝った」が身体のほうへ降りてくる。


 リヴが一歩近づき、ラナの背にそっと手を添えた。


「待っててくれて、ありがとう」


 ラナは泣いたまま顔を上げ、笑おうとして、また涙がこぼれた。


「うん……! うん……!」


 ヴァルターがわざとらしく咳払いをする。


「抱きつくのは後だ。座れ。――めしだ」


「後って言いながら、しっかり用意してるじゃん」


「うるせぇ」


 口の悪さはいつもどおりなのに、声の端が少しだけ柔らかい。


 皿が並び、鍋の蓋が開く。湯気が立ち上って、鼻の奥に熱が刺さった。俺は煮込みを喉へ流し込み、塩気が冷えきっていた芯に戻ってくるのを確かめる。二口目で肩から力が抜けた。


 リヴもひと匙ずつ、確かめるみたいに口へ運んでいる。胸元に触れる癖は抜けていないが、手は止まらず、視線もちゃんと料理に落ちていた。


 食べ終わりが見えたころ、ラナが「あっ」と声を上げた。奥の棚へ駆け、布に包んだ金属の筒を大事そうに抱えて戻ってくる。


 テーブルに置かれた瞬間、そこだけ空気が変わった。


「……これ。預かってた」


 布をほどく。見慣れない地球の文字。桃の缶詰。


 “無事に帰ってきたら、一緒に開ける”。あのときの約束が、固い金属の重さになってここにある。


 ラナが真剣な顔で言った。


「開けるよ」


「……頼む。約束だからな」


 頷くと、ラナも力強く頷き返した。


「うん! 今日、開ける!」


 プルタブを引っ張る。金具が噛んでいた縁がほどけて、ぎぎ、と小さな音を立てた。続けて蓋がふっと浮く。


 甘い匂いが広がった。


 この世界にはなかった匂いなのに、今はここにある。桃の匂いが木の匂いと湯気に混じり、現実を一枚ぶ厚くする。


「……うわ」


 ラナは涙の跡を残したまま笑った。


「ほんとに、帰ってきたんだね」


「帰ってきたよ。約束どおりだ」


 リヴもそっと覗き込み、口元だけで微笑む。


「……甘そう。いい匂い」


「でしょ! でしょ!」


 ラナが皿を出し、桃を等分する。シロップが灯りを弾いてきらきら光った。


 俺は一切れを口に入れる。舌の上でとろける甘さが広がり、少し遅れて胸の奥が熱くなった。身体がようやく納得する――ああ、本当に勝ったんだ。


「……やった」


 小さく呟いたつもりが、声が少し震えていた。


 ヴァルターが乱暴に笑う。


「“やった”じゃねぇ。――“やったぞ”だ」


 ラナも泣き笑いのまま拳を握った。


「やったぞ!」


 リヴもこくんと頷き、同じ言葉を口にする。


「……やったぞ」


 その一言で、店の中が俺たちだけの祝勝に変わった。街全体の熱とは別に、「戻ってきた」がここに置かれる。


 ……だからこそ、落ち着いたところで言わなきゃいけない。


 リヴが皿を置く。さっきまで浮かんでいた笑みが薄れ、指がまた胸元へ戻った。


「ねえ、ナオキ」


「聞いてる。今のうちに言ってくれ」


 リヴは一度深く呼吸して、言葉を選ぶように続けた。


「封印……うまくいったと思う。“内側の部屋”の中で、ちゃんと閉じた感覚がある。眷属の核は、もう暴れられないところまで押し込めた。……でも」


 リヴの指先が、お守りを軽く押さえる。


「消えたわけじゃない。動けないみたいだけど、“ここにいる”って感じは残ってる」


 ラナがごくりと唾を飲んだ。ヴァルターの表情から笑いの色が抜け、腕を組んだまま指だけが小さく動く。


 怖がらせるためじゃない。分からない想像が勝手に化け物になる前に、形を決めておく。


「……正直に言う」


 俺が切り出すと、ラナは背筋を伸ばし、リヴも黙って頷いた。


「今まで相手にしてたのは黒い枝だった。でも今回は、“黒い獣”が生まれた。形があって、自分で動いて、喰ってくるやつだ」


 湯気の匂いに、冷たい芯が混ざる。


「同じようなのが各地で生まれるなら、この世界はもたない。畑だけの話じゃ済まなくなる」


 ラナの顔から血の気が引いた。


「え……」


「街ひとつじゃ追いつかない。村も街道も、守りの手が足りなくなる。……そういう速度になり得る」


 ヴァルターは口を開きかけて、言葉にならずに閉じた。その沈黙が答えみたいだった。


「崩壊核に手を付けるまでの猶予も、長くないと思う。黒い枝が集めてる魔素が、どこかへ流れてるなら、溜まるほど相手が強くなる」


 短い沈黙の中で、ラナは皿の縁をぎゅっと握りしめていた。リヴが俺の袖を指先でつまむ――続けて、という合図だ。


「何も考えてないわけじゃない」


 俺は指を一本立てた。


「まず、この世界側でやること。黒い枝が出たら、出来るだけ早く叩く。魔素を集めさせないためと、向こうに“相手をさせ続ける”ためだ」


 ヴァルターが眉を寄せる。


「相手をさせ続ける……?」


「放っておくと勝手に増えるなら、こっちは邪魔し続ける。向こうが力を貯める時間を削る」


 リヴが静かに言葉を足した。


「“向こう側”の準備を、少しでも減らすってこと」


 ヴァルターが低く舌打ちする。


「……泥沼の殴り合いだな」


「きれいに勝とうとするほうが危ない。泥試合でいい」


 俺はもう一本指を立てた。


「その間にもう一つ。――俺たちは一度、地球に戻る」


 ラナが目を丸くする。


「地球……?」


「俺の部屋のテレビだ。あれが今も“窓”になってるか確かめる」


 ヴァルターが低い声で確認した。


「……あの“黒い目”の話か」


「そう。もし、あのテレビが崩壊核へ続く道としてまだ繋がってるなら、そこから一気に行く。こっちで黒い枝を折り続けながら、向こうへ抜ける道があるなら使う」


 “封じる”という言葉が、さっきの甘い匂いの真ん中に落ちた。


 リヴが胸元を押さえたまま頷く。


「私の“内側の部屋”が、隠すだけじゃなくて、核そのものに手を伸ばす場所になれるなら……今のうちに決めておきたい」


 ラナの唇が震える。


「……そんな、急に……」


「急に思いついたわけじゃない。急に“はっきり見えた”だけだ」


 ヴァルターが椅子を軋ませて立ち上がり、鍋の蓋をがちゃんと戻した。怒りの持って行き場を探している顔で、短く言う。


「……分かった。枝を叩くなら人も要る。知らせも要る。道具も要る。勝手に死ぬなよ」


「死ぬ気はない。帰ってくる」


 リヴが、つまんでいた俺の袖を少し強く握り直す。ラナは皿から手を離し、泣いた目のまま「やる顔」になった。


「じゃあ……私、何すればいい?」


「まず、今日のこれだ」


 俺は桃の缶詰に目を落とす。


「“開けた日”を覚えておこう。俺たちが帰ってきた証拠の日だ。その上で、噂話じゃなくて“これからどうするか”を回してくれる人を増やす。掲示板、井戸、畑、宿、薬草屋……枝が出たとき、怖がる前に動けるように」


 リヴも頷いた。


「“やることリスト”が先に浮かぶように」


 ヴァルターが鼻で笑う。


「今日、街がやったことを、明日もやるってわけだな」


「今日だけ起こしても意味がない」


 立ち上がると、足にどっと疲れが落ちてきた。それでも、まだ歩ける。


「俺とリヴは、夜が明けたら一度森に戻る」


 ラナが瞬きをする。


「……あの森の拠点?」


「ああ。あそこから、地球の俺の部屋に帰れる」


 リヴは唇を結んで頷いた。


「私も行く。……怖いけど、見ないでいるほうがもっと怖い」


 ラナは目を潤ませたまま、俺を見た。


「……ちゃんと帰ってきてね。絶対だよ」


「帰ってくる。約束する」


 ラナは頷いて、泣き笑いのまま言った。


「じゃあ次は……“二回目に缶詰開けた日”だね」


「それは少し太りそうだな」


「いいじゃん。生きて帰ってくるなら、ちょっとくらい」


 張り詰めていた空気が、そこだけほどけた。


 リヴが胸元を押さえながら、静かに呟く。


「……次に“扉”を叩かれたときは、こっちから開けに行こう」


「そのための明日だ」


 俺は深く息を吸って吐いた。店の外では、どこかでまだ「生きてるやつは、もう一杯だ!」という声が上がっている。その笑い声に負けないように、夜明けの森と、地球のテレビと、崩壊核へ続く道を――胸の中で一つずつ並べ直した。

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